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プロローグ

「カリーナ様、私は言われたとおり、汚い場所から重点的に掃除をしました。そしてすべてを綺麗にしたつもりです。この掃除の一体何がいけなかったのでしょうか?」

「何がですって? そんなこともわからないの? すべてよ、すべて! ほら、まだここにホコリがあるじゃない! それと飾っていたオカリナの位置! 五ミリもズレてるわ! これで掃除をしたと胸を誇って言えるの? 今すぐにやり直してちょうだい!」


 私の怒号が部屋中に響く。女中は大声に驚き、身体をびくつかせた。


 本当はホコリなんてないしオカリナの位置も変わっていないというのに。私の言葉を真に受けるなんてバカな女。


 しかし、それにしてもいい気分ね。女中をいじめるのは堪らないわ。

 というか、こうやっていじめられる対象になったのも、この女中がいけないのよ。今日きたばっかりの新人だか知らないけど、ちょっとばかし自分の顔がいいからって、私の婚約者であるアンドゥ・トロワ様につけ込もうとするんだもの。美男子で金持ちであるトロワ様は私のものだというのに。


 だから、そんな人のものを奪う悪い女中にはお仕置き。このカリーナが、マルシェ城第三公爵令嬢マルシェ・カリーナが直々に懲らしめてあげるの。



 こうして私は、もはや日課となった新人女中いじめを愉しんでいた。特に今日は部屋の掃除がきちんとされていなかったという無理やりな当てつけと怒りをぶちまけてやった。ああ愉快。女中たちからは悪役令嬢だなんて陰で言われているけど、そんなのどうでもいいくらいに愉快だわ。なんて悪役令嬢日和なのかしら。



 でも、この新人女中は本当に気に食わないわね。久しぶりに私をこんなにもイライラさせてくれるわ。

 それにさっき、この私に向かって「この掃除の一体何がいけなかったのでしょうか?」なんて言いごたえもしたし。

 それとあの目付き。私に恨みでもあるかのようなどす黒い目。実に不愉快。悪い女中ったらありゃしないわね。こんな悪い芽は早く私が潰してあげないと。


「ちょっとアンタ! もう一度部屋の掃除をする前にやるべきことがあるんじゃないの?」

「や、やるべきことですか? それは一体なんでしょうか……?」

「わからないの? 土下座よ土下座! ここで土下座して謝りなさい! 今すぐに!」


 すると、私の言いなりとなった女中は戸惑いを見せながらもその場で膝をつき土下座をした。そして「申し訳ございませんでした」と一言。

 その憐れな格好をした女中に私は足を近づけ、


「ほら、お掃除よ。早く私の足を舐めなさい。舐めたら特別に許してあげるわ」


 屈辱とも言える足舐めを命じるのだ。


 だいたいの女中がこれで潰れていく。消えていく。

 私の近くに悪の芽は芽吹かなくなるのだ。



 しかし、この女は違った。


「なによ、その腹立たしい目は」

「カリーナ様。私が足を舐めて綺麗にするということは、この部屋の中でカリーナ様が一番汚いということなのでしょうか?」

「なっ!」

「そういうことであれば、私は喜んでその足をお舐めして綺麗にいたします」


 この女中……やはり気に食わない。それに妙に狡賢い。普通の女中とは違うわね。要注意だわ。


「……もういいわ。部屋を出なさい」

「いえ! その足、その身体は汚いのでしょう! 早く綺麗にしてさしあげないと! それに許してもらわないといけませんし! ですのでぜひとも私に舐めさせてください!」

「もういいって言ってんのよ! 早く部屋から出てって!」

「……かしこまりました」


 女中はその言葉を最後に部屋から出ていった。


「な、なんなのよ、あの女中は……」


 この時、私は少なからずあの女中に恐れを抱いてしまったのだった。



--



 その日の夜のことだった。

 むしゃくしゃするのを鎮めるために、私は早めにベッドに入った。そしてはじめこそ怒りで寝付けなかったものの、いつしか眠って夢を見ていた。


 夢の内容はうっすらとしか覚えてないけど、私がオカリナを吹いていたのだけは覚えている。きっと今日の出来事があったせいでオカリナが出てきたのだろう。でも、それにしてもなんだか懐かしいような夢だった。できればずっと見ていたいような、そんな気分にさせてくれる夢だった。


