天茶 彩都
現実世界に帰ってきた彩都は1つ大きく息をつくとCVRヘッドセットを外し、椅子から立ち上がった。夕日が眩しく思わず目を閉じて、少しずつ夕日に目を慣らしていく。ヌルと対峙した時の恐怖が蘇る。あれはゲームだ。ゲームなのだ。それでも、あのままイーターがもう少しだけ命尽きるのが遅かったら。もう少しだけ自分の倒れる位置が前だったら。あの一戦は色々運が良かったと考えるのが妥当なのだろう。まだサバイバルの世界で死んだことはない。今日はその死という感覚に限りなく近づいた。手足を拘束され逃げられないところにゆっくりと刃物が心臓めがけて迫ってくる、その様子を見ていることしかできない感覚。ホラーゲームなんかよりも全然恐ろしく、不気味な感覚だった。
目が慣れてきたであろうタイミングを見計らって目を開け、ぽりぽりと頭を掻く。あまりナーバスにならないように元気よく立ち上がると、部屋を出た。立った拍子に机の脚でぶつけた左足の小指が痛かった。
彩都は気分転換にシャワーを浴びると短い髪をささっと乾かし、ベッドの上に寝転んだ。
買ってあったお菓子を手に取り、ベッドの上でゴロゴロしながらそれをつまんでいく。
親がいたら「やめなさい」と怒られるかもしれないが、彩都は大学に通うため現在は大学付近のマンションに一人暮らしだ、誰にも怒られることはない。と言っても、父親は物心つく前に亡くなったらしい。交通事故にあったらしい。相手の運転手の運転ミスによる人身事故らしい。そう聞かされている。顔も知らないので寂しくはないのだが一度ばかり会ってみたかったと思うことは多々ある。しかしそんなことばかり考えていても生きられないので、極力考えないようにしている。母さんに失礼だと、そう思うのだ。母さんも父さんが居なくなって寂しかったに違いない。寧ろ自我や感情といったものが明確に存在していた母さんの方がショックは大きいはずだ。自分も父さんがいないと初めて告げられた時はかなりショックを受けた。それ以上のものがあったはずだし、それを見せずに自分を育ててくれた母親に父さんに会えなくて寂しいといったことが言えるだろうか。少なくとも彩都は言えなかった。母親の働く姿を、疲れて家で倒れるように寝る姿を見てきたから。母さんは言う。嫌なことがあった時はそれから目を逸らしていいんだと。逃げる事は戦う事と同じくらい難しい。だから嫌なことから逃げたことを、目を逸らしたことを誇っていい。ただ見て見ぬ振りはするな。それは目をそらす事とは違う、と。
携帯端末「リングセル」でSNSを見る。指輪となっている端末から画面が映像として浮き出てそれを視線で操作する。サバイバルに関しての情報を集めながら色々なサイトを見て回る。最新の記事に更新されているところは大抵先ほどのヌル襲撃事件が主になっている。どの記事も「極めて異例」「信じがたい出来事」「20年の歴史で初めて」と皆少なからず混乱しているのが分かる。その中で目に止まった記事が1つあった。「予測された想定内の出来事」そう題されているのはサバイバル記事の中でも有名な人が書いている記事だった。内容は
「今回の災害級ヌル襲撃に関してはサバイバルがリリースされてから20年の短いようで長い歴史の中で初めてのことである。そのため多くの人が混乱し、恐怖に陥ったであろう。闘技場付近のプレイヤーによってなんとかイーターなるヌルを食い止めることはできたのだが、その被害はかつてないほどである。付近にいた人々はもちろん街の人々もさぞかし驚かれたことであろう。しかしごく一部の人間にはそれは予見されていたものであり、想定内の出来事に過ぎなかった可能性が大いにある。ヌルが襲撃してくるのはサバイバル外のみで、街へ逃げ帰れば安全である。これは今までの常識だ。言い換えると街への襲撃は未だかつてなかった。つまり何が言いたいかというと襲撃のその瞬間闘技場にいた人々は覚えていると思うが『ヌル襲撃の鐘の音』が鳴るのはおかしい、ということである。もちろん警戒して一応設置しておいた可能性もある。が、しかしそもそもなぜ街の南はあのようなヘンテコな形をしているのだろう。大々的にはヌルは南からやってくるからそれの防衛目的とされている。たしかにヌルは南に多く生息し北にはあまりいない。だが、襲撃されたという事実はほんの一度もない。城壁等はサバイバルリリース後プレイヤーの手で作られたものである。もう一度言う。ヌルの襲撃は今まで一度もなかった。では何のためにあの形になったのだろう。誰かが今回の襲撃を想定していたと考えることができる。その誰かについては現在調査中である。また城壁を歪ませ、襲撃を知らせる合図まで用意しておきながらその襲撃が一度ということは考えにくい。おそらくこの先2度3度と災害級のヌルの襲撃があるだろう。不安を煽るような内容にはしたくないのだが今告げた点を考慮するに、災害級ヌルの対策をしておいて損はないだろう。」
というものだった。
読み終えた彩都はひとまずこの記事を優里亜と勇気に共有しておいて損はないとメッセージを送った。
それにしてもなんとも、なんとも言えない記事であろう。悪い意味ではない。考えさせられる記事だった。少なくとも勇気の話を聞いた後では。まるで自分たちの未来を告げられているようだった。サバイバルが滅亡するとは思わないがそれに近い損害を受けてもおかしくない可能性。ヌルたちに何かしらの変化が起きているのだろうか?
