国境の女神事情
世界三大国の一国を担う機械の国、スクレットウォーリアの激戦区である国境ノーズフェリには戦の女神がいる。
まるで月光を集めたかのような白銀の髪、白磁の如く滑らかな頬は淡く色付き、命を下す薔薇色の唇から紡がれる甘い声は敵の死を望み、憂い気に長く伏せる睫毛は影を作り、秘めたる瞳は夜空に青く輝く瞬きを閉じ込める。しかし、その目は敵が息絶える姿を冷徹な眼差しで見下ろす。
天から舞い降りてきた血を欲する戦の女神。リュミナス・フォーラット。
漆黒の軍服を纏い、同じように軍服を纏う4人の美しい側近を引き連れ歩く姿を見た者は、彼女の前にひれ伏し道を開ける。
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憂鬱である。
荷が重い、つらい、胃が痛い。
出来れば田舎に隠居したい、何かイチゴとか育てたい。子犬とか子猫とか抱っこしたい、癒しが欲しい。
リュミナスは黒と赤と金を基調とした全然趣味じゃない応接室で無駄に豪華な椅子に腰を下ろした。
さっと目の間にお茶を出されたが、そんな事はどうでも良いとばかりに机に顔を押し付けて泣きたい。が、グッと我慢する。
そんな恰好をして泣くと姿勢を正せ、泣くなと側近に頭をブッ叩かれるのだ。理不尽にも程がある。泣きたい。
そもそも私のような市井育ちの、しかも武術の心得もない小娘が、何故国の最終防衛ラインである国境で国境防衛隊の隊長なんぞして、守りの要とか意味不明な事をしているのかが問題である。
元々、私の就職志望先は国の機関の一つ、事務処理をする書記室だった。
これでも書類を作成する能力はあるつもりである。親が汗水垂らして働いて通わせてくれた学校だって筆記においては最優秀には届かないものの、優秀を取る程度の能力はあるのだ。
それが何故?何を間違って最前線で戦っているのだろう。
攻撃は最大の防御?小娘に何させるの。止めて。心も体もガクガクである。
栄誉ある仕事と言う名の下に危険地帯に放り出され死ぬ気で守りつつ攻撃をするという荷が重すぎる責任を任せられて2年。
私も20歳です。結婚する年頃です。むしろ行き遅れですよ。
16で国の下っ端戦闘員になり何故か今は国境で隊長してます。凄い昇進です。ハハッ、辞めたい。
私がいるこの場所は隣国であるカッフェルタがめちゃくちゃ戦争しかけてくる超危険地帯ノーズフェリだ。
なのに何故私?滅びたいの?そうであるなら早めに言って欲しい。私は亡命したい。此処、戦闘に特化した化け物しかいない。化け物の楽園だよ。イケメンとか美女とかもう顔関係ないよ。化け物の居城だよ。
戦争のない国に行きたい。え?普通の民家?ないよ。みんな避難してるよ。私も連れてって。
何せ、戦争を吹っ掛けてくるカッフェルタはスクレットウォーリアの武器など精密なモノを作る製造技術を手に入れたいらしく幾度となく攻撃を仕掛けてくるのだ。
魔法の技術は最先端なんだからそれで我慢していてくれれば、この町だってこんな化け物の住処みたいなことにならなかったのに。どこの一般市民が此処に身を落ち着けると言うのか。ため息しか出ない。
しかも私が就任した頃から攻め方がどんどん過激化してきているし、仕掛けてくる頻度が多い。いくら住める環境でも、緊急時に備えてこのデッドラインに建っている城に缶詰めとか最悪である。
どんだけ侵略したいの。勘弁してほしい。
そんな戦争が続く中、国はやっと両国での話し合いの場を設けた。それが本日である。
その知らせを聞いた時は、あまりの対応の遅さに机に拳を叩き付けて手を痛めた。しばらく包帯を巻いて生活したよ。馬鹿みたいに強い隊員たちに私が死ぬんじゃないかってくらい心配されたよ。
そんなに心配されてホントに死ぬんじゃないかって心配になったわ。
そして、会談場所は私が守り続けている国境の城にて行われることになった。何でだ。どっちかの国の王城でやれ。
それに何故か私がカッフェルタの第三王子で聖騎士隊とか呼ばれている隊の隊長であるノア・ウィッツ・カッフェルタとしたくもない会談することになっているのだ。
大体、この会談は我が国の宰相様がこの国境に来てカッフェルタの宰相と腹黒合戦、んん、相対してお互いの落としどころを話し合いするはずだったのに。
何故、何故に我が国は王都で食中毒なんぞ起こした。何故、何故カッフェルタの宰相は突然地方貴族を取り締まりに行った。今日が会談の日と知っての所業か!
