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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
64/117

64話

 授業とリハビリが始まると、家族がお見舞いに来るのはお昼時と夕飯時だけになった。それ以外の時間は授業とリハビリ、録画してある授業での補習があるため、お見舞いに来てもらってもゆっくり話す時間が取れないから。

 朝五時半に起きて洗面を済ませたら朝食までは勉強。食後二時間はリハビリができないため、一限ニ限の授業を受けたら三限四限の時間をリハビリにあてる。

 昼食を食べたあと、五限六限七限の授業を受けたあとに午後のリハビリ。

 夕方六時に夕飯を食べ、お風呂に入ったら八時からは相馬先生の治療。

 できるだけ授業を受けられるように、とリハビリや治療は授業のあとに組まれていた。

 毎日ニ限三限の授業は受けられず、八限目まである日は八限の授業も受けられない。その分すべてを翌朝までにクリアしなくてはいけないため、夜の就寝時間を九時から十時に伸ばしてもらった。そうしなくては翌日の授業に支障が出てしまうから。

 すべてが病室でできるし移動も何もないというのに、予定どおりに行動してみるとかなりのハードスケジュールだった。

 二日がんばったら身体が音を上げた。

 朝の診察のとき、紫先生に身体が重くて起き上がれない旨を伝えると、

「手術前一週間は寝たきり。術後も熱が引くまではほとんどベッドの上で過ごしていたんだ。勉強もリハビリも……となると負担が大きかったようだね。今日は授業もリハビリも休みなさい」

 予想していた答えだけれど、「はい」という一言が出てこない。

 自分でも今日はリハビリができない状態だとわかっているのに、返事ができない。

「不服そうだね」

 クスリと笑われた。

 不服というよりは不安だった。

「……一日休んだら……明日はリハビリできますか?」

「それは明日になってみないとわからないな。今日みたいに身体がだるくて起こせないようなら明日も休まなくちゃいけない」

 わかっていた答えだ。なのに、心が受け入れてくれない。

「翠葉ちゃん、焦らずにいこう。心臓と運動負荷の面だけを見れば決して高くはないハードルだけど……」

 先生はテーブルに置かれているスケジュール表を見て目を細めた。

「学校の授業と補習の時間……これらも一緒にこなすとなるとかなりハードだ」

「でもっ――」

「翠葉ちゃん、君は入院患者なんだよ。学校に通える健康状態じゃないんだ。どういうことかわかるね? 全授業とリハビリをこなすということは、学校で授業を受けて部活をやっているようなものなんだよ?」

 私は唇を強く噛みしめた。

「学校に通っていたときだって、これだけハードな毎日は過ごしていなかったはずだ」

「……はい」

「ただ……焦る気持ちは察するよ。リハビリを優先して勉強を疎かにすると、退院したときに授業についていけなくなるからね。だから、リハビリの負荷を軽くしよう。なるべく授業についていけるように、リハビリが身体の負担にならない程度まで」

 授業を休むことにも不安はあるけれど、リハビリの負荷が軽くなることにも不安はある。

 負荷を軽くするということは、予定よりも時間をかけないと負荷レベルを上げられないということではないだろうか。

「毎日続けることでしだいに負荷は増やしていけるから」

「先生……負荷を減らしたら退院の時期も延びてしまいますか?」

「安心しなさい。リハビリの負荷を軽くするからといって、そこまで大きな差は出ないから」

「……はい」

「焦らなくても大丈夫だ。見てごらん。まだリハビリを始めてから二日目なんだよ? 最初の三日間は負荷の調節をする期間と話したね? 今が調節し時なんだ」

 私は唇を引き結び、涙が零れないように浅く頷いた。


 その日の夕方、ツカサがお見舞いに来てくれた。

 身体を起こそうとすると、「そのままでいい」と制される。

「相馬さんが褒めてた。今日一日おとなしく寝てたって」

「嬉しくない……」

「別に喜ばせようと思ってないし」

 なんてことのない会話だけど、変に気を遣われないことが嬉しかった。

 今日はお母さんも唯兄も蒼兄も来てくれたけれど、みんなに「焦らなくて大丈夫」「少しずつ」と言われ続けて耳を塞ぎたい心境だったから。

 こんなとき、ツカサみたいに話してくれる人がいると救われる。

「で? 授業のほうは?」

「まだ大丈夫。わからないところは出てない。でも、今日はリハビリも授業も休んじゃったから、明日からの授業が不安……」

「……じゃ、今日の分、今から見ようか?」

「え……?」

「今日は一日寝てたんだろ? 身体、起こせるなら見るけど」

「本当?」

「……嘘ついて俺になんのメリットが?」

 嬉しくて飛び起きようとしたら怒られた。

「いい加減学習しろ。こっちも何度も同じことを言うのは疲れてきた」

 そんな言葉すら嬉しいと思う私は、何かおかしいのかもしれない。


 学校の授業は一教科五十分だけど、ツカサが教えてくれると不思議と三十分くらいで終わってしまう。

 理系に関しては二十分とかからなかったおかげで苦手な文系に時間を費やすことができた。

 三時間で七教科を終わらせることができるとは思ってもみなくて、全部が終わってから少し放心状態だった。

「九時か……。今日はもう寝たら?」

「ん……遅くまでごめんね。ありがとう」

「不安は?」

「……なくなった」

「そう。じゃぁ、帰る」

「ありがとうっ」

 ツカサはチラとこちらを見て、「早く寝ろよ」と病室を出て行った。

 静かに閉められたドアを見て思う。

「……どうしよう」

 会うたびに、話すたびに好きになっちゃう。

 ただ勉強を教えてもらっただけなのに、ただ普通に接してもらえただけなのに。

 それだけなのに、すごく嬉しい。

 すごく嬉しくて、すごく困る――。

 好きな人がいると嬉しいと思うことが増える反面、それと同じくらい困ることが増えてしまう。

「好き」の気持ちは下り坂を走る滑車のよう。どんなに緩やかな下り坂でも、滑車に積まれるものが増えるたびに速度が増す。

 このまま速度が上がったらブレーキが利かなくなってしまう。

 どうしたらいいんだろう――。

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