9話
「うーむ、この体毛はなんか役に立つ気がするなぁ。」
心臓から魔石を取り出し、討伐証明となる右耳を切り取った俺は、鉄棘のような体毛を睨みつけていた。
とりあえず持って帰るかね。ひと山ほどの体毛を根元から丁寧に剥ぎ取り、先端を布で包んでからバックへと収納する。
マントにするか?……自分に刺さりそうだから却下。投擲武器か、トラップ用にするのが現実的なところか。
死体は地面に埋めていくのがベストなのだが、ここは一刻も早く立ち去った方がいいだろう。
「いくか」
周辺を今一度見渡し、敵の気配がないことを確認すると駆け足で帰路についた。
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「ぷははぁぁあああ! うまい! 仕事終わりの一杯は格別だな。このために生きているといっても過言ではない!いや、過言か……? むむむ。まあそんなことはいい。ゴクゴクゴクっと。ふはぁぁあ。うまい! それがすべて!」
楽しくなって独り言が多くなってしまうのは誰にでもあることさ。
「わかるよ、オレンジジュース、おいしいもんね。」
っとお! びっくりした。|勝利の美酒《100%オレンジジュース》に酔っていると、いつぞやの少女がさも当然のように円卓の向かいに腰を下ろしたのだ。
「えっと、ユーリか。どうしたの、なんかあったのか?」
最初に協会に来たときすこし話した程度だが、なかなかのインパクトをもった人物であったため名前もちゃんと覚えていた。
「ううん、コウが初依頼達成って聞いたからお祝いでもしようかなって思って。」
「ありがたい話だがよくここにいるってわかったね。」
無事に報告を終え、〈キャプテン・ハイアット〉に帰ってきた俺は一人で初依頼達成の祝勝会を行っていたのだ。昼時を過ぎたこともあり、レストラン兼酒場の客はまばらである。
「うん、エリカさんが協会酒場にいないのなら宿じゃないかってね。」
「あ、女将さん! 彼が飲んでるの私にもくださーい」
「別に合わせなくていいんだぞ。俺は19歳だし、オレンジジュース好きだし。」
昔は国によって成人年齢は違っていたらしいが、今は世界共通で20歳からなのだ。まあ、俺はものすごく酒に弱いであろうことがわかっているから別に何歳からでも関係なのだが。血筋……!
「私も19歳。そんなに年上に見えた?」
ユーリは冗談っぽく怒った顔をしながら、運ばれてきたグラスを受け取る。
女性の年齢を高く見積もるのがご法度なのは太古からの世界共通だったらしい。でも高校では教えてくれなかったじゃないか!
「ごめんごめん、大陸の人って大人っぽく見えるからさ。にしても同い年だったのか。ブレイザー歴は?」
昔から言われていることだが、日本人と外国人では見た目の年齢に乖離があることが多い。世界の人口比率から言えば、日本人が幼く見える、ということなのだろうが。
しかし近い年齢とは思っていたがまさか未成年とはね。驚いた。高校のクラスメイト達が見たら驚くだろうなぁ……
「私も、コウと同じで一年目の新米だよ。家を飛び出して討伐士になったの。」
「ってほら、そんなことより、乾杯。コウの初依頼達成と今後の活躍を祝して、ね。かんぱーい。」
「ん、乾杯。ありがとう。」
ごくごくと2人してオレンジジュースを飲む。討伐士の祝勝会の姿としてはなんとも珍しい光景と言えるだろうな。いつかはかっこよくエールで決めたい!まあ、いつかね……
「さて、それでユーリ。何か話があるんだろ」
お互いちょうどよくのどが潤ったところで切り出す。まさかただお祝いに来たということはあるまい。みたところユーリは俺と同じ。となると以前話していた採取の件か、あるいは討伐のメンバー集めか、そんなところだろうか。
「ばれてた?まあそうだよね。実はね、一緒にダンジョンを攻略してほしいの。」
「は?ダンジョン?」
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要約すると、ユーリは家を飛び出してやってきた自分を受け入れてくれたこの街が好き。いまリッテルは森に発生したと考えられる特異点の影響で打撃を受けている。リッテル支部が誇る最大戦力“海風”キースは船の護衛に出てしまっている。あれキースってマルコがいってた人じゃん。最大戦力かよ。マルコ、いやマルコのおじさんは一体何者……まあいい。それで特異点周辺はダンジョン化しており危険度が高まる一方。なんとかしたいが、自分一人ではどうしようもない。ほかの討伐士はキースの帰りを待てという。
そこでたまたま出会った俺に声をかけている、と。
なーるほど、無理じゃね?
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「え、二人?」
「うん、二人」
「ふふふ」
「えへへ」
「話にならねぇ、帰れ」
「ちょ、ちょっと待って。話を聞いて。このままじゃどんどん状況は悪化する一方なんだよ。街の人たちも困ってるし、もしかしたらスタンピードが起きるかもしれない。そうなったらリッテルは……」
ユーリは必死に食い下がってくる。よほど街を守りたい気持ちが強いのだろう。それは素晴らしいことだとは思うが、しかし二人で何ができるというのか。
「確かに、ユーリの言っていることはわかるよ。何とかしたい気持ちだって俺にもある。ここはいい街でいい人たちが住んでるって思うし、なにより俺はブレイザーだ。」
「だったら……」
「けど、どう考えたって無謀だ。新米二人でダンジョンを攻略?それができる力があれば、俺はこんなに思い悩んでないよ。」
悔しいが、力がない。今日のスピーナとの戦闘を思い出す。たった一体のレベル2相手にあれだけの戦闘をしなければならなかった。ふと別れ際の父の言葉がよみがえってくる。“致命的な弱点”。
そう、俺の異能には攻撃手段がない。
第一段階としては破格の防御性能
第二段階で得た光翼は高い機動力を与えてくれた。
しかし、それだけ。高機動、重装甲、超低火力。
せめて攻撃力を高めるスキルが発現していれば、スピーナだって楽に倒せた。
剣の異能ならば、一太刀だろう。炎系統の異能であれば、一撃で丸焦げだ。
第二段階で編み出した攻撃方法は俺の必殺技と言えるかもしれないが、それでも攻撃系の異能にはとても敵わない。
異能は心の在り方を映し出す鏡である。つまり俺は守りと逃げに心を支配された臆病者なのではないか。幼いころはどうしても自己認識と現実のギャップを受け入れられなかった。
俺は強くなりたかった。だからこそ、自身を鍛え、攻撃力を補ってきたのだ。そしてこの旅は、強さを見つける旅なのだ。スピーナに挑んだのもそんな自分の目標のためだ。
ゆえに、葛藤する。
この少女の思いは、強さではないか。愛する街のためにたった一人立ち向かっている。実力が足りないこともわかっていて、それでもなお闘おうというのか。
ならばここで立たずして俺は強さを知れるのか。否。心が叫んでいる、ここで逃げるなと。
堅い!速い!
けど攻撃手段は地味だよ。
やはり派手な攻撃型異能は人気があります。
幼少期、みんなが炎やら水やら剣やらで攻撃練習をするなか、延々と鎧を着てランニングをする主人公……