お陰でこの戦場で一番のお偉い様である第三王子が出てきて、私がここの責任者として話し合いに引きずり出された。
嫌過ぎて執務室の机にしがみ付いて反抗したけれど私の側近たちの力には適わなかった。私の側近たちは見た目に騙されたらダメな凶悪な野獣女子ばかりである。胃が痛い。
胃の痛みと共に過去を振り返りながら連行された応接室で先に椅子に座って待っているとノア・ウィッツ・カッフェルタが現れた。
ノア・ウィッツ・カッフェルタは美形だ。
羨ましいほど綺麗な金髪で、羨ましいほど温かみのある若緑の瞳に、甘い顔付きの羨ましいほど優し気な顔をしていて清廉さを表すような真っ白な騎士服が似合っている。
私なんて白髪だし、病気かってくらい青白いし、目が死んでる。ずるい。
そして彼には私と同じように4人の多種多様な美形な側近、いや、侍従を背後に控えさせている。
その様はまさに王子様だった。いや、王子だけど。
身分が違い過ぎて帰りたい。と言うか、私が相手していい相手ではない。そして、こんなどこもかしこも真っ黒で悪の組織みたいな格好で会う相手ではない。
製作者である第二側近のルルアには申し訳ないが、もっと服装を考えた方がいいと思う。この制服どうかと私は思う。
太ももが見えるスカートとかロングブーツとか無駄に長いコートとか詰襟とか正直着たくない。帽子もいらない。もっと相応しい服装があると思う。みんなも帽子脱いだ方がいいと私は思います。
大体、この部屋のチョイスもおかしい。
何て言うか黒い。絨毯が真っ赤、何故か豪華なシャンデリア、カーテンが黒いし壁も黒い。何で?
前の隊長の時は男っぽいもっと簡素な作りだったよね。このままにしよう!って言った聞こえなかったのかな?意図的な無視?知ってる!
私が隊長になった途端、速攻で行われた模様替えのふり幅がデカすぎて私の意見なんぞゴミ箱へポイである。チームワークが良すぎた。
時は遅し、何処の部屋に案内してもこんな部屋ばっかりです。寝室も同じ仕様になってます。
2年経つけれど落ち着かない。ちっとも落ち着かない。
なのでこの対比を見ると完璧に私たちが悪者である。聖者が悪を壊滅しに来ましたくらいのレベルである。
攻めてくるのはカッフェルタの方なのに!
部屋に案内されてきた彼らが席に座るのをジッと待ちながら、こっそりと彼らに目を向ける。
豆粒ほどの遠くからとか諜報員たちの資料で見た事はあるが、近くで見ると発光してるんじゃないかと思うくらいの美形具合。みんな王子様かよってくらいキラキラである。目が潰れる。
こんなのがめちゃくちゃに魔法とかぶっ放してくるのだ。人は見た目に寄らないとはこのことである。
思わず逃げ腰になっていたら、背後に立っていた第一側近のミレットが目敏く反応して背中をぎゅむっと捩じってきた。ものすごく痛い。
致し方なく居ずまいを正し、第三側近のシーラに叩き込まれた威厳のある座り方で大人しく着席する。
腕組んで足を組んで睨み付けるである。
これ、どうなの。失礼じゃない?相手、敵国の仮にも王子ですよ?良いの?チラッとシーラを見るともの凄い笑顔だった。
……私に逆らえる力量はないので許してください。
此処で少し私の側近たちを紹介しておこうと思う。
まず、第一側近のミレット・ゴッシュ。彼女は私の所謂秘書みたいなものだ。
黄緑色の髪をキッチリとお団子に結わえた巨乳なめちゃくちゃ仕事が出来るクール系美女である。
分単位で私のスケジュールを組む悪魔である。逆らうとバインダーとか分厚い極秘ファイルとかが襲ってくる。
太ももまで深くスリットの入ったタイトなロングスカートでピンヒール、肩で掛けるだけのコート。それで全身黒一色とか見た目からして強い。先日、敵国の兵に言い寄られていたのだが、足を踵で思いっきり踏んづけていた。
