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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
79/117

16~17 Side Kaho 01話

 コンコンコン――控え目なノックは翠葉ちゃん。

 そっとドアを開け、顔をのぞかせる。会うのは三回目だけど、まだあのサラッサラのロングヘアには触れたことがない。いつか触らせてもらえるだろうか。

 そんなことを思いながら、思いの丈を声にする。

「翠葉ちゃん、聞いてよっっっ」

 翠葉ちゃんは手早くドアを閉めると、「ストップッ!」とでも言うかのように、こちらに向かって両手を伸ばした。そう、道路の工事現場でよく見る光景。

「飲み物はっ!?」

 突飛な質問に、「へ?」と思う。そして、目の前に置いてあるカップを見たらカラだった。

「あ……飲み終わっちゃった」

 ないよ、ないない。

 そんな意味をこめて、私もボディーランゲージなるものをして見せる。つまりはカップの持ち手を指に引っ掛けプラプラと振って見せた。

 その間にベッド脇まで距離を詰めた翠葉ちゃんはマグカップを受け取ると移動テーブルに視線を移し、

「レポート、終わったんですか?」

 かわいらしく小首を傾げて尋ねられた。うん、カワイイ。妹に欲しい。

 少し前に楓さんから司の片思い相手が翠葉ちゃんだと聞いた私は、心の中で「司、がんばんなさいよっ!」と念じながら、

「もちろん。……で、さっき、その苦労の結晶、レポート様を楓さんに奪われたとこ」

 思い出すだけでも腸はらわたがよじくれ返る。

 翠葉ちゃんは、「え?」と不思議そうな顔をした。

「自分が提出してくるとか言って持ち去った。翠葉ちゃんっ、どう思うっ!?」

 翠葉ちゃんの頭の周りにクエスチョンマークが急浮上。

 目をくるっくるさせて私を見る様は、平和の象徴「鳩」のよう。

「本当はさ、私が自分で提出しに行きたかったのに。まだ産科の先生から許可下りてないとか言って……。温情措置とってもらってるんだから、教授のところには自分で持って行きたかったのにっっっ」

 温情措置なんて言っているけど、なんて体のいい言葉だろう。

 どちらかと言うと、絶対的に逆らえない筋から「留年しないようにお願いしますよ、学長さん」。というやり取りが、うちの学長と藤宮の誰かの間で行われた。だから、私はこんなところでレポートを書けばいい状況になっていて、そのレポートまで持っていかれたともなると、私はいったいどうしたらいいものか……。

