第1夜
「悪い、亜悟。昨日の宿題見せてくんね?今回だけだからさ。」
「おい、お前は俺に何回それを言ったよ。まあいいけどさ、ほら。」
そう言って俺はバッグからノートを取り出し、彬に渡す。
「いやー、悪いね。やっぱ持つべきものは友だろ。」
「ねえ、他人の宿題見せてもらうのはどうかと思うよ、島鳴君。」
俺たちが声のした方を振り返ると、呆れた顔でうちのクラスの委員長が立っていた。滴生静佳。まさに「委員長」という言葉を体現したような性格だ。全日本委員長選手権があったら間違いなく上位入賞だろう。
「堅苦しいこと言うなよ。これくらい全国の高校生がやってるぜ。それに今俺がこいつに宿題を見せたところで、こいつの人生がどうなるわけでもないだろ?」
「そうそう、気にしない気にしない。」
「おまえは少しぐらい気にしろよ。」
「ははは、悪い悪い。サンキューな亜悟。写し終わったら返すから。」
そう言うと彬は自席に戻って行った。その背中を目で追いながら滴生が呟いく。
「まったく、蓮月君もお人好しね。」
「悪かったな、こうゆう性格なんだよ。」
「悪いことではないけど。まあ、面倒事に巻き込まれないように気を付けてね。」
「はいはい、気を付けますよ。」
丁度始業のチャイムが鳴り、俺たちも各々の席へ戻る。この時の俺は、まさかこの会話が伏線になっているとは思いもしなかった。
教師による眠気を誘う授業との6時間もの長期戦になんとか勝利し、ようやく愛しの我が家に帰宅する。
「ただいま……て言っても誰もいないか。」
いくら思春期真っ只中の高校生とはいえ、寂しさを感じずにはいられない。両親は仕事の関係で出張が続いているためほとんど家にはいない。母親が半年に一度、父親は一年に一度帰ってくるぐらいだ。しかしいい加減な親という訳ではない。ちゃんとお金は毎月送られてくるし、母親は帰ってきたら滅茶苦茶俺を可愛がる(高校生を可愛がるのはどうかと思うが、責められない)。
いつもどおり、晩御飯を自炊する。今日のメニューはお手軽にカレーだ。誰が作ってもそこそこ美味いとは良い料理である。
「いただきます。」
うん、自分で言うのもなんだがなかなか良くできている。少なくともそこらの男子よりは上手に作れる自信がある。
自分の女子力を自画自賛し、食い終わった後の食器を洗いながら考える。学校での友人たちとの交流も楽しいが、こんな風に独りで静かに過ごすのも悪くない。ただ、この家は毎日見ている、というか否が応でも目に入ってくるためか少々見飽きた。少し外に出てみるか。
携帯と財布を持って家を出ると、この時期特有のじめじめとした蒸し暑さが俺を包み込む。友人と過ごす、クーラーの効いた快適な教室も好きだが、この暑さも嫌いじゃない。つまり、何が言いたいかというと、一人でいればどんな環境でもだいたい楽しめるのだ。……さて、特に行く宛もなく家を出たが、はたしてどこへ行こうか。このまま家に帰るわけにはいかず、かといって友人の家に足を運んでは本末転倒である。とすると、あそこに行くしかないか。
5分ほど歩いてたどり着いたのは通学路にある公園だ。まさにありふれた風景だと思うかもしれないが、考えてみてほしい。日中子供たちで溢れかえっている場所が、まるで始めからそうであったかのように静まり返っている。ごく当たり前の、普通の公園が、時間が変わるだけで異世界へと豹変する。この空間は俺の心を掴んで放さない。俺は近くにあったベンチに座り、この異世界を我が物顔でしばらく満喫していた。
突然、小さな物音がした。おかしいな、ここには今俺しかいないはずだが。猫か、風のいたずらか、或いは不良が近づいてきたか。だとしたら厄介だ。俺はその正体を突き止めるため、音の出所を探り、すぐに見つけた。音の正体は猫でも風でも、不良でもなかった。勿論、聞き間違いでもなく、幽霊なんていう非現実的なものでもない。この場所にこれ以上ぴったりと当てはまるものはなく、またとてつもなく不自然な存在だ。
音の正体は幼女だった。
そして、今に至る。考えてみれば伏線があれば回収されるのは必然なのだが、まさかここで、こんなかたちで回収されるとは。俺の人生を書いている作者がいれば、そいつを恨まざるを得ない。まあ、非現実的という点には感謝しているが……。
おっと、勝手にテンションをあげている場合じゃない。こんな時間にこんな所に子供がいるのはあまりよろしくない。見たところ小学1,2年生ぐらいか。とりあえず事情を聞く必要がある。
「きみ、どうしてここにいるの?」
「?」
幼女はただ首をかしげる。
「お父さんとお母さんは?」
「どこから来たの?」
「こんな時間に外に出たら危ないよ。」
しかし、いくら質問しても幼女はただ首をかしげるだけだ。これじゃあ埒が明かない。さて、どうしたものか。やはり交番に行くべきか。しかしいろいろと聞かれるのも面倒くさいな。
俺があれこれ考えていると、幼女の方から話しかけてきた。
「ねえ、いっしょにあそんで。」
そうきたか。確かに子供だから公園で遊ぶんだろうが、こんな時間に初対面の人間を遊びに誘える幼女には驚かされる。
「……あそんでくれないの?」
幼女が、今度は少し不安げに聞いてきた。くそ、こんな顔されたらロリコンじゃなくても断れないじゃないか。いえ、ロリコンを馬鹿にしているわけではなく、純粋に。
「しょうがないな、何して遊ぶんだ?」
「うーん……、おにごっこ!」
なるほど、定番だな。公園で鬼ごっこなら俺が小学生のころもよくやってたな。しかし、小さい子と遊ぶのなんて初めてだな。どうすりゃいいんだ?
