サキの話
菌糸類の研究をいつ始めたのかサキは覚えて
いない。武術の鍛錬を開始したのと同じぐらい
だったはずである。しかしそうすると立って
歩きはじめたぐらいである。
そんなはずはない。
ここ最近は地上と宇宙の居住地で同程度の新種
が発見されるので、サキが年間で地上と宇宙に
いる期間もちょうど半々程度になっていた。
この時代、地上と上空を行き来する人は比較的
珍しくなっていた。
今回は自然重力下、比較的乾燥した地帯の雨期
である。この時期だけ、緑が増える。いい季節
であるが、来年のこの時期までしばらく地上に
降りられないと思っていた。
最近始めたコケ類の研究手法をさがすために
こもるからである。菌糸類では自作のAIで特殊
な走査方法を使用していたが、その焼き直しで
済めば話は早いはず。
そのほかにも、軍事顧問の仕事が増えていた。
16歳で個人国家として独立したサキに興味を
示すのは同じような個人国家に限らない。
もっとも、その軍事顧問の仕事が地上を走査
する際には役に立っていた。セキュリティに絡
んだ情報を各国が一般の研究機関には出し
づらいからである。
おかげでたいした苦労もなく、充分な収入が
得られていた。
ここで接近物の警告が上がってきた。
研究道具はすでに片づけたあとである、あとは
かねてよりの場所に移動するだけだった。
アナログな日よけの帽子にアナログなシャツ、
短パン、その下に光学迷彩。
雑な接近に思えたのは相手によほど自信がある
からだろうか。
ウォーミングアップも兼ねて軽く走りながら開
けた場所へ着いたとき、その相手も走ってきた
感じだった。アンドロイドでもアップするのかな、
などと考えているうちに距離を詰めてきた。
民間用に偽装した軍事タイプ。しかし、見た
ところ武器はない。もちろん、そんなものを持っ
ていればここにつく前にキャッチされているが。
予想はしていたが、話しかけてこないところを
見ると交渉するつもりは全くなさそうだ。短時間
でケリをつけようとしてくる。そして、相手は
こちらの実力を知らない。
ただ、この瞬間はいつも緊張で手が痺れる感覚が
ある。いつも最初の一分が肝心だった。