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19 演奏会当日にて

 演奏会当日がやってきた。


 リオンは一着だけ持ち合わせていたスーツを身に纏っている。少しよれているリオンのスーツ。緊張しているのだろうか。


「リオン、スーツがよれているわ。カッコいい男が台無しよ」


 私は決めたことがある。それは、リオンと最後になるかもしれない今日一日を、これまで一緒に過ごしてきたように、いつものように振る舞うということだった。


 だから私はこれまで話してきたようにリオンに話しかけた。そしてこの気持ちはリオンも同じだったようで、「はは、緊張してるからかな。もっとピシッとしないとね」と、いつものように返してくれた。


「そうよ、もっとピシッと。いつもらしくね」

「ありがとう、カリーナ」


 そう言うとリオンは一つ口づけを交わしてきた。昨日振りのキス。しかしこのキスは本物のキスではない。今日の私の音色を確認するためだけのキスだ。


「うん。いい音色だ」


 リオンが確かめるようにつぶやいた。


「それはよかったわ。……リオン。今日の演奏会、楽しみましょうね」


 私は今の私が言うことのできる精一杯の気持ちを伝えた。



--



 演奏会に参加するににあたって、リオンから約束させられたことがある。


 それは、声を一切出さないでほしい、ということだった。


 私が声を出したら、呪いの闇アイテムを使っていることがみんなに知られてしまう。もしこのことがバレたら受賞どころではなくなるかもしれない。だから声は出さないで、とリオンが言ってきたのだ。


 まあ、私も今さらマルシェ城の中で色々と喚きたてたりはしないつもりだし、これは大丈夫。私は声を出さないわ。


 それよりもだ。


「どうしてリオンは仮面を被って姿を隠す必要があるの?」


 リオンは仮面を被って演奏会に出るとのことだった。


「だって仮面を被っていたほうがミステリアスでカッコいいだろ?」

「リオンはそのままでも充分カッコいいわよ」

「えへへ、そう言われると照れるよ……。ありがとう」


 リオンの頬が赤くなる。この顔を見るのも最後になるのかしら。

 私はその赤くなった顔を目に焼き付けた。



--



 昼過ぎ。演奏会会場へとやってきた。


 実に約五年ぶりのマルシェ城。懐かしの大ホール。今はステージ裏の控え室で待機している。


 そういえば、この大ホールでは、昔一度だけ音楽の披露宴があったんだったっけ。それも一般客を呼んでの披露宴。私はそこでオカリナなんかを吹いていたような……。


 あれ?

