第5話
今日は安西寿美子と高級ホテルの一室で会うことになっている。
私はあれから患者『安西五郎』のカルテに目を通し、全てメモしている。
たしか自宅は病院から三駅ほど離れた閑静な住宅街だったはずだ。
私はてっきり、その自宅で彼女と会うのだと思っていたが、安西寿美子が指定してきたのは
都内の高級ホテルだった。
私は、久しぶりの都会に戸惑いながらも、なんとか目的のホテルまで着くことができた。
安西寿美子の部屋はかなり上層階であった。
こんなホテルに一泊するのには一体いくらかかるものなのか想像もつかない。
ドアの横にあるインターホンを鳴らす。
「はい」
「竹下智美です」
「いらっしゃい。今開けるわ」
しばらくすると、ドアが開いて安西が出迎えてくれた。
「さあ、入って」
「失礼します...」
玄関を入って目に飛び込んできたのは、大都会を見下ろす絶景!!
きっと夜景はもっとキレイなのだろう...
「キレイでしょ?」
景色に見とれる私に安西寿美子が言った。
「この部屋夜景もすごくいいのよ。もし、例の件がうまくいったらこの部屋でシャンパンで乾杯しましょ?」
「ええ...」
私は曖昧に答えることしかできなかった。
「さ、座って」
窓側にある小さなテーブルを挟んで置かれた高級そうな一人掛けソファをすすめられた。
「智美さん、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「あっじゃ紅茶で...」
安西寿美子は、お茶を淹れに奥へと行ってしまう。
そういえば、いつのまにか彼女からは『智美』と名前で言われていた。
それに初めて病院で会った時は暗かった彼女が今はとてもはつらつとしている。
「お待たせ」
カップをテーブルに二つ置かれた。
・・・いい匂い
ハーブティだろうか?
残念ながら私にはまったくハーブティの名前など分からなかった。
「ジャスミンティよ」
彼女は私の心が読めるのだろうか?と思う。
「とてもいい匂いです」
「ストレス解消にいいのよ?」
「そうなんですか」
ストレス解消か...。早く例の件が終わればストレスも減るってもんだ。
「さっそくだけど、例の件...」
「はい...」
「日程としてはいつぐらいになりそう?」
「ええ、いま色んな方法を考えています。今考えている方法は...」
「方法は?」
「中毒死です」
「中毒?」
「はい、痕跡を残さないように点滴に微量の薬剤を混入させて、時間をかけて中毒に至るというやり方です」
「...なるほど。じゃ、それにはいつ死ぬかは分からないということ?」
「そうなります。あくまで患者は急変しての病死です。わずかにでも、怪しい点があれば遺体は司法解剖されてしまいます」
「自然な死に見せかけるということね」
「そうです。どうしても司法解剖されれば薬品の中毒死だということは分かってしまいますが...」
「大丈夫よ。絶対に急変だと装えるわよ!」
「そうだといいんですが...。あと、点滴は患者に投与する予定のものにあらかじめ薬品を混入させておくようにします」
「それは一体?」
「その薬剤入りの点滴のパックは私が患者に投与するか、他のナースが投与するか分からないということです」
「なるほど...」
安西寿美子はひとしきり私の説明を聞いて納得したようだった。
「では、安西さん。また、後日連絡します」
「わかったわ!それから智美さん?」
「はい?」
「私のこと寿美子って呼んでよね」
そう言って彼女と両手で握手をした。