 しかし、その不思議な夢もすっかりと覚めてしまう出来事が起きてしまう。



 ガチャリ。と、部屋の扉が開く音が聞こえたのだ。侵入者がきたのだ。

 夜這いかもしれない。私は身構えた。


 そして誰かの気配を感じた私はすぐさま扉の前を確認。月明かりに妖しく照らされたうごめく黒い影に声をかける。


「だ、誰……?」


「私はただの掃除人。トロワ様の命令であなた様を綺麗にするためにきました」


「トロワ様の命令……? 掃除人……?」


 その声はぼんやりと聞こえたが、恐らく女性の声だった。しかし私は女性の掃除人なんて雇った覚えはない。トロワ様が私のために雇ったとも聞いていない。だから恐らくは女中の誰かだと思われるが……。


 いや、もしかしたらこれは夢の途中なのかもしれない。うん、きっとそうだ。なぜなら、勝手に私の部屋に入ろうなんて女中はそうそういないから。だってそんなことしたら私が直々にいじめるもの。立ち直れないくらいにいじめちゃうもの。


 そんなことを思いながら私は黒い影に再び声をかけた。


「まずは名を名乗りなさい!」

「私にはカリーナ様に名乗れるような立派な名前はありません。それよりお掃除をさせてくださいませ」


 掃除人とやらは名前がないと言った。またはっきりと聞こえたその声はやはり女性のものだった。そしてその声は今日聞いたばかりの声。私を随分とイラつかせた女中の声だと気づいた。

 どうやらあの女中に少しばかり恐怖を抱いていたせいか、私の夢にまで出てきたらしい。


 しかし、こうやって夢の中に出てくるなんて、私は思った以上にあの女中を恐れていたのだろう。もしかするとこの夢は、あの女中の復讐の一種かもしれない。あのとき見たどす黒い目の色は復讐に塗れたものだったのかもしれない。


 こうして黒い影の正体は女中だと確信した私は、急に背筋が凍るほど怖くなってしまった。


 そのときだった。


「カリーナ。お前はこれまで何度も女中を故意にいじめ、めちゃくちゃにしてきた。度を過ぎたことまでしてしまった。これらは許されることではない。だからお前にはそれ相応の罰を受けてもらう」


