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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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29 Side Kanoko 01話

「今日、部活行く?」

 希和に訊かれ首を振る。

「部活には行かないけど、帰りに初等部のウサギたちに会いに行こうと思ってる」

「そっか。寒いから風邪ひかないようにね」

「うん。じゃ、また連絡するね」

 そんな会話をして教室を出た。

 今日はお弁当も持ってきていないし、とくに長くスケッチするつもりもなかった。

 ただ、久しぶりにもふもふした動物を描きたくなったのだ。

 初等部まで駆け足で向かい、用務員室を覗くと原島さんが気づいてくれる。

「七倉さん、いらっしゃい。今日もスケッチかな?」

「はい。ウサギ小屋の鍵借りてもいいですか?」

「いいよ」

 原島さんは鍵を取りに行くと、「そうだ」と振り返った。

「今、麦茶を淹れたんだけど飲むかい?」

「いいんですか?」

「もちろん。小屋の中とは言えど寒いから、少しあたたかいものを飲んで行くといい」

「じゃ、いただきます!」

 私は原島さんとお茶を飲んでからウサギ小屋へ向かった。


 小屋に入るとすぐにピョンが寄ってきた。だから、今日はピョンを描くことに決めた。

 一通りウサギたちに挨拶をして、小屋の中に私がいることに慣れてもらう。そうして、あまり動かなくなったところでスケッチを開始した。

 動物の手や耳を描くのが好き。くりっとした目を描くのも好き。このふわふわっとした毛並みとか……。何より、鼻や口元がすさまじくかわいい。

 夢中になって描いていると、違う小屋からニワトリのけたたましい鳴き声が聞こえてきた。

 誰か動物を見て回っているのだろうか。

 動物の鳴き声にいくらか意識を持っていかれながらスケッチを続けていると、視線を感じて顔を上げた。

 そこに立っていたのは翠葉ちゃんだった。

「……ウサギのスケッチ?」

 訊かれて私はコクリと頷く。

「翠葉ちゃんは……?」

「私は……動物を見にきたの」

 直感が働く。少し前に性教育を受けたからかな、と。外部生の翠葉ちゃんはきっとそこから習うはずだから。

「入ってくる?」

 翠葉ちゃんは悩んだ末に、

「外で少し見てからにしようかな……」

「怖くないよ? たまに引っかかれたりするけど……」

「……引っかかれるんだ?」

「猫と同じ。嫌な抱かれ方されたり、かまわれたくないときは嫌がる。そのくらい……」

 足元にいたスノウを撫でて見せたけど、

「……でも、やっぱり少し見てからにする」

「……そう?」

「うん」

 中に入ってくるとは言わなかった。

「この白い子がスノウ。灰色の子はグレイス。黒い子はクロ。ブチのはブッチー。茶色の子はチャロ。で、今私が描いてるこの子がピョン。……小学生のつける名前ってすごく安易だよね」

