16 煌めく日々の中でキスをして
あの日から私たちは毎日キスをした。何度もキスを繰り返した。週一回の授業のために、そして来たる演奏会ために、所構わずキスをして技術を高めあっていった。気持ちを高めあっていった。
また、時にはあの姉弟の前でキスをした。
決してキスを見せびらかしていた訳ではない。私たちの技術を客観的に見て確かめてもらうためにキスしていたのだ。
そうして私たちはさらに技術と感性を高めていった。
私とリオンはキスばかりを繰り返す。そんなキスに明け暮れた日々だったが、いつもの草原だけは格別だった。この草原でのキスは心が爽快になる。だから時を忘れて何度もキスしてしまうのだ。
何度も、何度も、何度も。
しかし、素敵な時間はあっという間に過ぎていく。
それとともに演奏会が迫ってくる。
こうして瞬く間にいくつもの煌めく日々が過ぎていった。
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今日のキスは哀しめだった。
リオンが哀しい表情をしていたのだ。
きっとリオンとって哀しいことがあったのだろう。そして乱れた息遣いでリオンは荒々しく何度も口を塞いできた。
でも私はそれを何も言わずに受け止めた。
それでリオンの気が済むのなら。
今いるのは、いつもの草原。遠くにぽつんとマルシェ城が見えるだけの、だだっ広い草原。そしてまもなく、あのマルシェ城に戻る日がくる。演奏会に参加をするという形で。
「カリーナ、ごめんよ。乱暴にキスしてしまって」
リオンが私に謝ってきた。そして頭に位置する部分をひとなで。しかし乱暴にキスされてしまった私はつい、
「別に……気にしてないわ」
素っ気なく返答してしまった。すると、
「あ、やっぱり気に障っちゃったかな?」
「そんなことないわよ。ただくすぐったかっただけ」
つい嘘をついてしまった。リオンは私に嘘なんかつかないのに。私だけが嘘をついてしまった。
「そう、それはよかった。……さて、いい音も出せたし、今日はもう帰ろうかな」
「そうね、日も暮れるし帰りましょう」
こうして大好きな場所でのキスの時間が過ぎていった。
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今日は家に帰ってもキスをしてくれた。
さきほどの乱暴なキスではなく、甘く楽しいキスだった。もしかしたら草原でのことをずっと気にしていたのかもしれない。
ふんわりと私を包み込むような、幸せにしてくれるキス。
私は思わずいい音色をだしてしまう。すると、
「カリーナは本当にやさしいね」
リオンが静かに語りかけてきた。
「リオンこそやさしいじゃない」
わたしは照れながらそっとつぶやく。
リオンはまたしても私の頭をなでてきた。
あたたかく大きな手……。
「ねえ、リオン。どうしてリオンは私なんかを購入したの?」
私はふと、リオンが購入した理由を聞いてみた。
今までは聞きたくてもどこか怖くて聞き出せなかったことだ。果たしてどういう答えが返ってくるのか。
「どうしてだと思う?」
「楽器が好きだからでしょ?」
「違うよ」
「じゃあ私のことが好きだったからかな?」
「それはね、秘密だよ」
「何よそれ、意地悪ね」
私はこんな他愛もないやり取りをするのが好きだった。何でもないような会話をするからこそ、その人への信頼だとか愛情を感じるのだ。
そうして私たちは眠くなるまで、お互いを感じていた。
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リオンの寝顔はかわいい。
子どものようにむにゃむにゃと言っている。
そして子どもが人形を抱くかのように、私を抱きしめている。
私はいつしか、おままごとセットのベッドからリオンのベッドで寝るようになっていた。それは、「一緒に寝よう」と、その言葉をリオンが伝えてきたからだ。私たちが出会ってから一ヶ月後のことだった。
こんなに愛してくれていて、本当に嬉しい。でも寝ながら抱きしめられると、ちょっと苦しいかも。
「リオン、起きて。もう朝よ」
「むにゃむにゃ……。あ、おはよう、カリーナ」
早朝にリオンを起こすこと。これが私の毎日の日課となっていた。
リオンは楽器吹きとして、朝一番で村全体に響くような音を鳴らし、朝を告げる役目を果たさなければならない。
そのリオンを起こすのが私の役目なのだ。
「カリーナ、今日も一日がはじまるね」
リオンが私に囁く。そしてリオンはキスをした。オカリナを吹くためではないキスをした。
こうして私たちの一日が始まりを告げた。