6話
「ああぁーくそ猿どもがぁあ!っと……夢、か。」
大変不本意なことに記念すべきリッテル最初の夜はお猿さんたちとストリートファイトする悪夢に悩まされた。理性は採集依頼をこなしていくべきだと告げているが、本能が、魂が猿共を討伐せよと囁いている……
「まあ、実際、猿……スピーナとの戦闘は避けては通れないだろうが。それがいつになるかはわかんないけどねー」
焦って討伐に走る必要はない。まずは森を知ることだ。そのための採集依頼。そう、すべては猿をぶちのめすため。よっしゃあテンション上がってきた!朝飯にしよ!
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「おじさーん、朝ごはんくださいなー」
早朝のマーケットには、今朝獲れたばかりの新鮮な魚介が並ぶ。朝日を受けて輝く鱗はまさにリッテルの宝石だな……今から食べるんですけどね。
「おう、兄ちゃん。気に入ってくれたのか、嬉しいねぇ。昨日の今日じゃあ、まだスピーナは討伐できてねぇみたいだがな」
がははと朝からマルコは豪快に笑いながら、魚を焼いている。その繊細な技術は見た目からは想像もできない柔らかなタッチで、俺の脳の理解が追い付いていない。
「職人技……。っと、そうんだよ。まずは採集依頼をこなしながら様子を見て討伐しようかと考えてるんだ。状況を鑑みるにリスクを負う場面じゃあないからね。」
「ほう……。ただの新米かと思ってたが、にいちゃん、いい討伐士になるぜ。勇気と無鉄砲は全然違うもんだからなぁ。それを分からない新米の多いこと多いこと……おらよ、焼けたぜ。リッテル名物ラックスの串焼だ。獲れたての焼きたてだ。」
ラックスとは所謂サケっぽい感じの魚だな。近縁種だろう。水揚げされて速攻で串焼に仕上げられたこのスピード感、これこそ漁港の朝市よ!脂が美しく輝いて食欲をそそる。
「うまい!大丈夫?これで5クレジットってまじ?」
「子どもが心配することじゃあねぇよ。だが、森へ行くんならちょっとお使いを頼まれてくれるとありがたい。無論、依頼に支障のない範囲で構わねぇ。」
「お使い?まあ、内容によるけど」
協会を通さない個人的なお願いというやつだ。支障のない範囲であれば手伝ってあげたいところだが。
「この時期になると実を付けるシトロンって果物なんだが、こいつを使って特製のタレを仕上げてる。だが、ここのとこの騒ぎでどうにも入手が難しそうでな。これからもうまい串焼を食わせてやるから、頭の片隅にでも置いといてくれ。もちろん報酬は払うぜ。」
マルコの表情を見るにどうやら随分困っているようだ。
「そのくらいなら構わないけど、どうして協会に依頼を出さないの?採取依頼でしょ。」
「普段はそうしてたんだがな。今の状況でのんきに果物取ってきてくれだなんていえねぇだろうがよ。」
どうやらマルコは協会と森の様子について随分と詳しいようだ。討伐士は地元の人間が多いと言っていたし、そっち関係の伝手でもあるのだろう。しかし律儀な男である。まったく、山菜収穫なんて依頼を出したやつは誰だ。マルコを見習え。
「おーけー。あくまでもしも見つけたら、の範囲でだが心に留めておくよ。おいしい串焼が食べたいからね!」
「助かるよ。にいちゃん、採取っていうとおそらくはカリバルの花だろう?あれは森に入って南南東に2時間ほどのところにある開けた草地に群生している。シトロンもその道中で見つかるはずだ。」
「めっちゃ有力情報。ありがとおじさん!本当にありがたい!」
思わぬところでいい情報が得られた。マーケットに来たかいがあったというものだ。
「なーに、わがままを聞いてもらうんだ。これくらいはな。さて、にいちゃんも準備があんだろ。また戻ってきたら声でもかけてくれ。重ねて言うが、絶対に無理はするんじゃないぞ。気を付けてな。」
「まかせといてよ。安全第一の討伐士とは俺のことさ。また帰ってきたら連絡するよ。それじゃ。」
マルコに別れを告げ、その足で協会へと向かう。このまま依頼を受注して今日中に片を付けるつもりだ。
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「はい。カリバルの花の採取依頼、受注手続完了です。記念すべき初任務ですね。怪我がないように頑張ってくださいね。」
エリカさんは今日はカウンターにいたのでそこで手続きを行う。総合受付は輪番で受け持つらしい。そしておおよそ最初に世話になった事務員のところで手続きをやっていくのが協会の伝統らしい。一種の願掛けみたいなものですよ、とエリカさんは言っていた。
「あ、装備の確認をしたいので会議室をちょっと借りてもいいですか?すぐおわりますんで!」
昨日の夜もやったのだが、最終チェックは欠かせない。
「ええ、どうぞ。二階に上がってすぐの部屋が空いていますからご自由にどうぞ。慎重なのはとても大事なことですね。」
ニコリと笑って鍵を渡してくれた。これは“あたり”の事務員というやつだろう。協会の伝統万歳!
依頼:カリバルの花の採取
分類:採取
目標:「カリバルの花」一袋
備考:採取の際には根を残すよう注意
報酬:500クレジット