7話
本日二度目です。
会議室は思ったよりも狭く、空間の大部分を中央に置かれた机が占めていた。用途によって部屋を使い分けているのだろう。
「さて荷物を確認しておくか」
椅子にドカッと腰かけ、机の上に荷物を降ろしていく。不要なものは宿に置いてきているので、手元にあるのは依頼に向けてすでに選抜されたものである。
まずは依頼を達成するうえで必要なものを確認していく。
「採取袋2、採取用の短剣、手袋、切り口を覆う布、束にして縛るための紐、コンパス、応急セット、簡易食料、水。こんなとこだろう。声に出しての指さし確認は基本中の基本!」
「装備品は……投擲ナイフ5、長剣、短剣2、ワイヤー、回復薬2。問題なし!」
やや武器が多いように感じるかもしれないが、俺の異能の関係でそこは仕方がない。鎧を身につけなくていいので装備の重量はそれでもかなり軽いと言える。森の中であればワイヤーは有効に活用できるだろう。戦闘が起こるとすれば、おそらくはスピーナ。それも複数。基本は囲まれないように逃げる動きだが、1対1の状況であればこちらから仕掛けることも視野に入れておく。
「ブーツ、問題なし。戦闘服、問題なし。グローブ、問題なし。」
戦闘服とは言ったものの実際は高校時代の制服を少し改造しただけのものだ。俺の出身校は文武両道を謳う伝統校で、当然戦闘訓練もカリキュラムに組み込まれている。そこでの使用に耐えうるよう防刃、防水、耐火、それでいて軽量というハイテク学ランなのだ。けして毎日制服だったから私服のセンスが磨かれず、卒業後も制服を着続けている残念なやつではない!
さて、デバイスには簡易地図とマルコに教えてもらった群生地のデータを登録済みだ。準備は万全である。
いざ、出陣!!
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森に入って1時間ほどたった頃からだろうか、少しばかり雰囲気が変わってきたように感じる。時折森には獣の叫び声のようなものが木霊し、なんとなく森に落ち着きがない。
「なるほどね、これは特異点が発生していると考えるべきだろう……」
まだ森の入口よりであるにも関わらず、魔力の濃度が上がっているのを感じる。昨日は急いでいたから気が付かなかったが、普通の森ではない。
「戦闘準備しといてよかったよ、まったく。」
この様子では無事に見つからずに帰れる、という希望的観測はやめておいた方がいいだろう。
十分に周囲を警戒しながら南南東へと歩を進める。
「ん、あれか?」
生い茂る木々に埋もれるようにして、黄色い柑橘系の実が幾つかなっている。デバイスの情報を確認するに、あれがシトロンだろう。シトロンってのは日本でいう檸檬みたいなものであるようだ。
「確かに、秋刀魚とかの横に檸檬置いてあったりするわ。」
から揚げにかけるやつ、そのガッツ、俺は嫌いじゃないぜ
すこし気が緩んだが採取に当たっては細心の注意を払わなければならない。果物は人間だけでなく他の生き物をも引き付けるからである。茂みに隠れ、シトロンを狙うものを待ち受ける生物がいないとも限らない。それだけではない周囲の植物に注意を払う。肉食植物に襲われる山菜摘みの話は毎年恒例の風物詩となっているほどだ。
「こい、《黒騎士鎧》」
大丈夫だとは思うが今の森は植生が変化していてもおかしくない。万全を期すため異能を発動する。俺の《黒騎士鎧》は第一段階においては破格の防御性能を持っているといえる。スピーナの攻撃も通さなかったことから、この周辺では十分に通用するであろうことは間違いない。
この鎧を身に着けると荷物はちゃんと鎧の内側に収納してくれるので大変ありがたい。取り出しも可能だ。そこで警戒のため採取用ではなく、戦闘用の短剣を取り出しておく。短剣を両手に持つことで警戒範囲と対応力を高めておく。鎧の防御に絶対の自信があるからこそ両手に武器を持てるのだ。
慎重に近づき、木々の周辺をぐるりと周る。
「異常なし、気配なし、地面を見るに捕食痕もない……問題ないだろう。」
すっと距離を詰め、シトロンの実を収穫する。
「緊張したー」
高校での実地演習等でも経験はあったが本番というのはやはり緊張するものだ。何事もなくてよかった。警戒が無駄に終わるのはよいことなのだという恩師の言葉を思い出す。
ひとまずシトロンはこれでよし、と。異能を解除し肩を回す。
次はいよいよカリバルだ。気を引き締めなおしていくか。
あれからしばらく歩いたので、デバイスを見るにそろそろ群生地のはずだ。
魔力濃度も上がっているし、すぐ近くだろう。
「見つけた」
突然木々がひらけ、小さな草地が現れた。その中心に綺麗な白い花が揺れている。間違いないあれがカリバルだ。差し込む日光に照らされて草花が輝き、風で微かに揺れる姿はなんとも言えない幻想的な空間を作り出していた。なぜここだけ木々が少ないのか、理由は分からないがそのおかげでカリバルのような低草も育つことができるのだろう。踏み荒らされていない草地はある種、神聖な気配さえ漂わせている。
「きれいだな」
思わず警戒を忘れ、つぶやく。はっとして直ぐに異能を発動する。
「こい、《黒騎士鎧》」
この辺りは身を隠すところもない。はやめに採取して撤退しなければあの猿共に見つかってしまう危険性を高めることになる。シトロンの時と同じく短剣を装備し素早くカリバルに近づく。
「これがカリバルか。確かにわずかに魔力を感じる。これが回復薬の原料になるわけか。いつもお世話になっています。」
採取用の袋を取り出し、カリバルをそっと詰めていく。採りすぎは資源の枯渇に繋がるため、根を残すのはもちろん、一定以上採りすぎないようにするのがルールだ。群生地などはどの討伐士も秘密にする重要情報なのだがマルコはなぜここを知っていたのだろうか……。
周囲の様子を見るにほかに人が踏み入った形跡はない。となると一般的に知られているスポットではないのか。森の状況から人が来ていないだけということも考えられるが。
「まあそれはあとで聞けばいいか。カリバルの花、採取完了。これより帰還する。」
小声で確認をしたのち、花々を踏まないように気を付けながら来た道を引き返す。
家に帰るまでが採取依頼だ!