アンヌお母様の過去
『3/17
驚きの連続だ。
あのペルシュフェリア家の神童エクゼイヴィアが、我が家で一番不出来だったフィーネともう一度会いたいと言った。
最後に、フィーネを「頭がいい」と褒めていた。
フィーネが、ゼイヴィア君とどのような会話をしたのか分からない。
明日はレイチェルと会わなければ。昔のように、会話に花が咲きそう。
まだ望みの薄い未来ではあるけど、将来一緒に住むことができたら……その想像だけで楽しいわ。
反面ティナは、まだ男性と会わせるのには早かったと思う。
宿題を見てもらって、そのまま見送りにも来ないなんて、あまりにはしたない。
フィーネにかけるつもりだったマナー講座の時間、ティナに使おうかしら?』
まずは、昨日の話題が一番最初。
この内容はある程度予想できたものとして、一つ知らない情報が出てきた。
ペルシュフェリア夫人とトラヴァーズ夫人であるアンヌお母様は、旧知の仲だった。
アンヌお母様は、エクゼイヴィアの母親に今日も会いに行ってるというわけだね。
ってことは、また来る日に予約を入れてくれているというわけかー。
文面が柔らかくなる辺り、とっても仲良しさんだったみたいだね。
将来、一緒に住むという話。ゼイヴィアとフィーネが結婚して、二つの家が一緒になるというものだ。
でも、その時のゼイヴィアの気持ちは、まだ分からないかな……。
……だって、彼もシンディを見ることになるから。
あと、おねーちゃん……私から見ても、ティナ姉の自由奔放っぷりは目を覆うものがあった。
マナーはちゃんと覚えないとね。ティナ姉には、絶対にいい相手見つけてもらうんだから。
次々見ていこう。
私が転生した日の日記は……ぱっと見た瞬間に、めちゃくちゃ長いと分かった。
『3/16
久々に、大泣きしてしまった。』
えっ……!?
急に現れた内容に、一瞬心臓がきゅっと縮む。
何が、何があったの!?
恐る恐る、視線を次の行へと向ける。
『久々に、大泣きしてしまった。
貴族社会の権力争いにいずれ進んでいくとしても、それまでは自由にいてほしい。
私はそう願ってティナを育てた。少し子供っぽすぎるところもあるけれど、ティナは理想通り元気に育った。
だから、同じように育てたらフィーネも同じになると思った。
フィーネは、ティナとは似ても似つかない女の子に育ってしまった。
挨拶をしないのはもちろんのこと、会話も少なく、料理は残すし、部屋の本も読まない。
だけど、内向的ではない。いい男とには目ざといという、いかにもな貴族のお嬢様に育ってしまった。
私は、どこで何を間違えたのだろうと思っていた。
口から吐き出したピーマンを私が食べるわけにもいかず、森の虫の食事にする。
フィーネのことを考えて胃液が逆流した回数など、両手両足ではとても足りない。』
……読んでいるだけで、胸が痛くなる内容の数々。
アンヌお母様は、フィーネのことを常に考えてくれていた。
だけどフィーネは、全くそれに応えてこなかったのだ。
『でも、』
その下の接続詞を見て、私は意識を再び日記へと戻す。
『でも、今日は驚くべきことが起こった。
フィーネは私を出迎えてくれた。ティナが、フィーネが『突然いい子になった』と言っていた。
その反応を見て、最初は理解できなかったけど……私はフィーネの身体に触れて、すぐに分かった。
あのフィーネが、マナチャージをしている。
それも、一度も練習したことないと思っていたのに、既にかなり高いレベルで安定しているのだ。
ティナには分からなくても、私の目は誤魔化せない。
頭に触れた時に感じた体表の安定したマナの量と、お腹に残っているマナの少なさは、間違いなく使い慣れている証拠。
フィーネは、黙って私に練習していたのだ。』
……すいません、前世で気功を練習していただけです。
東洋の神秘です。
『ずっと忘れていた、ジェイラスのことを思い出して、私は泣いた。』
——出た!
恐らく、これが……。
『彼との思い出は、決していいものばかりではなかった。
だけど、突然の訃報に私は自分が悲しんでいることにも驚いたし、今まで以上に自分の娘を大切に感じるようになった。
金品が奪われていたことから、山賊の仕業だろうと説明された。
フィーネを産んで、数年後。ジェイラスを奪った相手のことが忘れられず、周囲の反対を押し切り私は一人で山賊を滅ぼしに行った。
全滅はさせられなかったけど、それでも大多数は地獄へ落とした。
結局ジェイラスの結婚指輪を取り返すことはできず、復讐を終えた私に残ったのは、歓喜でも爽快感でもなく、虚しさだけ。
だからせめて、ほとんど会話もなかったジェイラスの分まで、娘を大切に育てようと思った。
最後に残された希望だったフィーネは、育て方を間違ったのだと思った。
そんなことはなかった。ジェイラスと私の娘は、優秀に育っている。
本当に優秀だ……まさか調味料の名前を言い当てるほど、味覚も鋭いなんて思わなかった。
私は一度も、調味料の説明をしたことはないはず。クローブもローズマリーも形で分かるから、台所の瓶に名前は書いていない。
私の部屋から料理の本を読んで、台所に入っていたとしか思えない。
その理由なんて、自分で料理をすることを想定している以外有り得ない。
もしかすると、フィーネにとって私の野菜料理は、自分の作るそれより劣ったものなのかもしれない。
勝手に我が儘な貴族令嬢だと思い込んでいた。
とんでもない。フィーネは陰で努力する、ティナ以上の淑女だったのだ。
間違っていたのは、私の方だったのだ。
そう思うと、溢れ出る涙を抑えきれなかった。
私の九年間に渡る孤独な戦いは、ずっと報われていたのだ。』
……読んでいて、日記に対して思わずもらい泣きしてしまった。
分かったこと。
このジェイラスという人が、私の父親だ。
そしてジェイラスとトライアンヌは……政略結婚みたいなものだったのだと思う。
思い出がいいものばかりではなく、訃報に悲しむことそのものを驚いているあたり、二人の普段の様子は察することができる。
でも、アンヌお母様は旦那様の死に怒り狂った。
結婚指輪を取り返すため、山賊を滅ぼしに向かったらしい。
情熱的じゃんアンヌ。どこが氷の夫人なんだよ。
気功も料理も前世のものだけど、アンヌお母様にはうまく好意的に解釈してもらえたようだ。
ていうか、勝手に入ってるって既に解釈されていた。
じゃあ留守の間は入っていても問題ないね、事後承諾。
……それにしても、凄まじい内容だった。
私を産んで物心がつく前に、旦那を山賊で亡くす。
年齢的にはまだ女子大生ぐらいに感じるけど、波瀾万丈という一言で片付けるにはあまりに過酷な人生だ。
私はフィーネという存在になった今、なるべく今までのフィーネの分を素敵な娘として頑張ろうと改めて思った。
そして閉じる前……最新のページの方をちらっと見て思い出す。
それにしても、今から結婚話かあ……。
うーん、シンディ次第だよなあ……。
ふと私は、何か忘れているような気がしたけど……それが何だったのかは結局分からなかった。