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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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29~30 Side Akito 01話

 それは昨夜の出来事。

 仕事をしていたら音声通話で呼び出された。相手は唯。

「何……」

 俺はモニターに視線を固定したまま、タイピングを続けていた。

『リィ情報提供するんで、少しはこっちに意識ください』

 ピタリと手が止まり、じわりと汗が滲み出す。

『ったく、わっかりやすいなぁ……。わかりやすすぎて、若干迷惑被ってるんですけどっ!?』

 なんの話か、と疑問に思いつつ耳を傾けていると、

『明日、リィは終業式が終わったら初等部へ行くそうです。で、そのあとは家に帰ってきてご飯食べてから病院』

「それが……?」

 それを知ったところでなんだというのか……。

『だーかーらーっっっ! 会いたいなら会いに行けばいいじゃないですかっ。もうずっと会ってないんでしょっ!? それで機嫌悪くてやたらめったらハイスピードで仕事こなされるこっちの身にもなってくださいよっ。誰もが秋斗さんペースで仕事できると思わんでくださいっ。デバックに回されるもんが山積みなんですよっ』

「納期までは時間があるはずだけど? 納期ギリギリでテストデータ渡すよりもいいだろ?」

『確かにそうなんですけどっ! なんつーか、もうそういう問題じゃないですっ。ものには限度ってものがあって、納期まで時間があってもこれだけのものが山積みになってると精神衛生上よろしくないんですっ。しかも、最近めっちゃ口数少ないしっ」

「必要最低限のことは伝えてるはずだが……」

『だーかーらーーー……いい加減、ガス抜きしてきてくださいっ。部下からの切実なオネガイですよ、オーネーガーイっ』

「……翠葉ちゃん、体調は?」

 久しぶりに好きな女の子の名前を口にした。けれど出てくるのは体調の心配で……。

『んー……どうでしょうね』

 唯らしくない、妙に歯切れの悪い返事。いつもなら割と簡潔な報告をよこすのに。

『俺が一緒に暮らしててわかるのは、ある程度痛みが出てるんだろうなってことと、胃の調子が悪いことくらいです』

「胃……?」

 鎮痛剤の飲みすぎか……?

『先日、病院で嘔吐が止まらなくなって涼先生が診てくれたんですけど、胃カメラ勧められたのに頑なに拒んでるんですよね……。俺も、今回はやっておいたほうがいいんじゃないの? って何度も言ってるんですけど、何かにつけて拒否られるというか……。年内に受けるつもりはないっぽいです』

「…………」

『でっ、秋斗さんはすでに年内にこなすべき仕事終えてるんですから明日くらい休んでください。っつか、夜寝てます!? だとしたら睡眠何時間!? 睡眠時間四、五時間とってたとしてもあの分量ってありえないでしょっ!? どんなペース配分で仕事してるのか教えてもらえませんかねっ!? もしなんでしたら、蔵元さんに頼んで一日のペース配分表ならぬスケジュール表作ってもらいますけどっ!? 秋斗さん、ちょっと仕事しすぎっ』

 俺は部下であるはずの唯にガツガツ諌められ、言われっぱなしで音声通話を一方的に切られた。

 最近はあまり眠れていなかった。彼女のことが気になって……。

 会いたいとは思う。でも、会いに行ったら彼女を無理に笑わせることになりそうで。

 彼女が心から笑ってくれるなら嬉しいけれど、心に反して笑われるのは苦しい。

 俺は彼女の笑顔を守りたいのであって、作り笑いをさせたいわけじゃない。

 こんなことを考え出すと止まらない。終りが見えない思考に脳が占拠される。

 結果、俺は仕事に逃げる。頭を仕事でいっぱいにして、彼女のことを何も考えられないように――。




 夜通し仕事をしていれば朝にはなんとなく眠気を感じる。しかし、深い眠りにつけるとは思えない。

 キッチンへ行き、ラベンダーティーとミントティーを目の前に悩む。

「すっきりしたいならミント。休むならラベンダー……」

 ぼーっとそれらを見ていると、インターホンが鳴った。

 こんな朝早くに誰?

 知人以外は尋ねてこないドアを開く。と、唯が立っていた。

「おっはよーございますっ。昨夜も絶好調で仕事なさってた上司殿っ」

 玄関先で、単調かつ大声で言われる。

「ったく部下だろうと人の話は聞けっつーんですよっ」

 文句を言いながらずかずかとリビングへ向かって歩いていく。

 俺は面食らったまま唯の後姿を見ていた。

 唯は通り過ぎようとしたキッチンに入ると、

「ったくっ、なんですかこれっ!?」

 何を言われているのか、とキッチンを覗き込む。すると、唯が雑な素振りでミントティーを投げるところだった。

「今の秋斗さんにはこっちっ。ラベンダーでしょっ!? あーーーもうっ、朝食はっ?」

「え? あ……まだ」

「そうでしょうともよ……。さっきパソコン立ち上げたら六時四十八分とかあり得ない時間帯にデータ上がってましたもんね……」

 じとりと見られ、寝ていないことを責められていると気づく。

「消化にいいもん作るんで、ちょっとそこで茶ぁでも飲んでてください。あぁ、くれぐれもミントティーとか飲まないように。ラベンダーですからね、ラベンダーっ」

 飲んでろ、と言う割に、その準備は唯がしてくれた。

 ベリッとティーパックの個別包装を破りカップにセットする。そして、ぞんざいにお湯を注ぎ、同じくらいぞんざいに押し付けられた。

 俺はキッチンを追い出されてダイニングへ移動したわけだけど、キッチンでは冷蔵庫を開けた唯が食材の少なさに軽く発狂し落胆していた。

「朝早くにスミマセーン……。秋斗さん宅に卵とネギと鶏がらスープの素を届けてくれませんか? ――あ、鶏肉とか超嬉しいです。――痛み入ります。それではお言葉に甘えてごま油もよろしくお願いします」

