第10話 誰と話してたんだっけ?
遅れました。
「ねぇ」
僕は今、川の河川敷に座っている。帰り道に何故かここに立ち止まりたくなったからだ。のんびり川を眺めたり、空を飛ぶ鳥を見たり、ここではあまりやることがない。そこがいいのだろうか。
―自分の行動だけど、自分じゃない気がした。
「はい」
「私たち、よくここで遊んでたよね」
「遊ぶって、何をして?」
「ほら、今みたいにしてお喋りしてたの」
ここにいるのは僕だけのはずなのに、自分の意志とは別に口が動く。話している人物がだれかわからない。勝手に進む。
「きっと自分でも理解したくない。だから《《落ちたんでしょ》》?」
「何を落としたの?」
「私を追いかけ―」
「うぃ…?」
しまった。寝てしまっていた。
空は《《あの時》》のように真っ赤な太陽に染められている。
さ、帰ろう。
「あの時って…何時のことだ?」
僕の寝ていた河川敷の短いくさむらの上で犬の吠える声がした。
「帰らなきゃ」
誰もいない。誰もいなくても背中が押されていく。きっと、きっと―
「ただいま」
「お帰り、翔太君」
僕が家のドアを開けて家に入ると、廊下から麻里亜さんの顔がひょこっと飛び出し、声をかけた。
「もうすぐご飯出来るから待っててね」
「わかりました」
僕は2階の自分の部屋へ向かう。勉強机と、ベッド、漫画や小説が少しだけ並べられている本棚だけが置いてある。
「前はもっと本あったのにな」
あれ、あの漫画6巻から無くなってる。おかしいな。貸したっけ?
俺はシャツのボタンを上から外していく。指の動きに違和感を覚えながらもボタンを外した。制服から私服に着替え終わると、勉強机の上にある数枚の写真が目に映る。
「沙耶…」
沙耶、沙耶…?
「翔太くーん!降りてきて」
「はーい」
誰だっけ、沙耶って。
僕は部屋で絵本を見ていた琴音ちゃんを呼び、階段へ向かう。
食事にも違和感を感じた。箸の持ち方、茶碗の持ち方。
―何かが、違う。足りないのだ。大事なものを忘れている。俺は、ずっと一緒にいた人間のことを忘れている。