4話
本日二話目です
着いた。ここが討伐士協会リッテル支部! 石畳の街並みに良くなじむ堅牢な石材で作られているようだ。景観を損ねることなく、実用性を兼ね備えている建物だ。さらには市民の精神的支柱としても大きな意味を持っている。だからこそ、おそらく敵が進行してくることはないであろう、街の中心に位置していながらこれだけの威圧感をもって佇んでいるのだろう。それが市民の安心と信頼につながるのである。
と、串屋のマルコに聞かされた話を思い出しながら大きく深呼吸を一つ。いくぞ。
キキィーと留め金がなる音が耳についた。しかしそれも束の間、扉を開けると中の喧騒に一瞬圧倒されてしまった。
「うぉおい、スピーナを狩るんだが、誰か一緒にどうだ?」「木材搬出の護衛か……しかし報酬が……うーむ」「こっちこっち! 定食はこっち!」「違うんだ! あれは間違いなくスピーナだったんだが……」
「お、誰だあれ。新人か?」「お金ほしい……」
まさにカオス。これだよこれ、これこそが協会! これぞ冒険の1ページ!
建物内部が、思ったより狭く感じるのは人の多さゆえであろう。清掃は行き届いていて清潔感がある。入り口からまっすぐ行くと総合受付があり、その右側に依頼掲示板。左側に討伐士カウンターがある。掲示板で依頼を取ってカウンターで受注する仕組みだ。どちらも人が多く、特に掲示板付近は依頼書とにらめっこする討伐士が塊のようになっている。
さらに右奥の扉には“協会酒場”のプレートがかかっている。だいたいどこの協会にも酒場や食事処が併設されており、貴重な収入源となっているのだ。“協会酒場”というストレートなネーミングはリッテル支部に限らず、これもだいたいどこも同じである。協会からもつながっているが、外から直接行くこともできるようで、今日も繁盛しているのだろう。扉越しにもその喧騒が伝わってくる。きちんと扉で仕切られているのは、仕事には真摯に取り組むという討伐士協会の姿勢を反映してのものだと聞いた。俺としてもその方針には大賛成であり、市民からも高い好感度を誇る理由の一つだろう。
「おーい、君、そんなとこに突っ立てないで中に入ったら?」
入り口で傍立ちしていたらどうにも目立ってしまったようだ。口が半開きだったせいかもしれない。なんで半開きかって、そりゃ五感で味わうタイプだからな。味覚も大事にしたいよね。
「あっ、すみません。はじめてなもので見とれてました!」
突然声をかけられ慌ててわけのわからぬことを考えながら振り向くと、
「見とれる?不思議な言い方ね。私は好きだよ。けど乾燥するから口は閉じてた方がいいんじゃないかな……乾燥すると口臭の原因になるし、口内環境が荒れるっていうしね」
けっこう不思議なタイプの女の子が鞄を片手に立ち往生している。
歳は同じくらいだろうか、身長は高めで170近くあるな。髪は赤みがかった茶色で肩のあたりで切りそろえられている。ブーツに軽鎧の出立から討伐士であることが伺える。鞄の中身は採集依頼の成果物といったところだろう。
「大丈夫、口臭の原因ってどっちかっていうと消化器官にあるらしいよ」
つまり俺の口は臭くない。
「へー、でも消化器官ってどうやればいい匂いをだすようになるのかな」
くらいついてきやがった……! ただもんじゃねぇぞこいつ……!
俺が勝手に震えていると総合受付のお姉さんが笑いながら声をかけてくれた。
「もいもーし、ユーリ! それと新顔のお兄さん! そんなとこに固まっていないでこちらへどうぞー!」
「あ、すみません!すぐ行きます」「エリカさん、ごめんなさい、今行きます。」
2人して入り口を塞いでいたことを反省しながら総合受付に駆け寄る。なんとなく周囲からの視線を感じるが、新人を見る微笑ましい眼差しの類であり、串屋のマルコが言っていたことは本当だったと一人胸を撫でおろす。
「大きな声で呼んじゃってごめんなさいね。人が来ると邪魔になっちゃうから、つい声をかけてしまいました。あなたは初めましてですね。私はリッテル支部で事務員をしています。エリカです。よろしくお願いしますね。」
ふふっと微笑みながら自己紹介をしてくれたエリカさんは、20代後半といったところだろうか。大人の落ち着きと上品さがあってすこし緊張してしまう。ああ、嬉しい。討伐士は温厚で、受付の人は美人だった!
いかん、また違うことを考えていた。
「すみません、ご迷惑おかけしました。私は今日がこちらは初めてなのですが、討伐士の光嶺と申します。これがライセンスです。」
九州支局で発行されたライセンスを表示した小型端末を提示する。
「あ、やっぱり。見ない顔だと思ったよ。初めまして、私はユーリ。お察しの通り討伐士だよ。よろしくね。 君ってちょっと変わってるよね。ふふふ。仲良くできそう。」
少女はユーリと言うらしい。変わっているのは間違いなく君だと言いたいがここはぐっと我慢しておこう。なぜなら俺は変わってないからだ。図星を突かれた奴ほど取り乱すものよ……
「はい、コウさん。ライセンス照合とリッテル支部での登録が終わりましたよ。あなたのことは九州支局から連絡を受けています。期待の新人が行くからよろしくって。滅多にないことですよ、これは期待できそうですね!」
エリカさんはデバイスを手渡しながら、凄いことを言っている。え? 九州支局の人は何をやっているの? 確かに登録してすぐに大陸に飛び出すやつは初めて見たとは言われたけど。どういう意味で期待してるのやら・・・
「ありがとうございます。過大評価だと思いますけどね。でもそういってくれた人がいるのなら、その分精一杯頑張ります。いろいろよろしくお願いします。」
うーん、エリカさん、勘違いしている可能性が高いけど、仕方ないか。“期待の新人”光嶺甲はまずは地道に採集依頼から頑張る所存です!
「期待の新人……か。じゃあ、私と同じだね!よろしくコウ。」
自分で期待の新人とか言っちゃうあたり、やっぱりこの子ちょっと変かもしれない。
「よろしく。とりあえずざっと依頼を見てみたいので掲示板の方に行ってきます。ユーリは、それ、達成報告に来たんでしょ。今はカウンター空いてるし行って来たら?」
「よくわかったね!いい観察眼をしている……今度一緒に採集行こうよ。私とコウなら根こそぎ採れちゃうよ~」
「根こそぎ採ったらだめでしょ……ま、俺も最初は採集からって考えてたからちょうどいいや。タイミングがあったらぜひご教授願います。それじゃ、掲示板見てくるから。またね。エリカさんもありがとうございました。一旦、失礼します。」
「はーい、それじゃあね。」「活躍を祈っていますね。」
総合受付を離れた俺は、依頼掲示板に群がる人々の間に体をねじ込んでいくのだった。
応援のほどよろしくお願いします。