 てっきり侵入者は一人だと思っていた。しかし黒い影の背後から聞こえてきたもう一つの声。その声の低さから察した。もう一人はトロワ様だと。


「トロワ様? 一体何を言っているの?」

「君との結婚は無理だ。だから婚約破棄させてもらう」

「えっ……」


 突然の婚約破棄宣言。私は急なことで頭が回らなくなってしまった。


 そして私がしどろもどろしていると、


「カリーナ様。そういうことでございます。薄汚いカリーナ様に綺麗な結婚は似つかわしくないということです。ご理解いただけたかしら?」

「り、理解できないわ! 一体何を言って……いる……の……?」

「くくくっ。お掃除完了ですわ」


 女中の「お掃除完了ですわ」というその言葉を最後に、私の意識は消えた。一瞬だった。



--



 あれから数時間後だろうか、私は悪夢から目覚めた。

 しかし、目を覚ました私の目の前にあるのは、いつもの天幕のあるベッドの光景ではなかった。


 真っ暗だったのだ。目を覚ましたというのに、目の前が真っ暗。綺麗なほどの闇が広がっていた。

 そして、ゴトンゴトンと、背部からは音と衝撃が伝わってきている。


 私は瞬時に状況を判断した。



「もしかして、悪夢を見ている間に誘拐された……?」



 この一定のリズムで伝わってくる衝撃は知っている。

 これは馬車の衝撃だ。この音もそうだ。馬車が道を走っているときの音だ。


 そして私は、あの悪夢のような出来事を思い出す。妙にリアルだったけど、あの時見た悪夢は幻だったのか。それとも現実だったのか。

 どうも記憶があいまいでわからない。しかし、あの悪夢の中で女中は本当に復讐しにきていたのだ。それもトロワと手を組んで。


 そう考えた途端、身震いがしだした。



 とにかく怖い。それに私、今現在どこかに連れ去られていってるようだけど、これからどうなるんだろう。やっぱり殺されるのかな。

 そういった恐怖が体中をぐるぐると渦巻く。



 しばらくの間、馬車の音と振動、それに伴う私の恐怖はひっきりなしに続いていた。



 そしてやっと目的地についたのか、恐怖の根源が止まった。



 バサッ。



 何か布の生地が擦れたような音が聞こえる。そして、


「いひひっ、今日は最高だ。良質な闇アイテムが手に入った」

「そうっすね! アニキ!」


 野太い男の声とチャラそうな男の声が聞こえてきたのだ。その両方とも私が聞いたことのない声だった。


「だ、誰っ!?」


 怯えた私は思わず声を出してしまう。すると、


「おや、どうやら魔女の言っていたことは本当だったようだな」


 ぼそり、と野太い方の男がつぶやいたのだ。



 魔女? 本当だったって?



 私が疑問に思っていると突然上空が開き、光が差し込む。そしてそこに二人の男の顔が現れた。丸っこいイモみたいな顔と、イケメンではないけど決して悪くはないチャラ顔。二つの顔が私を見ていた。

 しかしどうもおかしい。二人とも顔が大きいのだ。それはまるで巨人のようだった。


「ひいっ!」


 一体何が起きているのか。私は驚いて声を上げてしまった。


「おーおー! こりゃあすげえ! 本当にオカリナがしゃべっていやがる!」

「すげえっすね! アニキ!」

「オ、オカリナ? な、何を言っているの?」


 私は怖いながらも意味不明なことを言う二人に話しかけた。しかし、「これは高く売れるぞ……! 世にも珍しいしゃべるオカリナだ! 素晴らしい闇アイテムだ!」と、イモっぽい顔の男は高揚した野太い声を発しながら、私の話を無視。それから商売の話を一人で始めだした。


 そして私がイラついていたところ、チャラ顔の男にひょいと摘み上げられた。まるでおもちゃを指先で扱うように。


「ちょっとなにすんのよ!」


 私は大声で叫ぶ。


 しかしチャラ顔の男は離してくれない。


 まあでも、正直に言ってここまではよかった。許せる範囲だった。しかしその後である。


 それは突然だった。

 私は口を塞がれたのだ。手でなく唇で。

 つまり、不意にキスをされたのだ。


 そして私は今にも吐き出しそうな気分になった。なったのだけれど……。



 次の瞬間、不思議な音色が鳴り響いた。ちょっとうるさいけどなんだか子どものような気分にさせてくれる、そんな音色。

 それはまるでオカリナのような音色だった。



 この音は何なの?



 私は疑問を抱く。すると唇を離したチャラ顔の男が「このオカリナ、ちゃんと音は出るみたいっすよ!」と一言。



 オカリナですって? 本当にどういうことなの?

 そう思いながら、チャラ顔の男を見てみた。


 するとチャラ顔の男の瞳には、まさしくオカリナが映っていた。


 そして私は、そのオカリナを知っていた。


 なぜならそのオカリナは、私の部屋に飾ってあったものと同じ花柄が施されていたから。



 こうして私は、部屋に飾っていたオカリナに私の魂が移ってしまったということ、また、誰かがオカリナを吹くことが私にとってのキスになるということを理解した。


 そして私は思った。これは悪夢の続きなんだと。まだ悪夢を見ている途中だと。私はそう信じることにした。



 しかし、悪夢はそれからも醒めることはなかった。


 そうして徐々に、あの女中に呪われてしまったこと、女中が魔女だったこと、魔女はトロワと組んでいたこと、オカリナの中に私の魂を封印されたこと、袋に入れられ馬車で運ばれていたこと、袋を開けて覗いた巨人たちはただの闇商人だったということ、そしてこのすべてが悪夢なんかじゃなく現実だということを理解していった。

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