 こんな感じの夢を、いつの日か見たような気が……。


 と、私が過去といつか見た夢を振り返っていると、


「さあ、次は僕たちの出番だよ。楽しもうね」


 リオンから演奏前の励ましをもらった。


 私は勇気が湧いてきた。演奏を絶対に成功させる、最後のキスは楽しむ、そういった気持ちが心の内から湧いてきた。



 ステージ上へとやってきた。

 観客の方を見ると手前の座席に公爵たちがいた。高級そうな衣服を身に付け、ゆったりと椅子に座ってこちらを見ている。 

 私はお父様--第三公爵がいないか探した。しかし座席には座っていなかった。

 他のところに座っているのかもしれないが、見つけきれなかった。


 また、奥の方の座席は一般客らしく、私服で演奏会にきている人もちらほら見られた。

 そして、その中にはミーファ姉弟の姿があった。こちらに向けて手を振っている。

 二人をみた瞬間、私はこれまでの練習の日々を思い出した。

 うん、やれる。だってあれだけ練習したんだもの。


「さあ、始めるよ」


 小さくリオンがつぶやく。


 そしてついに私たちの演奏が始まった。



 私たちは大勢の人たちの前でキスをする。

 元悪役令嬢と貧乏紳士の秘密のキス。



 私はキスをしながら、これまでのリオンとの日々を思い出していた。



 リオンと初めて出会ったお店でのこと。

 私が恥ずかしながらも声を出して、リオンと話したこと。

 音楽教室で、子どもたちの前でキスをしたこと。

 草原に連れて行ってもらい、そこでキスをしたこと。

 村に朝を告げるためのキスを私としたこと。

 夜に寝る前もキスをしてくれてたこと。

 抱かれながら一緒に寝て、キスされたこと。

 先日、珍しく乱暴にキスされたこと。

 でもそのあと甘いキスをしてくれたこと。

 オカリナを吹くためじゃないキスをしてくれたこと。


 ほとんどがキスの思い出だった。数えきれないほどのキスだった。

 まるで走馬灯のように、リオンとの日々が駆け巡った。そして、私たちの終わりが刻々と近づいてくるようだった。


 これ以上は数えたくない。すべてのキスを数えるころには、リオンとの日々が終わってしまう。


 私は涙が溢れそうになってきた。でもここは演奏会のステージ上。こんな場所で泣くことなどできない。

 リオンが闇のオカリナで演奏していることもみんなに知られたくない。これだけは私とリオンだけの永遠の秘密。



 こうして私が溢れる気持ちを堪えてる間に、長いキスは終わった。終わってほしくなかった演奏が終わってしまった。



 私は観客の様子を伺う。

 しかし観客からは何の反応もない。



 どうして?

 私たちの演奏は上手じゃなかったの?

 それとももしかして私のことがバレてしまった?

 それでみんな絶句しているの?


 と思っていた瞬間、一斉に会場全体から拍手が沸き起こった。


 祝福の雨がパチパチと音を鳴らし、私たちにやさしくぶつかっていく。


「最高の演奏だったよ」


 リオンが私だけに聞こえるように、小さくつぶやいた。




--




 演奏会の結果発表の時がやってきた。


 観客の反応はそれほど悪くはなかったはず。私は確かな手応えを感じていた。


「ドキドキするね」


 リオンは私に小さく語りかけてくる。

 本当はリオンと演奏の出来についてだとか、観客の反応だとかを話したいけど、今は話せない。ただのオカリナのフリをしてないといけないから。


 と、私が改めて気を引き締めてオカリナであろうと心構えたそのとき、結果発表が言い渡された。



「優勝はブレア! 準優勝はミノン! 以上である!」



--



 結果発表が終わり、私たちは控え室に戻ってきていた。


「ねえリオン、なんでミノンなんて仮名を使っていたの?」

「仮面といえばミノンの名前が基本だからね。だからミノンだったのさ」


 今のリオンは嘘を言っている。私はそう直感した。なぜなら、これまで嘘をついてこなかったリオンなのだ。それが今日に限って仮面を被ったりなんだりと、おかしな言動を連発した。

 まあ、もしかしたら緊張する私をリラックスさせるためにリオンはおかしくなっていたのかもしれないが。


 しかしあのリオンだ。何か本当の理由があるはずだ。私はその本当を知りたい。なぜおかしな言動をしたのか。私は疑念で溢れていた。


「リオン、嘘でしょ。本当のことを言って。どうして仮面を被って仮名を使っていたの」


 真剣な声で私はつぶやく。


「……それはだね、過去の成績優秀者は演奏会に参加できない決まりがあったからだよ」

「ということは、以前も出たことがあったのね? この演奏会に。そして成績も優秀だった」

「うん、前回優勝したよ」

「なによそれ、すごいじゃない!」


 なんとリオンは前回の大会で優勝していたのだ。そして今回の演奏会に出るためにわざと変装し、仮名まで使っていたのだ。


 私はなぜそこまでして参加したかったのかは痛いほどわかる。だって優勝したら大金が手に入るんだもの。貧乏なリオンにとってお金は必要なものだもの。


「まあこれでなんとなくだけど、変な言動をしていた理由はわかったわ。でも今回は残念だったわね。優勝できなかったし」

「そうだね、だけど準優勝だったよ」


 準優勝者の私たちには、楽器を美しく綺麗にするための魔法のクリーナーが与えられていた。

 しかし、もらったものがお金ではなかったのに、リオンは大層喜んでいた。やはり楽器が好きだからだろうか。早く楽器を綺麗にしたいのかもしれない。


「楽器、綺麗にできるわね」


 私がそう伝えたところ、「うん、そうだね。これでカリーナを綺麗にできるよ」とリオンは言い、早速鏡の前でクリーナーを使って私の全身を磨きはじめた。


 キュッ、キュッ、と音を立てて私を磨いていく。みるみるうちに私は綺麗になっていく。


 この半年間、なでなでして磨いてもらっていたとはいえ、くすんだ色は取れていなかった。しかし今回のクリーナーにより、薄く消えかかっていた花柄の模様も、はっきりと見えるくらいには私の身体は綺麗になった。


 まるで初めにオカリナとなったあの時のようだ。



 するとその時だった。


「ミノンさんはまだいらっしゃいますか?」


 突然の来訪者。それは、マルシェ城からの使いの者だった。

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