ちなみに愛用の武器はアサルトライフルである。コワイ。
次に第二側近のルルア・トッティ。彼女は私の護衛をしながら暇さえあれば私たちの服を作っている。
ショートボブの桃色のフワフワな髪の年下の男の子のような甘めの可愛い顔したちょっとお口の悪い女の子だ。
彼女はブチギレると第四側近のレイアと一緒になって戦場に飛び出していくので気を付けなければいけない。可愛らしいシルエットが好きらしくコートの腰元にはリボンがあしらわれていて、バルーンパンツに少しゴツめのショートブーツを履いている。そして真っ黒である。何が彼女を駆り立てるのか、作るもの作るものがすべて黒でバリエーションは豊かだが行きつく先は軍服である。皆何故不満を持たないのか。他の色とか違う服を着たいとか言うと何で?って顔をされる。
愛用の武器はリボルバーだが、魔法もぶっ放す。コワイ。
第三側近のシーラ・ロセッティ。我が隊の参謀役である。
水色の真っすぐ腰まで伸びた髪の妖精のような儚さを纏い、いつも微笑みをたたえる優し気な顔をしたスレンダーな美女である。
しかし、見た目に騙されてはいけない。大体の悪魔みたいな戦略はシーラが考えている。この前、次に城に近付いて来たら溶かした鉛を上から掛けましょうとか笑顔で言っていた。
着ている服は胸元で切り返しがあるエンパイアで直線的に足元まである清楚な形のスカートに、上から背中まで覆うマントを羽織り全体的に肌を隠している。が、やっぱり黒いし、この布が多い服の中にめちゃくちゃ暗器とか隠してる。
銃も使うけど愛用の武器は、しいて言うならば投擲用の投げナイフである。コワイ。
そして最後に第四側近のレイア・ボローニャ。戦闘特化の特攻隊長だ。
肩口で揺れる真っ赤な髪をハーフアップにした無表情のお人形のような綺麗な顔の女の子だ。
とにかく殺意に満ちている。戦場にさえ行かなければボンヤリとした気まぐれな猫みたいな子なんだけど、一度戦場に立つと何が楽しいのか、めっちゃ笑いながら全力で敵兵を天国へ連れていく殺意高めの戦闘狂だ。戦場で赤い死神って言われてるのが聞こえた事がある。
足癖も手癖も悪いので機動性重視のショートパンツでミドルブーツには鉄が仕込まれている。しかもお腹は丸見えだし、コートの裾丈は短くなっていて防御ってどうしてんの状態である。
愛用の武器は一応護身用にオートマチックピストルだ。しかし、大体はその場にあるものが武器である。小石とか小枝?武器だよ。コワイ。
しかも全員が名家の貴族子女である。いつの間に名家の子女が戦場で活躍する時代になったのか。男どもはどうしたんだ!貴族の義務はどうしたんですか!ある意味では貴族の責任は果たしてるけども!
こんな側近に囲まれる市井育ちの一市民だった私。小物感がヤバい。
私の武器も知りたい?小物感が増すけど聞く?
それなりに出来てはいたけど、こっそり夜中に一人修業して匠の域にまで達した盾魔法と、一度も使用したこと無い装飾には命掛けましたみたいなお飾りピストルですが何か?
「遠目にて何度かお会いしましたね。改めまして私はカッフェルタ第三王子ノア・ウィッツ・カッフェルタです。ご存じでしょうが聖騎士隊にて隊を率いております。どうぞノアとお呼びくださいリュミナス・フォーラット嬢」
「……」
「嬢などと我が隊長を侮辱されているですかノア・ウィッツ・カッフェルタ」
「まさかその様な事は思ってもおりませんよミレット・ゴッシュ殿。失礼であったのであればお詫び申し上げます」
ノア・ウィッツ・カッフェルタから繰り出される軽い冗談と言う名のジャブにうちのミレットさんが一歩前に出てめっちゃブチギレです。
声が、声が低いですっ!怖い!