「そうだね。でも、かわいい名前だと思う。……あ、私のことは気にせずスケッチしてね?」

「……うん。そうする」

 そうは答えたけど……もはやスケッチどころじゃない。

 頭の中は翠葉ちゃんとウサギと藤宮先輩のことでいっぱいになっていた。

 どう見ても翠葉ちゃんはウサギを触りたそうに見える。だけど、翠葉ちゃんは網越しにも触ろうとはしない。

 怖くないと教えても、かわいいと同意しても、なかなか手を伸ばそうとはしない。しだいに、翠葉ちゃんの足元に寄っていったスノウが藤宮先輩に見えてきた。

 藤宮先輩はスノウほど人懐こいわけじゃない。どちらかというと猛禽類みたいな人だ。

 でも、翠葉ちゃんに対してはスノウみたい……。

 翠葉ちゃんだってスノウを触りたいと思っているはずなのに……。藤宮先輩に好意を持ってるはずのに……。どうして――。

 奥歯に力が入る。

 気持ちが通じているのに、どうして一方通行にしてしまうんだろう。

 理解、できない――。

 気づくと、私は小屋に翠葉ちゃんを引きずり込んでいた。

 スノウを呼ぶと一目散に駆けてくる。こんなに好かれているのに……。

 そこまでしてようやく翠葉ちゃんはスノウに触れた。

 恐る恐る手を伸ばすところが低学年の子とかぶって見える。

 でも、何度か撫でてスノウが気持ち良さそうな顔をすると、頬を緩ませ柔らかに笑う。

「あたたかい……」

「……生きてるからね」

「うん……」

 悶々とした気持ちを抱えて話すからだろうか。翠葉ちゃんの顔をまともに見て話せない。目を見て話せない。

 その目に誰が映っているのか、その心に誰がいるのか、問い詰めてしまいそうで。

 問い詰めたところでどうなるものでもないのに。

「翠葉ちゃん……」

「うん?」

「翠葉ちゃんは……」

「……な、に?」

 言っていいかな。……たぶん、言わないほうがいいんじゃないかな。そのほうが波風立たなくていいに違いない。

 自分の中で結論は出ているのに、自我に負けた。口が勝手に開く。

 私はスノウに視線を固定したま、

「翠葉ちゃん……どうして藤宮先輩を避けてるの?」

 ずっと不思議で、とても知りたかったこと。

「紅葉祭のとき――泣いちゃうくらい好きって思ってたのは、藤宮先輩のことだよね?」

「っ……」

 藤宮先輩を意識して赤面している翠葉ちゃんがかわいかった。「好き」という感情を持て余して、さらには片思いで失恋してしまったと勘違いして泣いている翠葉ちゃんはとても真剣で、自分の気持ちを真っ直ぐ受け止めていて好きだと思った。

 なのに、今はどうして一八〇度態度が変わってしまったの?

 藤宮先輩を好きな気持ちは変わっていないと思えるのに、どうしてそんなに態度が一変してしまったのか……。

 訊いていいこと悪いこと、踏み込んでいいこと悪いこと、あるのは知ってる。知ってるけど、でも、どうしてっ!?

「藤宮先輩も翠葉ちゃんのこと好きなのに――」

 ごめんね、翠葉ちゃん。きっと私がこんなふうに訊いていいことじゃない。でも、訊かずにはいられない。

 私、藤宮先輩と翠葉ちゃんが一緒にいるところを見ると、胸が張り裂けそうな気持ちになるんだ。見てて、すごくすごくつらいんだ。

 翠葉ちゃんはつらくないの……?

「まさかとは思うけど、あそこまで意思表示されてて気づいてないとかはないよね?」

 そんなわけない。わかっているけど訊かずにはいられない。

「……どうして? なんで藤宮先輩避けるの?」

「っ……避けてな――」

「避けてるよっ」

 瞬発力全開で立ち上がる。

 何をどうしたら、「避けてない」と言えるのか。信じられない思いで翠葉ちゃんを見下ろした。

「避けて、ないよ?」

 おどおどした感じで再度言われる。

「避けてるっ。会話してても避けてる。一緒にいても避けてるっ」

 翠葉ちゃん、わかっているでしょう? 一緒にいるから避けてないことにはならないんだよ。一緒にいるのに一緒にいる感じがしないから苦しいんだよ。

「――顔合わせて話しているから避けていることにならないとか……一緒にお弁当食べているから避けてることにはならないとか……そいうことじゃない。……翠葉ちゃん、毎日毎日、藤宮先輩の気持ちをスルーしてるでしょっ!? そういうの……」

 勢いに任せて怒鳴ってしまいそうになる。

 だめ。違う。そうじゃない……。ただ、わかってほしいだけ。わかってほしい……。

「そういうの……物理的に避けられるよりももっとつらいって、翠葉ちゃんは知ってると思ってた――。友達にそういうことされてもつらいけど、好きな人が相手だったらもっとつらいよっ? なんでっ!? 翠葉ちゃん、藤宮先輩のこと好きだよねっ? なのに、どうしてっ!? 好きな人が自分を好きになってくれるのなんて奇跡だよっ? そういう恋ができたら大切にしようって言ったじゃん……。翠葉ちゃんずるいよっ。両思いなのにずるいっ。私はどんなに好きでも両思いにはなれないのに……」

 どうしてだろう。想いを口にすると責めるようにしか話せないのは。私には翠葉ちゃんを責める資格も権利もないのに。ないのに――。

「ねぇ、知ってる? 藤宮先輩のことを本当に好きな女の子だっているんだよ? その人たちは翠葉ちゃんのことをどう思うだろうね……。私、今の翠葉ちゃんは大嫌いっ」

 私は言い逃げよろしく、小屋から飛び出した。


 全部自分の心の中で思っていればいいことだった。

 今の私は両思いになる可能性なんてないから、だから――両思いなのに一方通行を作っている翠葉ちゃんに苛立ちを感じていただけ。

 わかってる、単なる八つ当たりだって……。

 でも、どうしようもなかったの。自分の中で消化できない想いだったの。そういうの、翠葉ちゃんに知ってもらいたかった。

 本当は嫌いじゃない。嫌いじゃないよ。でも、今の翠葉ちゃんは……見ててつらくなるからやだ。

 もっと素直になればいいのに。そしたら藤宮先輩だって幸せになれるのに。

 そうやってくっついたのなら、藤宮先輩を好きな女の子も、翠葉ちゃんを好きな男子も、誰もが諦めがつくのに。

 今のままじゃ感情のやり場に困るだけだよ。

 どんな形でも、「答え」はほしいんだよ。

 翠葉ちゃん、翠葉ちゃんはどんな答えを出したの?

 その答えに満足しているの?

 私は――泣きながらでも自分の気持ちと真っ直ぐ対峙していた翠葉ちゃんが好きだった。

 そんな翠葉ちゃんに戻ってほしい。

 それだけ、なんだよ――。

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