 すべて私のことのはずなのに、その私を差し置いて、置いてけぼりの状態で話は進んでいく。そのことにも腹が立って腹が立って仕方なかった。

 何も思わず考えず、尻尾を振って喜ぶ女の子もいるのかもしれない。でも、私は違う。

 自分の人生くらい、自分の力で切り開きたい。人に道を用意されるんじゃなくて、打破しなくちゃいけない状況下なら、自分でどうにかする。

 それをあの男は、楓さんはことごとく踏みにじる。

 こんなものは優しさではない。人権侵害もいいところだ。

「もしかして……入院、延びました?」

 翠葉ちゃんの声がおずおずと聞こえてきた。

「そうなのっ。本当は今日退院したかったのにっ」

 翠葉ちゃんは顔を引きつらせ、

「とりあえず、リンゴジュース入れてきます」

 と簡易キッチンへ向かって歩き出した。

「ありがとー」

 その華奢な背に声をかける。

「翠葉ちゃんの分も入れるのよー?」

「あ、はい。いただきます」

 楓さんがこの子を連れて来たときは、イラッとした。

 ハープの演奏がどうとかレポートをやる時間が、とかそういうことじゃなくて、このかわいさに腹が立った。

 可憐な見かけに中身が伴いすぎ。

 何、この控え目でカワイイ子。そんな子、普通彼女のところに連れて来るっ!? ……て思った。

 でも、本当にこの子はいい子で――八つ当たりされたにも関わらず、私のことをきちんと見てくれていた。

 言葉を交わすでもなく、ただそこにある状況から私の状態を察してくれた。そのうえで、楓さんを病室から出し、自分も出て行こうとした。

 最近の高校生はこんなにも気が利く生き物なのかと心底びっくりした。

 司にしてもこの子にしても、気が回りすぎる。それに比べて楓さんときたら……ムシャクムシャクシャ――。


 キッチンから戻ってきた翠葉ちゃんに、

「椅子でもソファでも、楽な方に座ってね」

 そんなふうに声をかけると、翠葉ちゃんは迷わずソファを選んだ。

 先日楓さんが教えてくれたこと。

 この子は体位を変えるだけで血圧の数値あれこれが変わってしまうらしい。

 難しいことはよくわからないけど、私にとってはそんなことよりソファに座ってくれたということのほうが重大。

『翠葉ちゃんが迷わずソファに座ったら、果歩はあの子のテリトリーに入れたことになる』

 楓さんはクスクスと笑いながらそう言ったのだ。

 最初は意味がわからなかった。テリトリーと言うならば、今やこの病室は私のテリトリー内であって、彼女がそこに入ってくる状況なのだから。それを話すと、

『物理的じゃなくて、心理的な話』

 と言われた。

 どうやら、一見して無防備に見えるこの子はかなりガードが固いらしい。あの外面のいい楓さんですら、その「テリトリー」になかなか入れさせてはもらえなかったのだという。

 まーさーかー……と思った。真面目に思ってた。

 だって、初めて来た日の翌日。翠葉ちゃんは迷うことなくソファに座ったから。

 なんだ、楓さんの意地悪か。そうか。

 そんなふうに思ってた。

 でも、話していくうちにわかる。楓さんが言っていたように、翠葉ちゃんは何か抱えているものがあるのだと。

 けれど、それを口にはしない。言いそうになってやめる。

 彼女がここに来るようになってまだ三回。出逢ってからは一週間も経っていない。

 なのに、そんなことが何度も続いた。

 この子はこんな思いつめた顔で何を考えているんだろう。

 自分が直面している現実を受け入れられず、自分を取り巻くすべてのものに納得がいかない――。

 そんな状況にイライラしていた私に、ほんの少し人のことを考える余裕ができたのだから大したものだ。

 そういう意味ではいい話し相手を連れてきてもらったことになるのかな。

「果歩さん、これ……破っちゃいましょうか?」

 翠葉ちゃんが思わぬ提案をした。彼女の細く白い指が指しているのはずらりと並べられた妊婦さん用の雑誌。

 頼んでもいないのにバックナンバーから揃えてあり、過去六ヶ月分のものがドドンと幅をきかせている。もちろん一ページたりとも読んでいない。というより、開いてないし手をつけてない。

 改めて翠葉ちゃんに視線を戻すと、

「物を投げるのは身体のどこかに必ず力が入るでしょう? でも、紙をちぎるのって手先にしか力使わないので……」

 とても真面目に説明をされた。

「翠葉ちゃん、それ実践したことあるの?」

 素朴な疑問。

「……アリマスヨ」

 翠葉ちゃんは少しだけ視線を逸らし、ちょっと後ろめたそうに答えた。

 まるで過去の自分に、「ごめんなさい」とでも言っているかのようだ。

 こんないい子のお手本みたいな子でもそんなことするんだ、って思ったら、少し親近感がわいて、それ以上に切なくなった。

 最近、喜怒哀楽が激しい。それはきっと、妊娠初期で気持ちが不安定だから。でも、この子と一緒にいると笑ってること多いんだなぁ、私。

「入院してるとき?」

 尋ねると、

「えぇと……今年の夏はしてません。でも、去年入院したときはしてました」

「え……毎年入院してるのっ!?」

 勢い的には質問より詰問。

「さすがにそれは……あ、でも、高熱が続いて数日間の入院とかならちょこちょこと……」

「はぁぁぁ……そりゃ、翠葉ちゃんに会わせて私を改心させたいわけだよね」

 世の中不公平だ。こーんないい子がどうして病弱なんだろう。私が男だったら守ってあげたくなっちゃうような子だ。

 そんなことをぼんやりと考え、こんな子が側にいて、どうして楓さんは私なんかに目を留めたのか、と思う。

 やっぱ患者と医者って関係だと恋愛には発展しないもの? それとも年の差、かなぁ……?

