サトーの話
道に迷ったのはもちろんマニュアル運転に
切り替えていたからである。しかし、サトー
ユタカは、ほかにももっともな言い訳が
ないか探していた。
といっても、今日は出張終わりの空いた時間
である。言い訳する相手もいない。いったん車
を停めて、少し歩いて見晴らしのいい場所で
一服しようとしていた。
この時代でもアナログカーは少なくない。
しかし、最新型よりも値段が高いうえに劣る点
もたくさんあり、妻にもいつも文句を言われて
いた。
しかしサトーはそこだけは譲れないと思って
いた。たしかにガソリン車ではない。この時代
に完全受注タイプのガソリン車はとてもサトー
の給料では買えなかった。
太陽光発電も備えた電気タイプのエンジンで
あるが、ガソリン車風に振動し音を出す。
そこが見る人によってはかえってダサいと感じ
るし、実際エネルギー効率も悪い。
いつかフリーのジャーナリストになってやる、
そう思いながら今の新聞社で10年が経とうと
していた。経緯があって今は妻と一人の子ども
と駐在し、今日は愛車で出張だった。
違和感を感じたのは、遠目に一人乗りの
ホバーを停めてから足で走る人影が大型店舗
などで見るような制服を着ていたからだ。
そして、これも忽然と現れた日よけ帽を
かぶった十代と見られる女性と挨拶したかと
思いきや、制服のほうが殴り掛かった。
ように見えた。というのは、少女のほうが、
つまずいたのかどうなのか、とにかく避けた
のだ。が、制服はそのまますごい勢いで殴る
蹴る。少女はそのうち派手に吹っ飛んだり転が
ったりしているが、なぜか意識を保っている
ように見える。
ナンだこれは、と一瞬呆気にとられている
間に、テキストが飛んできた。「ロボットが
暴走しています、避難してください」しかし、
サトーは内容を読む前にこれまでの経験から、
直感から、非常にマズい事態であることを
把握した。
単なる暴走でなかったら?
民間のアンドロイドがあのような動きができる
わけもないし、もし軍事用であればその意味
するところは明白だった。
この子がやられたら間違いなく、次に証拠隠滅
で消されるのは自分、地方の新聞社とはいえ、
ジャーナリストの勘がそう言っていた。ヒザが
躍るのをかっこ悪いと思う暇さえなかったし、
妻や子の顔が思い浮かぶ暇もなかった。
愛車をどう発進させたかほとんど憶えていな
かったが、自動運転に切り替えていったん落ち
着いた。何か理由を見つけて家族で一時帰国し、
そしてまた理由を見つけてこっちに戻らない、
などとぼんやり考えていた。
ふつうの人生とは何だろうか、などと思って
みた。