そして始まる世界
最初は戸惑った、転生後の毎日。
ゲームで見た悪役令嬢になって、全てが違う世界で右も左も分からずに毎日を過ごした。
だけど、人は慣れるもの。
母や姉とは、すっかり内面の良さも知って家族の一員になれたように思う。
ティナ姉と遊ぶことも増えて、アンヌお母様との買い物も増えた。
包丁を扱うのにはまだ反対していたけど、味付けぐらいはさせてもらえるようになった。
キッチンで二人で料理してるのが気になったのか、一度ティナ姉が混ざってきたことがある。でも調味料のことを知らないティナ姉が塩を全部使っちゃって、その時はアンヌお母様もさすがにかんかんに怒っちゃった。
そんな日も、いい思い出だ。
一時期から、時々フルーツタルトをアンヌお母様が持って帰るようになった。
私もティナ姉も、それが大好きで。
アンヌお母様も私達がおいしそうに食べるのを、ニコニコ見ていた。
そういえば、アンヌお母様は一度も食べたところを見たことがない。
遠慮してるのかと思ってたんだけど、その疑問をぶつけてみると意外な答えが返ってきた。
『それね、私はお店で食べてるのよ』
アンヌお母様、どうやら一人でフルーツタルトを食べてるみたい。
ほんとかな? って思って聞いてみたら、出てくるわ出てくるわ、明らかにお店で食べたであろうデザートの種類。
もちろんリクエストしました。
次にはフルーツ山盛りチーズケーキも、フルーツショートケーキも買って帰ってきてくれました。
アンヌお母様大好き!
ゼイヴィアはまだまだ少年っぽさが抜けないけど、それでもとってもいい子だ。時々ペルシュフェリア家に連れられることもあって、ゼイヴィアのお母さんとも挨拶した。
なんかすっごく気に入られたんだけど……だ、大丈夫ですかね?
ちなみにレイチェルさんも女子大生みたいな感じで、とっても可愛らしい人でした。
そんな毎日でも、読書とマナチャージだけは欠かさない。
日課となった今は、特に気負いなく毎日寝る前に三回やっている。さすがにもう四回でも余裕かも。
ちなみにマナチャージが切れそうな瞬間もなんとなく把握できるようになったので、昼間でも何度か使ってるよ。
人は慣れるもの。
っていうか、元々知ってる世界だからね。
そんなこんなで、私はすっかり変化の乏しい毎日をのんびり過ごしていた。
こう、刀とか擬人化しちゃうソシャゲのデイリー任務を淡々とこなしていたら、気がついたら一ヶ月経っていた、みたいな。
それぐらいの感じで、時間がすっとんでいったのだ。
◆
冬も終わり、春が来る。
アンヌお母様が、私とティナ姉の二人を連れて馬車に乗り込む。
「どこへ行くんですか?」
「今日はね、とっても大切な日なの。二人とも……特にティナは、大人しくしていてね」
「わかったわ!」
分かってるのかどうなのか、ティナは馬車へと飛び乗る。
アンヌお母様はちょっと溜息をついて、
大切な日って……まさかレイチェルさんと、何か約束でもした?
仲良しだからなあ。
ティナ姉は外の景色に飽きたのか、うつらうつらとし始めていた。
なんてことを思う私も、実は昨日ちょっと夜更かししたこともあり、馬車の乗り心地の良さもあってすぐ眠りだしてしまった……。
馬車が到着したのは、私達が住んでいた場所とは違う街。
ちょっと素朴さのある、だけど洗練された町並みだ。
ティナ姉がきらきらした目で、周りの店を見ている。
そうだよね、こういうのって都会であるか田舎であるかというのはあまり関係なく、珍しいかどうかで見ちゃうよね。
私もどちらかというと、こっちのお店の方が新鮮かも。
庶民向けの服屋と、大きな野菜の市場を抜けた先に、その店はあった。
『フルーツカフェ・キャンディベル』
一目見て分かった。
これは、間違いない。お母様がフルーツタルトを買っているお店だ!
私とティナ姉は、笑顔で目を合わせる。
お店でたくさんの商品が並ぶところを見られるんだ、楽しみ!
ところが。
「閉店?」
なんとお店は閉まっていた。
休業日に来てしまうなんて……ティナ姉なんて、ショックが大きくてもう泣きそうだ。
アンヌお母様、どうしてこんな抜けたタイミングで来ちゃうの?
「どうしたの? 早くこっちへ」
と思いきや、アンヌお母様はずんずん進んでいって、お店の裏側の方に行ってしまった。……ここが目的地じゃないんですね、早とちり。
かと思いきやの二転三転。店の裏にある扉をノックした。
「はい。……あっ、アンヌ……」
「き、来たわよ、エド。約束通り、この子たちも連れて……」
アンヌお母様が急にそわそわし初めて、私は置いてけぼり。
……エド? あれ、この人どっかで……。
「さあ、中へどうぞ」
なんだかよく分からないまま、お店の裏側から中に入る。
自宅合体タイプのお店なんだね。
私とティナ姉はすっかり知らない家に緊張し、部屋の中で静かになっていた。
ソファに座って、お互いそわそわしつつも待つ。
話が終わったのか、扉が開くとアンヌお母様が入ってきた。
続いて入ってきたのが、お店の主人っぽいエドさん。
次に現れたのは……金髪の少女。
私服を丁寧に着た、初めて見る同い年の女の子。
だけどその顔を見て、私は一目で彼女が誰か分かった。
たとえ初めて会ったとしても、私が彼女を見間違えるはずがない。
その口が、世界の男を虜にする声色を奏でる。
「は、初めまして、レヴァンティナ様、ティルフィーネ様。シンシアと申します。どうか、シンディと呼び捨てていただければ……」
そう、彼女こそがシンデレラ。
フルーツカフェの一人娘こそが、この作品の主人公シンディだったのだ。
お母様がフルーツに興味を持ちだしたのは、再婚のフラグだったのだ。
フルーツタルトを買って帰る度に、お母様は再婚相手と会っていたのだ。
——ここからが、本番だ。
私の止まっていた時間が、ついに動き出した。