 あれこれどうでもいいことを考えていると、

「どうします? やります?」

 まるでチワワのような黒目がちの目で尋ねられた。

「やるでしょう、やるしかないでしょう」

 おねぃさん、翠葉ちゃんに何かやろうって言われたら断れる気がしません。

「っていうか、んなもん一社で十分。そもそもバックナンバーまで揃える必要ないしっ! だいたいにしてさ、こういう雑誌って途中から読んでもビギナーがどうにかなるようになってるものなのよ。それを何、わざわざ一年分もバックナンバー揃えるかなっ!?」

 思い切り雑誌を睨みつけた。

「じゃ、やりましょう」

 翠葉ちゃんは当たり前のようにバックナンバーの一番古いものを手に取った。

 ほーら、こういう配慮。すぐそこにあるものを手に取るんじゃなくて、最新号には手をつけず、の配慮。

 もっと高校生らしくていいのに。私が高校生で翠葉ちゃんの立場にいたら絶対にできない行動。

 私はなんで二十一にもなって高校生にできるようなことができないかな。

 ちょっと卑屈になりそうになる。

 司にしても翠葉ちゃんにしても如才なさすぎ。っつーか、何? 藤宮の生徒ってみんなこんななわけ?

 いやはや無理だわ。私、無理。絶対そんな中じゃやってけない。浮く自信がたんまりとある。

 簡易キッチンから出てきた翠葉ちゃんは、ビニール袋を私に「どうぞ」と用意してくれた。

「よっし、やるっ!」

 やる気満々で胡坐をかき、足の上にビニール袋をスタンバイさせる。と、雑誌もビニール袋も取り上げられる。

「へ?」と思っていると、なんとも翠葉ちゃんらしい言葉をかけられた。

「病室が寒いとは思わないけど――でも、身体を冷やすのはやめましょう?」

 押し付けがましくない。控え目で、でも、きちんと注意してくれる感じ。

 おっかしいよねぇ……。

 どう見たって私のほうがお姉さんで年上で、妊娠してるの私なのに、その私よりも気配りできるっていうか、配慮ができるっていうか、きちんと状況見分けるっていうか。

 私はされるがままに足元へ羽毛布団をかけられ、その上にビニールをスタンバイされ、「はい、どうぞ」と雑誌を渡された。

 こりゃ、本当に敵わん。なんでこんな子を楓さんは送り込んだものか……。

 あ、何? 見習えってこと? そこかっ!?

 ちょっとちょっと、勘弁してよ……。顔は私のほうが好みで、でも性格はこっちが好みってこと?

 いやいやいや……世の中整形だとか色々あるわけでさ、中身なんぞ今さら私に求めたところでこうはなれないよ。

 そんなことを考えれば威勢よく紙を破りたい衝動に駆られるわけで……。

 躊躇せず表紙を破いた。だって、これが雑誌の中では一番厚くて破り甲斐がある部分だし。

 ビリッ――音とともに手に破ってる感触が伝わってくる。

 お、これはいいかも?

 やってみると意外にストレス発散になりそうな感触。

 しかし、入院していてこんなことをしなくちゃいけない状況って、翠葉ちゃんも大変だなぁ……。

 私、入院なんて今回が初めてだし、高熱を出すたびにちょこちょこと入院なんて、本当無理って思う。思うけど――それはきっと何か違うよね。

 入院しなくちゃいけないほど重篤、ってことだ。

 私は熱を出しても薬飲んで家で休んでれば治っちゃう。たぶん、たいていの人がそう。

 でも翠葉ちゃんは入院が必要とされるほど悪化してしまうのだろう。

 今度、お母さんに訊いてみよう。「高熱出しただけで入院しなくちゃいけない容態ってどんな?」って。

 看護師のお母さんなら、きっと適切な答えをくれるだろう。


 雑誌を破き始めてから、じっと私の手元を見られてるな、とは思ってた。けど、こんな申し出をされるとは思っていなかった。

 翠葉ちゃんは内緒話をするような声音で、

「果歩さん、私もやっていいですか?」

 上目がちな目で見られて即死寸前。

 かっわいいなぁ……。

 暢気にそんなことを考える反面、こんなことをしなくちゃいけない何を抱えているのだろうか、と探りを入れたくなる。

 翠葉ちゃんはこういう行動じゃなくて口に出しちゃったほうがいいと思うんだけど、それができないからこういう行動を思いついちゃうんだろうな。

「翠葉ちゃんもご乱心?」

 冗談めかして尋ねると、

「いえ、そういうわけではないのですが……。久しぶりにその音を聞いたら、ちょっとそそられるものが……」

 やっぱ、抱えてるものはまだ話してもらえないか……。

 でも、翠葉ちゃんと会うのは今日が最後じゃないし、話してもらえるのを待ってみようかな?

「いーよいーよ! じゃんじゃん破こうっ!」

 これで少しは楽になる? それなら破けばいいよ。幸い、破くものはたんまりあるんだから。

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