南雲 勇気
勇気が目を開ける。ゆっくりと体を動かし現実での体の感覚を戻して行く。CVRヘッドセットを外し、一息ついてゲームとリアルの体を動かす時のわずかなズレを元に戻し、椅子から立ち上がる。少しふらついたが平気だった。赤く染まった街を見ながらカーテンを閉めて、そのまま部屋を出る。勇気の家庭は少々複雑だ。いや、正確には少々特別だ。勇気には父も母もいない。母は勇気が小学校に入学してすぐに、男を作って行方をくらました。父親は当時、まるで自分がしたことのように謝った。自分が母を好きになったから。自分が母を信じたから。母に家庭を任せすぎたから。
父に怒っていたわけではない。父が謝る度に哀れみ、母への怒りがこみ上げた。それを飲み込み、押さえ込み、吐き出すことなく父と2人の生活を始めた。父は何かと勇気を気にかけてくれた。元々父のスペックは高く、家事も一年経つ頃には母よりも上達していた。そのおかげもあり勇気が不自由することはほとんどなかった。だがそれもゆうきが高校に入ると同時に終わりを迎えた。高校生活に慣れ始めた頃、部活で遅くなり家に帰ると先に帰宅していた父がリビングで首を吊って自殺していた。理由は今でもわからない。遺書は叔父叔母のところに送られていた。中身を見せてくれ、なんで父が死んだか教えてほしいと頼み込んだが、なぜか教えてくれることはなかった。
勇気は父の自殺以降人との関わりを極力絶った。母も父も自分を裏切り目の前から消えた。一番信頼していた家族に裏切られたのだ。それなのにどうして他の人を信じることが出来るだろうか。裏切られるくらいなら関わらない。勇気はそう自分に言い聞かせ高校生活を静かに息を潜めて過ごした。
大学に入っても、社会に出てもそうして行くつもりだった。でもそれは彩都の登場で断ち切られた。始まりはひょんなことだ。最初は他の人と同様に関わりを持つつもりはなかった。それでも彩都は優里亜を引き連れてしつこく迫ってくる。気が付いたら根負けしていて、一緒に遊びゲームをする仲になっていた。それ以来勇気は他者との関わりを再び持ち始めた。その際に自分でも知らないうちに自分に枷をはめていた。「決して裏切らない」という枷を。それはとても危ういものだった。勉強を教えてと言われれば教えて、遊びに行こうと言われれば遊びに行く。全ては他者を裏切らない為に。自分でもどうしてそんなことをしているか、分からなかった。
今日も彩都たちと一度別れたあと後輩にサバイバルで強くなるにはどうしたらいいかと言われ、その特訓に付き合っていた。そこで何やら爆発音のようなものが聞こえ、闘技場が崩壊したとの話が入ってきた。後輩は不安そうな、それでも期待したような目で原因を突き止めてくださいと言わんばかりに視線を送ってくる。仕方なく闘技場の方へ向かう途中に彩都と再会し、ヌルの討伐に至る。という訳だ。
仏壇のある居間を無視してすぐ近くのリビングに入る。エプロンをつけてキッチンに立ち料理の準備を始める。エプロンをつけた姿は一度彩都と優里亜に思いっきり笑われた。それでもこだわりの様なものがある為外せない。手際よく料理を何品か作ると机の上に運んでいく。その際に仏壇が何度か目に入ったがそれ以降は意識して仏壇を無視した。
箸を取り食事を始めた直後くらいだろうかリングセルが鳴り始めた。彩都だ。食事を手早くそれでも綺麗に食べ終えるとリングセルを起動して彩都から送られてきた添付ファイルを開く。
勇気は珍しく欠伸をしながら登校していた。1限はない。でも勉強を教えてくれと頼まれている。だから登校していた。寝不足気味だがこればかりは自業自得だ。彩都から送られてきたファイルにはとても興味深いことが書いてあった。そのことについての考察をしていたら夜遅くになってしまったのだ。しかしながらこの記事の作者と会ってみなければ分からないこともある。リングセルを起動させて、記事を読み返しながら登校する。
突然「あっ。」と小さな声が聞こえ顔を上げると優里亜と彩都が目に入った。2人とも驚きの声を上げてた。自分でも知らないうちに声を上げていたのだろう、思わずクスッと3人で笑ってしまった。
「今日も2限から授業かな?」
突拍子な質問に少しばかり面食らったが、言いたいことはそれで理解できた。
「そうだね。でもこの時間から来るのはほんとに久しぶりだよ。」
ちょうど一年くらい前の話だ。あの頃は彩都に声を掛けられるのが鬱陶しくて仕方なかった。でも今は違う。
「今日は少し時間に余裕あるし何かあっても大丈夫だね。」
「でも彩都、あの時何もなかったら時間あったんだよ?」
2人のやりとりを横から見ていた優里亜がようやく口を挟んできた。
「う、うるさいな。あのあと何回も謝ったじゃんか!」
あの出来事に関しちゃ自分の不注意もあったのだろうと思うが、あんなにも彩度が謝っていると、同じく謝る立場であった自分が引いてしまったほどだ。優里亜はもっと引いていただろう、なぜ仲良くなれたのか。と、ふと考えることもある。しかしながら彩都に聞きたいこともあるのだ。そんなどうでもいいことを考えていい時間ではない。
「彩都、話は変わるんだけど昨日のあれってどう思う?」
「どうって言われてもあれが嘘か本当かなんて分からないよ。けど読んでいくうちに本当のことのように聞こえては来たかな。」
脈略がないのは承知の上で、無理やり話題をそちらへ向けた。
「私も事実だとは思う。けど次がいつかとかまではさすがに分からないみたいだし、また20年後とかかも知れないからそんな気にしなくていいんじゃないかな。」
「そうだな。たしかにそうかも知れないが昨日も言った誰かがヌルを操ってるという話と合わせると恐らく2度目の襲撃はそんな期間を開けないんじゃないか。」
「待って、待って!城壁を作った人とヌルを操る人は違う人でしょ?何ですぐ来ると思うのさ。」
「あ、いや言葉が悪かった。城壁を作った人がヌルを操る人の出現を予想してのあの城壁の形だと思ってね。それなら尚更ヌルを操る術が存在して、それを使いこなしてる人がいると考えるべきだと思っただけだ。その人の目的は知らないが討伐されて目的が達成されたとは思えないからね。」
そう、当たり前の結論だ。襲撃することによって何かしらの目的が達成されるなら昨日のあれは襲撃にすらなっていない、とまで言える。サバイバルの街にたどり着くことすらなかったのだから。それなら早いうちに2度3度目の襲撃があるのは想像がつく。
「なるほどね。じょあその誰かを見つけないとヌルの襲撃は続くってこと?」
問題はそれだ。「誰か」が分からない以上。襲撃は避けられない。勿論機能の襲撃が偶然だったとは最早微塵も思わない。だからこそ早急に犯人を見つけなければいけない。
「恐らくね。そこで彩都、1つ無理なお願いをてもいいか?」
「僕にできることならなんでも。」
「なら、この記事の製作者に会いたい。」
「あ、それなら簡単だよえっとね-」
「ちょっと2人とも?時間時間!考えるのもいいけど今はリアルだよ?講義に遅れちゃうから先行くね。」
「待って優里亜ちゃん!」
彩都は優里亜の後を追うように走って行った。その姿を何も言えずに見送る勇気だった。とりあえず2人に夕飯後にサバイバルの自宅で集合と告げて、図書館へ入り、知り合いに勉強を教える準備を始めた。