もう、ミレットが隊長やったらいいと思う。私、変わるよ。全然譲るよ。この状況に引かないミレットなら隊長でもなんでも出来るよ。何か似合ってるよ。
私は王都に帰って書類を片付ける仕事に転属して応援してる。
「リュミナス様の御前ですわミレット」
「申し訳ございませんリュミナス様」
シーラ、私の前が何ですか。ミレットもスッと引かないで欲しい。まるで私が恐怖でまとめてる支配者みたいになるから。
実家に帰りたいと嘆きたい気持ちをため息を吐く事で押し殺すとノア・ウィッツ・カッフェルタと目が合った。
え、めっちゃ見てくる。コワイ。
これだけ心の中で喋っているので察して欲しいのだが、私は交渉ごとに向いていない。私は本来書類上で戦う人間である。
なので、交渉の類は主にミレットとシーラがやってくれている。
今の私のお仕事は黙って相手をジッと見る事と笑わない事、もし話すのであれば端的に淡々と感情を乗せない事だ。
最近、表情筋が死んでいるような気がしているのは気のせいだろうか。
側近以外の誰かがいる時は、どこぞのオジサンの鬘がズレていようが、滑り知らずの笑える話を聞こうが、普通なら絶対に笑みを浮かべる時だろうと笑うなとかムチャクチャを言われているのだ。
感情を制御するよう厳命してくる側近て何なの?これでも私、上司ですけど、って言ったら黙りなさい見た目詐欺とミレットに言われてバインダーで叩かれた。泣いた。
この無意味な見つめ合いは、ノア・ウィッツ・カッフェルタの微笑みで終わりを迎えた。
「リュミナス、とお呼びしても?」
「ファーストネームを親しくもない男に気安く呼ばれるとかあり得なくない?カッフェルタって常識ないんですかぁ?」
「小娘、黙ってろ」
「えぇー何ですかオジサン。しゃしゃり出てこないで貰えますかぁ?そこの失礼な王子様に聞いてるんですけど」
怖い怖い怖い怖い!ルルアってばめっちゃ煽ってる!
あなたがオジサンとか言ってる王子の右隣の人、カッフェルタで一番の魔法剣の使い手って言われている人だよ。っていうか、オジサンとか彼まだ20代だからね。その言葉がブーメランになって私とミレットとシーラに返ってくるんだからね。
背後から椅子ごとおんぶお化けよろしく引っ付いて圧し潰してくるルルアを背負い、何の空気を読んだのか左側から無表情で寄っかかってくるレイアを支える。重い。
対面する5人から何か凄いモノ見たみたいな視線が集中砲火状態の現状。色んな意味で重い。
そして胃が痛い。
バチバチと今度はルルアたちが火花を散らし始めているが、私は根性で真っすぐ座っているしか出来ないので、誰か普通に空気を読んで軌道修正をしてください。
「流石ですねリュミナス殿。戦場では我が騎士隊や騎兵隊、魔法部隊を露ともしない方々からとても慕われていらっしゃる」
「王子様って面白いこといいますねぇ。そっちが弱いだけじゃないですかぁ。まぁ?うちの国の銃器は凄いですし?ていうか、リュミナス様の盾魔法を破れるくらいの魔法使いとか、魔術師とかいないんですかぁ?その程度よく魔法で一番とか言えますよねぇ。おもしろーい」
面白くない。全然面白くないよ。
大体、面白いとか言いながら目が笑ってないよルルア。耳元でボソッとクソがとか言わないで欲しい。
ミレットもシーラも早く止めて。何で傍観の姿勢なの。え、これ、私が止めるの?
あぁ、胃が痛い。今なら吐血できそうな気がします。至急医者を呼んでください。胃の痛みを和らげる薬を調合してもらってください。
「ルルア、」
「はーい。ごめんなさーい。レイア、こっち」
「うん」
反省とは?と問いかけたくなる軽さでサッと私から退いたルルアと、彼女に手を引かれてゆったりと離れるレイアにやっぱり胃が痛い。まだ続きがあるのに名前を呼んだだけで察するとか、私がいっつもこんな感じで絶対命令を下してるようにしか見えない。
いつもであれば、シーラが立てた作戦をミレットが伝えて、私は隊員たちに「行け」と一言ゴーサインを……やだ、いつもこんな感じじゃん!誤解だよ!私がそうしたい訳じゃないんだよ!
