HUMAN GAZE
彩都は午前中の講義を終えて、たまたま遭遇した優里亜と学食で食事を共にしていた。彩都も優里亜も友達がいない訳ではないが各々友達との予定が合わなかったのだ。2人で食事をとるのは決して珍しくなく、週に一度はこうして席を共にすることがある。すごい偶然だよねと2人は笑いあっているが、実は周りの人間が裏で話を合わせていることを知らない。
「今日は勇気くん、夕食後にしか来れないんだね。」
優里亜は氷の入ったコップをストローでカランコロンと鳴らしながらつまらなさそうに呟く。
「仕方ないよ、勇気は人気あるから。」
わざと素っ気なく返事を返すと、お気に入りのハンバーグ定食を口にする。
「サイトはこの後家に帰るの?」
ため息混じりに優里亜は尋ねる。
「んー、そだね。午後は講義ないし、大学にいても暇だからね。」
少し考えてから答えると、ハンバーグとライスの残りを口に流し込むように食べきった。
「多分先にサバイバルに入ってるから、行き先だけあっちの家に残しておくよ。みんな揃う時間ぐらいには帰る。」
「了解。ほんと好きだよね、サバイバル。まあ、いろんな要素が詰まってて楽しいんだけどさ。」
優里亜は思わず笑みがこぼれた。勇気と優里亜は彩都に誘われてサバイバルを始めた。最初は戸惑っていた2人も気がついたら、どっぷりとその不思議な魅力にハマっていた。
2人とも楽しんでいる。その事実は彩都にとってとても嬉しいものだった。口にこそしないものの、いつも遊んでくれて感謝しているのだ。
「優里亜、昨日闘技大会優勝したんだよね。お祝いにデザート奢ってあげる。」
せめてもの感謝の印だ。
「本当⁉︎ありがと!でも、結局お祝いどころじゃなかったんだけどね。闘技大会後は本当悲惨だったんだよ?」
そう、あの襲撃は優里亜がそこに居なかったらイーターの討伐は成し得なかった筈だ。
ヌルの群れが分断されていなかったらあの場にいた人たちでは食い止めきれなかった筈だ。食い止められなければ勇気でさえ、討ちもらした可能性がある。
そう考えると、最後にイーターに戦闘不能にされたものの優里亜の功績はとても大きい。同時に負担も大きかった筈だ。
「分かってるよ。でもイーターを止めれたのも優里亜のおかげだよ。そのお礼も兼ねてるから。」
半ば無理矢理デザートを奢る形で話しを終わらせた彩都は優里亜を連れて席を離れた。
「あ、これがいい!後これも!」
スウィーツの並んだショーケースを前に優里亜が無邪気な子供のように騒いでいる。優里亜のこういうところは本当に可愛いなと彩都は思う。事実誰が見ても可愛いのだろう。優里亜の整った顔立ちと、モデルのようなスタイル。容姿としては美しいよりも可憐の方が似合う。そんな子がスウィーツを前に無邪気にはしゃいでいるのだ。通りすがりの人はほとんど彼女に目を奪われていた。
彩都は優里亜に集まる視線が少なからず自分にも向けられているのを感じていた。それは嫉妬であり羨望であり、憎悪であった。負の視線を向けられて彩都は少し苛立ちを覚えたが意識的に頭の片隅に追いやり、優里亜とのひと時に集中する。
「そんなに食べたら太るよきっと。」
優里亜がムッと顔をしかめる。それがまた可愛い
「私、普段お菓子とか食べないから今いっぱい食べても問題ないの。だからこれとこれも追加ね。」
おっと、これはまずったかな。と彩都は顔をしかめた。これは財布の中身が空になるまで選ぶから。と脅されたような感覚を覚える。
幸か不幸かそのタイミングで彩都のリングセルが何か通知を訴えた。
「ごめん。」と一言添えて、リングセルを起動する。どうやら一個下の幼馴染、柏木まどかからのメッセージのようだ。
