第2話
患者の隣に座っている女性が言った『殺していただけませんか』という言葉に私は絶句した。
しかし、なにも言わないわけにもいかないので、声を振り絞った。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」
このセリフ以外とっさなことで頭に浮かばなかった。
女性はまだこちらを振り向かずにいる。
しばらく、様子を見たがいっこうに動かない。
でも、そんなことを言われてこの場から私が去るわけにもいかない。
もし、この女性がこの患者になにかしたら一大事だ。
どうにか、この女性に帰って帰ってもらわなくては...。
「あの、もう面会時間終わっていますので...」
私がそう言うと突然女性が口を開いた。
「もう、かれこれ1年です。主人が脳梗塞で倒れてから...。私も始めは、主人が回復すると信じてきましたが、主人は回復する見込みはないと主治医の先生からは言われています」
たしかにこの患者は脳梗塞で倒れて緊急手術したものの、術後も一切意識が戻っていない。
「...主人が亡くなると保険金が数千万円入ります。もし、協力していただけるなら前金で200万その後でさらに300万お支払いします」
この女は本気でそんなことを言っているのか...。
「そんな...!絶対に無理です...!」
私だって、ナースの端くれだ。そんなことに協力することなんてできない!
「...私はあなたを今日ずっと待っていました。あなたには、悪いと思いましたが、いろいろあなたのことを調べさせてもらいました」
「え...」
全身の血の気が引いていくのがわかった。
「あなた、ご実家の家業がうまくいってないんですってね?借金が8000万に不良債権も多数抱えているようですね。」
「どうして...!」
「それに、お子さんももうすぐ受験でしょう?あなたのお子さんとっても成績がいいみたいですね。きっと、いい高校に行ける学力なんでしょう?」
知っている。この女は私のプライベートを。たしかに、家業の工務店は不況が相次ぎ、借金が膨らみ期待していた大口工事も相手先が怪しい会社だったらしく多額の債権が未回収だ。
それに、長男のことも...!長男は学力テストでは毎回ベスト3に入るほど勉強ができて、このままいけば有名進学校にだっていけるはずだった。
「...行かせてあげたいわよねえ?いい高校、それに大学だって...。なんでも、将来は医者になりたいんですってね?お子さんの夢かなえてさせてあげたいわよねえ?」
そんなことまで知っているのか...。
「でも、お金がないんでしょ...?協力してくれるなら、そうねプラス300万の800万出すわ。悪い話じゃないとおもうけど...?」
800万!!ナースが夜勤を目いっぱいしてやっと年間500万くらいなのに、もしこの患者を殺したら年収以上の金が手に入る...!
私の思考を読み取ったかのように、彼女は立ち上がり分厚い封筒を私の胸に押し付けてきた。
「これは、気持ちだから...。やるにしても、やらないにしてもあなたにあげるわ」
そう言って彼女は病室を出て行った。
私は、震える手で封筒の中身を見る。
そこには帯封が付いた100万円。
それにメモが入っていた。
安西寿美子 090-××××-××××
あの女の名前と携帯番号だ。