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7 背徳感のあるキス

 貧乏紳士リオンは朝と昼の間に食事を取るタイプ、つまりブランチを嗜む人間だった。

 そしてさきほど村長さんからもらったお金を使って、ブランチを楽しんでいた。


「ふふっ、たくさん食べるのね」

「うん。朝には食べないからね。そのぶんこの時間でたくさん食べないと」


 そう言いながらリオンはガレットを食べていく。そしてあっという間にぺろりと完食した。


「ふぅ……ごちそうさま。さて、ブランチも済ませたし次の仕事に向かうよ」

「あ、次も仕事があるのね」

「うん。さすがに朝の仕事だけでは生きていけないからね。じゃあさっそくだけど行くよ」


 リオンはそう言うと、私を手に持って次の仕事場へと向かった。



--



 次の仕事場は音楽教室だった。

 リオンは音楽の臨時講師をしているらしい。


 私はその仕事の様子を黙って見ていた。


「みんな、ここでは息を小さく吸って繋げるように吹くんだ。これがこの曲を上手に吹くコツだよ」

「先生、ありがとうございます!」

「よし、それじゃあやってみようか」


 リオンは子ども相手に演奏の仕方を教えていた。

 今はクラリネットの吹き方を教えている。

 リオンの家にはトランペットやクラリネット以外にもサキソフォン、トロンボーンなどもあった。

 今日はクラリネットを教えているが、別の日ではまた別の楽器を教えているのかもしれない。


 このとき私は、本当にリオンが楽器吹きなんだと理解した。


 そしてリオンのことを少なからず尊敬していたそのときだった。


「リオン先生、今日はオカリナを持ってきていらっしゃるようですが、もしかして吹いていただけるのですか?」


と、子どもの一人がリオンにとんでもない質問をしたのだ。


「い、いや、今日は吹く予定はない--」

「じゃあなんで持ってきたの?」

「先生、このオカリナ綺麗だね!」

「じゃあ私が吹いてみたい!」

「このオカリナかわいい! 触ってみたい!」


 吹く予定はないと言おうとしたリオンだが、子どもたちの次々の発言によってかき消されてしまった。


 まずい。このままだと私、子どもたちにめちゃくちゃにされそう。めちゃくちゃにされて、ボロボロにされそう。


 そして子どもの魔の手が私にかかろうとしたそのとき、大きな大人の手が私を守った。

 その手とは、もちろんリオンの手だ。


 そしてリオンは、「わ、わかった! 今から吹くから、だからこのオカリナには触らないで! 僕にとって大切なものだから!」と、子どもたちに宣言した。宣言してしまった。


 これで私は人前での、しかも子どもたちの前でのキスが確定した。


 しかし、それよりも気になることがあった。

 リオンはさっき、「僕にとって大切なものだから!」と言っていたような……。



 それって一体どういう意味……?

 私はリオンにとって大切な存在ってこと……?



 そんなことを私が思っていると、リオンが子どもたちに聞こえないよう小声で話しかけてきた。


「ごめん、キスする流れになっちゃった」

「うん、知ってる。話を聞いてたから」

「じゃあさっそくだけど、心の準備はいい?」

「だ、大丈夫よ、どんとこいですわ!」


 どんとこいですわ!

 なんて今まで一度も使ったことのない言葉が飛び出してしまった。どうやら私は案外緊張しているらしい。


 そしてリオンは私のどんとこいですわ発言を聞いて笑いそうになったのを堪えたあと、どんときた。キスをした。オカリナを吹きはじめたのだ。


 リオンとの通算三度目のキス。それは何も知らない子どもたちの前で行われた、私にとって背徳感のあるキスだった。


 そして部屋中に爽やかな音色が鳴り響いた。

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