「じゃあまず、わたしがにげるね。」
どうやらこちらが考えるまでもなく向こうで考えてくれたようだ。とりあえず適当に遊ぶか。そして俺は、走り出した幼女の背中を追いかけ始めた。……字ずらだけ見ると完全にロリコンだな。
数十分後。夜の公園にはまだまだ元気いっぱいの幼女と息を切らせた高校生がいた。普段運動していないとこうゆうときに困る。まあ、こんなときがある方がレアケースなのだが。
「もうおわり?まだあそべるのに。」
幼女は割と本気でそう言ってくる。
「ごめんよ、俺にはもう体力が残されていないんだ。」
「そっかー、じゃあまたあしたあそぼ。」
「ああ、また明日な……て、明日!?」
「うん、またあした。」
幼女は当然のように笑顔で言う。おいおい、そんな笑顔見せられたら断れないだろ。
「しょうがねえな。じゃ、また明日この公園で会おうな。」
「うん、やくそくだよ。」
そう言って幼女は小指を差し出してきた。その小指に俺は自分の小指を絡ませる。
「ゆーびきーりげーんまーんうそついたらはりせんぼんのーます」
よく考えたらこの歌って怖いな。指を切られた上に下手したら針まで飲まされる。これは約束を守らざるを得ない。
「そういえば、お前の名前なんていうんだ?」
そう、これは極めて大事なしつもんだ。いつまでも「幼女」と呼ぶわけにはいかない。さすがにこれぐらいなら答えられるだろう、と思っていたのだが、
「?」
案の定というべきか、やはり幼女は首をかしげる。
「お兄ちゃんがかんがえて。」
なんとハードルの高い要求だ。それにしても名前がないとは。もしかして捨て子か?しかしここら辺でそんな話は聞いたことがない。とするとやっぱり親がどっかにいるんだろう。名前に関しては単純に遊びの一環としてか、或いは俺と仲良くなりたいからだろう。
「そうだな……今は5月だから『皐月』なんてどうだ?」
「んー、やだ。」
どうやらハズレのようだ。これだけストレートに言われると心が痛むぜ。これはなかなか難しい。今度はこっちが首をかしげる番だ。
「うーん、あと他には……、好きなものとかあるか?」
「んー、いちごがすき!」
「そうか、じゃあお前の名前は『いちご』だ。」
言ってから後悔する。なんだ「いちご」って。もっと頭を使え、安直すぎるだろ。
「あー、悪い、今のは無しに……」
「……うん、いちご!」
どうやらお気に召したようだ。本人が気に入ってくれたのだから、無理に変える必要もない。
「お兄ちゃんはなまえ、なんていうの?」
「俺か?俺の名前は亜悟だ。あ、さ、と。」
「あさと……うん、わかった。」
「よし、じゃあ俺はそろそろ帰るわ。もう疲れたしな。」
「ばいばい、あさと!またあしたね!」
「おう、また明日な。ちゃんと家に帰れよ。」
俺は異世界から現実に戻る。いちごと遊んだ疲労感からか、今夜はよく眠れそうだ。それにしても本当に明日も来るのだろうか。まったく、保護者はなにをしてるんだ。それに名前も決めてしまった。だが、まあこれは遊びの範疇だろう。
こうして、俺といちごの一夜目は幕を閉じた。余談だが、元々すぐに帰る予定だったため宿題に手を付けておらず、翌日は早朝から苦労するはめになった。
前作を書いていて、設定、プロフィールなどの重要性を知りました(素人感)。次回は遊んでいる微妙もしっかり書くのでお楽しみに。
感想で狂喜乱舞。