「いきなりごめんなさい彩都。昨日彩都と別れてから街をいろいろ見て回ったんですけど、ジョブというものを持っていないと不便だと言われました。ですのでそのジョブとやらを手に入れたいのですがどうしたらよろしいのです?」
彩都はこれは説明では伝えきれないなと瞬時に判断した。まどかならジョブを物と勘違いしてもおかしくない。そして彼女は実物を見るまで意見を変えないことがほとんどだ。つまりいくら説明したところでジョブを見せろと言われてしまう。しかしジョブは物として見せるものではない。実際に物でないと理解してもらってからでしか説明する方法がない。
「今日の午後って空いてる?そこでジョブについて説明するから、空いてたら2時に西区の噴水広場に来て。」
とりあえず今日の午後の予定はまどかにジョブの説明とジョブを与えることになりそうだ。
「わかりました。」
と返事が来たので、すぐに家に帰らなければならなくなった。
「優里亜ちゃんごめん。まどかがジョブのこと教えて欲しいって言うから教えてくるね。デザートはこれぐらいでいい?」
「あ、逃げるのね。まあこんなにも食べれないからこれとこれだけでいいわ。」
逃げるわけではないのだが。と思いながらも2つまで候補を絞ってくれたことに感謝しつつ、何か言ってまた数を増やされるのも嫌なので黙って奢ってあげる。その後一言二言優里亜と会話して大学を後にした。
噴水広場で待つこと10分、マドカは姿を見せなかった。30分前に到着したので別に遅刻ではないのだが、ここを離れるわけにもいかず時間を持て余していた。
「サイトごめんなさい!」
と普段はおしとやかなお嬢様が走ってきたのは珍しいことだ。マドカは大手企業の社長の一人娘だ。時間に厳しく育てられた為、集合時間には誰よりも先に到着することがほとんどである。そうした理由もあり、マドカを待たせるのも悪いので早めに来ていてのだ。
「大丈夫だよ、今日は僕のが早かったね。」
「何故でしょう。サイトだけは私よりも先に集合場所で待ってることがたまにありますよね。他の方々はそんなことありませんのに。」
「幼馴染だからだね。」
マドカのこの手の質問は適当に返す。そりゃ他の人の時は1時間前とかに到着しているマドカだ。サイトという幼馴染にだけ時間にルーズになっているとは本人も気づいていないようだ。ルーズといっても20分前に到着するのだからおかしな話だが。
「ねえ、サイト?これからどこに向かうんですの?」
「街を北側に出たところにお告げの社と呼ばれるとこがあるんだ。そこでジョブを手に入れるんだけど、ジョブは概念みたいなものだから説明するより見てもらった方がいいと思ってね。」
「概念を・・・手に入れる?」
マドカの頭にハテナマークが浮かぶ。
「ジョブとは免許証のようなものではないのですか?昨日見せられたのはそれでしたけど?」
「どちらかと言うとそれは付属品かな?多分マドカがいくら考えてもわかんないと思うから気にしないでついてきて。」
そう北区に向かって歩き始めようとした時にマドカがサイトを止める。
「何故そちらへ向かうのですか?そちらは私が来た方ではありませんか。」
あれ?とサイトは疑問に思う。この噴水広場は北区との境目にある。マドカの登場時はなんとも思わなかったが、サバイバルを始めて1週間ちょっとの人が北区に家を持つなど不可能で・・・
「北区に用事でもあったの?」
「いいえ、最近北区に家を買いましたの。あれ?言ってませんでしたか?」
「待って!始めて1週間の人が北区に家を買った⁉︎」
思わず声を荒げてしまった。
周りの人間もその発言は有り得ないというようにサイトたちの方へ視線を向ける。
サイトは我に帰ると視線を振り切るようにマドカの手を引いてその場を後にした。
今日は嬉しくない視線をよく浴びる日だとサイトは内心溜息をついた。