彩都は考えるのは得意ではない。勇気たちのように考えて答えを出す事は恐らくできない。だからこそ記事を送ったのだ。これ以上は考えても仕方ないと判断して、明日の講義の確認をしその後適当に時間を潰してその日は早めに就寝した。
次の日大学に到着すると学部が違うため普段は合わない優里亜と勇気の2人とばったり遭遇した。校門前でこうして出くわすのは3人が初めて出会った日以来でとても珍しい出来事であった。
初めての遭遇はほんとに最悪のもので、ひょんなことから勇気にぶつかり、その時たまたま眼鏡だった優里亜にさらにぶつかり、優里亜が正門横にある植え込みに倒れてその拍子に眼鏡を植え込みの中に落としてしまう、という出来事があった。優里亜と彩都は一限から講義があり、時間も押していたということもありすぐ3人で植え込みを探したが眼鏡は見つからず、仕方なく優里亜と彩都は、二限からにも関わらず朝早くから学校に来ていた勇気と、優里亜の眼鏡をその場に残して授業へ向かった。
その後勇気が眼鏡を見つけて3人が合流し、そこで話して仲良くなったという感じである。
そのことを思い出して思わずクスッと笑ってしまう。同じタイミングで他の2人も少し声を出して笑っていた。
「今日も2限から授業かな?」
思わず聞いていた。
「そうだね。でもこの時間から来るのはほんとに久しぶりだよ。」
「今日は少し時間に余裕あるし何かあっても大丈夫だね。」
「でも彩都、あの時何もなかったら時間あったんだよ?」
「う、うるさいな。あのあと何回も謝ったじゃんか!」
そんな感じで、3人で楽しく喋るのもリアルではあまりない。
会いたくないとかではなく予定が合わないだけなのだが。サバイバルの世界では良く合うのだからその時間を使ってこっちで会えるだろと突っ込まれた事もあるけどサバイバルはサバイバル、リアルはリアルなのだ。
「彩都、話は変わるんだけど昨日のあれってどう思う?」
そう唐突に話を変えたのは勇気だった。
「どうって言われてもあれが嘘か本当かなんて分からないよ。けど読んでいくうちに本当のことのように聞こえては来たかな。」
「昨日のあれ」とは彩都の送った記事のことだろう。
「私も事実だとは思う。けど次がいつかとかまではさすがに分からないみたいだし、また20年後とかかも知れないからそんな気にしなくていいんじゃないかな。」
「そうだな。たしかにそうかも知れないが昨日も言った誰かがヌルを操ってるという話と合わせると恐らく2度目の襲撃はそんな期間を開けないんじゃないか。」
「待って、待って!城壁を作った人とヌルを操る人は違う人でしょ?何ですぐ来ると思うのさ。」
「あ、いや言葉が悪かった。城壁を作った人がヌルを操る人の出現を予想してのあの城壁の形だと思ってね。それなら尚更ヌルを操る術が存在して、それを使いこなしてる人がいると考えるべきだと思っただけだ。その人の目的は知らないが討伐されて目的が達成されたとは思えないからね。」
「なるほどね。じょあその誰かを見つけないとヌルの襲撃は続くってこと?」
「恐らくね。そこで彩都、1つ無理なお願いをてもいいか?」
「僕にできることならなんでも。」
「なら、この記事の製作者に会いたい。」
「あ、それなら簡単だよえっとね-」
「ちょっと2人とも?時間時間!考えるのもいいけど今はリアルだよ?講義に遅れちゃうから先行くね。」
2人を遮り、優里亜が叫ぶ。リングセルで時計を見ると確かに時間がかなり大変なことになっている。
「待って優里亜ちゃん!」
彩都は優里亜の後を追うように走って行った。