 どうやらコンシェルジュに連絡を入れたようだ。会話の内容からすると、都合よく調理スタッフが電話に出たのだろう。

 通話を切ると、唯は鍋に米を入れて洗い始めた。

「リィも好きな中華粥です」

 じっと見ていた俺の視線に気づいてか、何を作るのか教えてくれた。

「ふーん……じゃぁ、食べる」

「ふーん……じゃぁ、食べる――じゃないですからっ。夜は寝て、朝起きたら飯を食えっっっ」

 実に奇妙な会話だ。少し前まで……唯が翠葉ちゃんと出逢う前までなら、夜通し仕事してそのまま翌日も仕事とか、朝方に仮眠とか……お互い似たり寄ったりの生活サイクルだったというのに。今となってはものすごくまともな人間じゃないか。

 無言の突込みを視線から感じたのか、

「人は変わるんで。いいほうにも悪いほうにも。俺はたまたまいいほうに変われたんで、あわよくば同胞を同じ道に引きずりこもうとか考えるわけですよ」

 言い終わると同時にインターホンが鳴った。

「あ、来た。さっすが早っ」

 玄関で食材を受け取ると、唯は廊下をスキップしながら戻ってきた。

「よっし、作る」

 唯はネギを刻んだり鶏肉を切ったり、中華粥を作ることに専念した。

 二十分もするといい香りがしてくる。

「ほい、できたっ!」

 とてもシンプルに見えるけど、ごま油の香ばしい香りが胃を刺激する。食欲がないと思っていた人間でも、これなら食べたいと思えるほどに。

 スープボールによそわれたものがテーブルに置かれ、ステンレスのスプーンが目の前に差し出された。

「むぅっ……趣のカケラもない。今度、やっすい土鍋とれんげを買ってこよう……」

 どうやら器とスプーンに納得がいかなかったらしい。

 お粥を口に運ぶと、鶏ガラベースの味が口に広がり、控え目に塩味がする。そこに香ばしいごま油と薬味のツンとした香り。

 翠葉ちゃんが好きそうな味だと思った。

 俺は素直に感想を述べ、出されたものをペロリとたいらげた。

「次っ、寝るっ」

「……おまえ、こんな世話焼きキャラだったか?」

 苦笑しながら言うと、

「別に秋斗さんのためじゃないし」

 思いもよらない言葉が返ってきた。

「そんなクマのある顔でリィに会いに行かんでください。少しくらい寝て、スッキリした爽やかでかっこよさ気な風体で行ってくださいよっ!?」

「……くっ、翠葉ちゃんのためか」

「あったりまえです」

 腰に両手を当て、胸を張るほどに主張された。

「……わかった。少し寝て、シャワー浴びてこざっぱりしてから会いに行くよ」

「そーしてください」

「――でもさ……」

「なんですか? 人の好意を無にするつもりですか? せっかくリィ情報あげたのに」

「いや……。どうしたものかな、と。……色々複雑なんだよ」

「藤宮が複雑じゃなかったためしがないじゃないですか」

 サクリと言われて思わず笑う。

「確かにそうなんだけど……。翠葉ちゃんは今もずっと悩んでいるのに、きっと湊ちゃんの結婚式に来たらもっと混乱するよ。悩むことになる」

「……は? どういう意味ですか?」

「……唯もそうだろうけど、彼女も俺たちのじーさんにはいい印象は持っていないだろう」

「あったりまえじゃないですか。いい加減寝て、その頭どうにかしてください」

 苛立ちを隠さない唯が目の前にいた。

「唯……彼女は俺たちのじーさんに会ってるんだ」

「え……?」

「彼女の大好きな陶芸作家、朗元は俺たちのじーさんだ……。しかも、彼女が白野のパレスへ行ったとき、彼女の胸の内を聞いた人物でもある。極限まで追い詰められていた彼女の心を聞き出したのは、彼女が気持ちを吐き出せたのはうちのじーさんなんだ」

「っ……ちょっと待って、何それ……。俺、聞いてないっ」

「白野で俺は彼女に会ってない。司も来ていたけど会ってはいない。……彼女に会って、彼女の心を吐き出させたのはじーさんだ」

「そんな……。リィは藤宮の会長と知らずに会ってるってことですかっ!?」

「そう……」

 じーさんは事前に自分が会長であることを彼女に伝えはしないだろう。だが、確実に正体がばれる日が近づいていた。

「くっそ……ほんっとーに俺、会長って大嫌いだっ」

 唯は空になった器を持ってキッチンに入ると、ガチャガチャと大きな音を立てて、八つ当たりするみたいに食器を洗い始めた。

 すべてを洗い終え水道のコックを閉めると、

「会長がどうとか藤宮がどうとか……。そういうのってどうにもしようがないから。――でも、それならそれでリィのフォローはしっかりしてくださいよねっ!? じゃ、俺、帰るんでっ」

 バタバタと唯は帰っていった。

「彼女のフォロー、か……。果たしてどうしたらいいものか……。じーさんがどう切り出すのか――」

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