ムスッとして誰に言い訳しているのか心の中で誤解なんですと必死で弁明していると、クスクスと軽やかな笑い声が前から聞こえた。
ノア・ウィッツ・カッフェルタである。
ヤバい人だ。流石、全力の魔法ぶっ放してくるカッフェルタの聖騎士隊で隊長やってるだけある。この状況で笑うとか大丈夫?医者呼ぶ?
あ、でもうちの医師たち負傷した敵兵を治療するように言ったらめちゃくちゃ嫌そうな顔してたわ。止めた方がいいな。誰も彼もが治療と称した嫌がらせの消毒液の滝を敵兵の傷にドバドバ容赦なく掛けていた。彼らの絶叫が響いてた。しかも、これくらいで喚くとはカッフェルタも大したことないな!とか高笑いしてたの、私、聞いた……。
……うちの医者怖いな。怖くない人いないの?うち大丈夫?
「何か?」
「いえ、やはり貴女は欲しいと思いまして」
――――――んん?
何か欲しいとか聞こえたけど、耳がおかしくなったのかな?
あぁ、きっと私の側でミレットがライフルぶっ放したりルルアが魔法をぶっ放したりしてるから耳がおかしくなったんだな。後で医務室に行こう。
取り合えず、今はこの沈黙をどうにかしたいよね!
「腹の探り合いは話を長引かせますので、簡潔にお話を致します。こちらとしては、スクレットウォーリアを我がカッフェルタの一部としたいと考えています」
「……」
「ですが、今までの私たちの状況を顧みるに、素直に降伏して下さる事はないでしょう。そうであれば既に我が国とこの様に長きに亘る戦もなかったことでしょうし」
「……」
「そこで、私たちの国はスクレットウォーリアと和平を結びたく思います」
「和平?」
「そうです。我が国はその証として二度とスクレットウォーリアに戦を仕掛けない事を魔法を使った誓約書に記しお渡しいたしますし、他国から武力などによる侵攻からも守衛する役目も承ります」
「……」
「ですが、代わりに貴国の技術知識とリュミナス殿をこちらに頂きたい」
破格の待遇から一変。え、実質吸収されてないコレ、って言うか私人質じゃね?
とか考えていると銃声が二つ響いた。
え、なになになに!急に何!?―――やだ、王子と側にいる左右の側近の後ろの壁に弾痕があるじゃないですか。あの隙間を狙って撃ったの?凄いね!でも駄目だよね!誰がやった……れ、レイラとルルアァァッ!銃口を向けるのを止めなさい!目、目がコワイから!瞳孔開いてるから!止めなさい!、女の子でしょ!
「はぁ?頭沸いてんの?」
「それ以上喋ると殺す」
「先程からそちらの部下は躾がなっていないようだな」
「あら、そちらの指揮官の失礼な物言いがよろしくないんではなくて?」
「何だと?」
「まぁ怖い顔ですこと」
何か、この部屋寒くない?
ノア・ウィッツ・カッフェルタの左隣に控えていた眼鏡の人がこめかみに血管を浮かせながら私を睨みつけてくると、シーラが二人の銃口を下ろさせてふふふと笑いながら彼と対立した。
カーンッと、戦いのゴングが鳴ったのが私の脳内で聞こえた。
「こちらは出向いた側だぞ。それに、先の行動は我が国に剣を向けたようなものだ」
「あら、ふふっ、可笑しなことを、ふふふっ。厚顔とは貴方方のような殿方を言うのですね。その様な無礼な殿方には初めてお会いしましたわ」
「何?」
「矛を向けているのはそちらでしょう?私どもの国は盾を翳して火の粉を払っているに過ぎませんわ。あぁ、火の粉は言い過ぎましたわ。国に害をなそうとする虫を払っていると言った方がよろしいかしら」
「貴様っ!」
「あらあら、貴様だなんて。ふふっ聖騎士隊の殿方は女性に貴様などと無礼な事を言われるのね。流石はカッフェルタ。とても良い躾でいらっしゃるわ。ふふふっ、それに、よくよく考えてみて頂きたいものですわ。どちらに非があるかなんて明らかではありませんこと?」
「こちらはこれ程の妥協案を出している」
「妥協案?妥協とは何でしょうか。我が国の知を己がモノとし、我らの女神を奪おうとしている事は妥協と言うのかしら。我が国が貴方方の守りを欲しているなどと思っていらっしゃるなら烏滸がましいにもほどがありますわ」
「そちらの銃器の力は嫌と言うほど知っているが、しかし、魔法に敵う力は発揮出来てはない。現に、この城の守りはリュミナス・フォーラットの盾魔法の力に寄るところだ」
「えぇ、私の隊長の素晴らしい力でこの国境は守られ国は守られていますわ。ですから烏滸がましいのです」
「なっ!」
「止めるんだコンラッド」
「あら、止めてしまわれるの?ふふふ、今後は気を付けてくださいませ。まぁ、次など御座いませんが」
コッワァァァッ!!!怖い怖い怖い!シーラ怖い!
