18 本当の音色
次の日になった。もう明日は演奏会だ。
いよいよだ。明日はこれまでの成果を出し切らないといけない。
私は朝から意気込んでいた。
「リオン、起きて! 朝よ!」
私はおままごとセットのベッド上から大声を出して、いつもの日課を果たそうとする。
しかし、大声を出したあとで思い出した。
リオンの朝の仕事は昨日をもってなくなってしまったのだと。
「カリーナ……。僕はもう起きなくていいんだよ……」
リオンが眠そうにつぶやく。
いつもの朝はもうなくなってしまった。
そして数分後。
朝を告げる音が響いてきた。
今聞こえているのは、リオンよりも腕のある楽器吹きが吹くトランペットの音だ。
そのトランペットは私の胸にずしんと響いてきた。そして朝の合図は終わり、静寂が漂う。
すると、静寂を嫌がったのか、リオンが口にした。
「僕が吹いてきた音色よりも断然よかったね」
「そ、そんなことないわ!」
私は咄嗟にフォローした。
そして、「さ、さあ、あの音色に負けないように練習しましょう! なんたって明日は演奏会なんだし!」と、焦るようにリオンに話しかけた。
しかし、リオンは練習に乗り気でない。そして語りかけてきた。
「今から重要な話がある」
真剣な面持ちだった。
リオンは明らかにいつもと雰囲気が違っていた。
「僕たちは明日、演奏会に出る。そして、そこでの演奏が最後のオカリナでの演奏となる。つまり、僕は明日が終わればオカリナを吹かなくなるんだ」
「えっ、何よそれ……」
「お別れってことさ。今までありがとう。楽しい日々だったよ」
「何言ってんの!? 嫌よ! 私、まだリオンと別れたくない! そんなの認めないわ!」
「無理なんだ、もうこれ以上は」
どうして? どうしてこうなってしまったの?
急にリオンはどうしたの?
私たちは永遠に一緒になれないの?
わからない。なぜこうなったのか。
わからない。リオンが何を考えているのか。
だが、一つわかったことがある。それは、演奏会前日にして私が解雇通告を受けてしまったことだ。
私は明日をもって解雇。もうリオンとはいられない。
そう思うと、色んな感情がこみ上げてきた。
だめ、泣いてしまいそう。
私は泣かないために、リオンにお願いをした。
「リオン、今からわがままを言ってもいいかな。私は今すぐにあの草原でキスをしたい」
--
いつもの草原についた。
ゆるやかに風が吹く、気持ちの良い場所だ。
しかし、今日は胸がざわついている。気持ちがざわついてしょうがない。
私はそんな気持ちを鎮めたかった。それなのに、今日に限って先着がいた。誰かがトランペットを吹いていたのだ。
「あ、あの人は……」
黙りきっていたリオンが口を開く。
「誰? 知ってる人なの?」
「ああ、ブレアさんといって、トランペット専門の楽器吹きなんだ。カリーナは知らないかもだけど、聞いたことはあるはずだよ。今朝聞いたトランペットこそがこの人の音色だったんだからね」
なんと、いつもの草原には、リオンから朝の仕事を奪ったブレアさんという人がいたのだ。
その事実を聞くと、私はふつふつと怒りがこみ上げてきた。リオンをダメにした原因のひとつが、そのブレアさんかもしれないと思っていたからだ。私は駆け出してめちゃくちゃに怒鳴りつけてやりたい気持ちになった。
しかし、なぜだかその怒りの気持ちがやわらいできた。そしてそのかわりに、響く音色が私の心を埋めていく。支配していく。
リオンから仕事を奪った音色。
その音色はやさしく繊細で、心の奥まで動かす何かがあった。
これが本物の音色というものなのかもしれない。私はそう感じていた。
今の私にこの音色が出せるのだろうか。
わからない。わからないが、わかったことがある。それは、心を大きく動かされたことだ。
「ひっく……えっ……くっ……」
私はいつの間にか泣いていた。嗚咽を漏らしていた。
どうしてだろう。なぜこんなにも心を動かされたのだろう。
どうしようもなく、心が揺さぶられたのだ。
そして同時に直感した。今の私にはあの音色は出せないと。
「リオン……やっぱりキスはいいわ。帰りましょう……」
こうして私は明日への不安を抱きながら草原を後にした。
そして、演奏会を迎えることになった。