70億人誘拐計画
「出たぞ!」
「UFOだ!!」
東の空を指差した人々が、口々に悲鳴を上げる。深い青に染まった夜空に、淡いオレンジ色の発光体がいくつも浮かび上がっていた。それはさながら間近で見る天の川のような美しさで、何も知らない人は、立ち止まってうっとりと見惚れていたに違いない。しかし人々はもう、その光の意味を知っていた。ごった返していた夜の繁華街は、たちまち大騒ぎになった。ケビンもまた、群れをなす光の粒に目を細め、突然の襲来者に息を飲んだ。
「逃げろ! 誘拐されちまうぞ!!」
これでもう、今月に入って10件目だった。
未確認飛行物体・UFOによる人類の誘拐事件が本格化したのは、確か昨年ごろからだった。
それまでにも、世界大戦中とか、あるいは1970年代を中心に、大衆の間で都市伝説のように目撃談が語られることはあった。だが大勢の人々に隠しようもないほど堂々と、毎晩のニュースで『明日の天気』と同じくらい当たり前のものとして報道されるようになったのは、21世紀に入ってからだろう。
誘拐された犠牲者の数は、確認されただけで優に数万人に上る。
UFOは突然、我が物顔で人々の頭上に現れ、無作為に市民を攫っていく。
攫われた人々が何処へいくのか、一体円盤の中で何をされているのか。生きているのか、死んでいるのか。実際のところは、誰にも分からなかった。一度攫われた者は、もう二度と地上へと戻ることはなかったのである。突然始まった宇宙人による同時多発誘拐事件に、人々は恐怖の日々を過ごしていた。
「助けてくれぇ!!」
決して光に囚われまいと、狭い通路を押し合って、人々が西へ西へと逃げ惑う。
東の空に浮かぶ襲来者は、そんな地上の様子をあざ笑うかのように、次々に空から光線を発射した。まっすぐに伸びたオレンジの光に当てられた人々は、ふわりと地面から浮かび上がり、発光体の元へと吸い込まれて行った。
「きゃあああっ!?」
ケビンの隣で、太った中年女性が、右手に抱えた夕食のおかずごと宙に浮かび上がる。ケビンは慌てて女性の左手を引っ張った。
「う……うわああッ!?」
だがケビンの懸命の踏ん張りも虚しく、女性はふわふわと空を舞い、手を繋いだケビンごと2人は鋼鉄の飛行体の中へと吸い込まれた。
「隊長。今日の分の地球人保護が終わりました」
「ご苦労。早速治療を始めてくれ給え」
「畏まりました。しかし隊長……間に合うでしょうか?」
「ふむ」
「地球にはどうやらまだ何十億という人類が棲んでいるようで……このままでは、宇宙ワクチンの数も」
「地球人と言葉が通じない以上、こうして片っ端から保護し、早急に治療していくしかあるまいよ。御託は後だ。今は『星境なき医師団』として、我々のできることをやろうじゃないか」