口元に手を添えてふふふと笑うシーラに眼鏡の人がめっちゃキレて、もうシーラじゃなくて私を睨んでいる。シーラに口で勝とうとするからダメなんだよ。いや、私の側近には誰も勝てないよ。
けど、さっき撃ったのは悪かった。そこは認めるけど、全体的にそっちが悪いと私も思いますぅぅ!
国の技術渡したくないしカッフェルタの傘下に入りたくないから必死で侵略から守ってたんですけど。
大体、何で私が人質なの!姫様とかにしろよ!いや、姫でも駄目だよ!何言ってんの!
と言うか私、一般市民だぞ。うちの親に身代金的なモノを用意しろとか言っても畑で採れた野菜くらいしか渡せないから。それに、国の安全と引き換えの人質とか私の命そんなに重くないよ!
ため息を吐いたら、ハッとまるで嘲笑したような声が出た。
……違う違う!違うからね!別に嘲笑ってないよ!
み、みんな見てる。
ヒィィィィ!こ、このまま突き進むしかないの?言う?その和平条件は無理だから帰ってって?私が?言うの?何でミレット何も言わないの!今からリュミナスより偉い人連れてきますって言ってよ!宰相引っ張てきますって言ってよ!言わないの?ヒィィィィ!
やばい、口が乾いてきた。
お茶、お茶を飲もう。
震えそうになる手で冷めきったお茶を一口飲んで、動揺のあまりカップ持って足がガクガクして立てないような状態で何故か立ち上がってしまった。そう、立ち上がってしまった。
バシャン――――。
その狂った足を咄嗟に正そうとして、お茶を、お茶を、王子にブッかけてしまいました。
うわぁぁぁぁぁぁぁ!
やばい。もう、ちょっと、やばいしか出てこないくらいヤバイ。逃げよう。すぐに逃げよう。
アレだよ、もう、王子に故意ではないにしろお茶を掛けるとか処刑もんだよ。
白い騎士服が茶色に染まっていく。和平の話とか交渉とかそういう問題じゃなくなったよね。あ、無理。逃げよう。
「失礼します」
中身の無くなったカップとその中身が掛かった王子と呆然とする彼の側近たちを置いて、何故か満面の笑みを浮かべた私の側近たちを引き連れて早急に応接室から退避した。
怖い!怖かった!何なの!やっちゃったよ!
恐怖のあまりの無意識の行動でどうしようもなかったのだけれど、自分の、はたまた我が国の首を絞める展開になってしまった。
いや、最初から対応する態度じゃなかったけど、お茶をブッかけるなんて論外である。
何か、ミレットたちは満足そうだけども!
どうしよう。とりあえず、謝罪の手紙を出して、あ、馬車を用意しなきゃ。王都に行って王様に土下座を披露しよう。辞職もしよう。
私、田舎に引っ越してひっそりと息を潜めて暮らそうと思う。止めないで欲しい。
和平を結べなかったし、お茶を掛けちゃったし、もうダメかも。あの優しそうな王子が許してくれる事を祈るしかない。態度悪かったことは神に一生をかけて謝るんで許してください。
―――――あぁ、胃が痛い。
廊下を歩きながら憂鬱な気持ちになっていた私は、知らなかった。
彼らが本気で国を囲み込む切欠を作ってしまったこの悪手を、死ぬほど後悔することになる事を。本当の恐怖は後ろから私にひたりひたりと歩みを寄せている事を。
「そうでなくては手に入れ甲斐がないよリュミナス・フォーラット」
とか言って髪を掻き上げたその顔に優し気な面差しの影もなく、舌なめずりをした獰猛な目付きの王子がドアの向こうへと避難した私にニヤリと笑みを浮かべていた事なんて知らなかった。