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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
63/117

63話

 リハビリが始まる前日、日曜日は家族揃ってお見舞いに来てくれた。

 時間はお昼時。「消化のいいもの」ということ以外にはとくに食事制限がないため、お母さんと唯兄がお弁当を作ってきてくれたのだ。

 テーブルの上に広げられたおかずの中から卵焼きを選んで口に運ぶ。と、慣れ親しんだ出汁巻き卵の味に頬が緩む。けれど、あまりたくさんのものを食べることはできなかった。

 家族揃ってのご飯は久しぶりなのに……。

「胃の調子よくないの?」

「ううん、胃は痛くないし気持ち悪くもないよ」

「味、濃すぎたかしら?」

 お母さんは煮物のサトイモを口に入れて首を傾げる。

「ううん、味は濃くないし美味しい。ただ、一度には食べられそうにないから、少しだけ取り分けて冷蔵庫に入れてもらってもいい?」

「それはかまわないけど……。もう少しだけ食べない?」

 私が困っていると、唯兄がお味噌汁を勧めてくれた。

「これ飲んだらちょっと外に行こうよ」

「うん……」

 お母さんとお父さんは心配そうな顔をしていたけれど、蒼兄と唯兄は何か思うところがあったのか私を外に連れ出してくれた。

 外、と言っても正しくは屋上。

 セキュリティの問題から屋上の方が都合が良かったのと、屋上には屋外につくられた屋内があるから。

「さっみー……」

 エレベーターを降りて外に出ると、唯兄がブルブルッと身を震わせた。

「翠葉、寒くないか?」

「うん。冷たい風が気持ちいいくらい……」

「でも、冷えは禁物! ここで風邪とかひいたらしゃれんなんないよ」

「そうそう、明日からリハビリ始まるんだし」

 ふたりに連行されるようにエレベーターホール裏にある屋内へと移動した。

 ガラス張りの屋内は外同様寒いものの、エアコンを入れると十分とかからないうちに空気があたたまる。

 ブゥン、とエアコンの音がしている中、口火を切ったのは唯兄だった。

「さ、お悩み相談と参りましょうか?」

 最初から話を聞くために外へ連れ出してくれたのだろう。

 ありがたいのに、何から話したらいいのかがわからない。

「んーと……本当は訊かなくてもわかってんだけどさ」

 唯兄が私の頬をツンと人差し指でつついた。

「補習の件でしょ?」

 私はコクリと頷く。

「ホントはさ、パソコンのセッティングには俺が行くはずだったんだ。なのに、前日になって急に秋斗さんが行くって言い出したから、理由はしっかり白状させましたとも」

 唯兄を見てから蒼兄を見ると、

「俺も唯から聞いて知ってた」

「そっか……」

「で、何悩んでんの。別にどっちが来ても大丈夫でしょ?」

 確かに、秋斗さんが来てもツカサが来ても大丈夫だ。問題があるわけではない。

「秋斗さん、リィから連絡があったほうが先生しに行くって言ってたけど、それだって別に困ることじゃないでしょ?」

 それも肯定。

 どちらかを選ぶことができないのなら、秋斗さんが言ったように交互に教えてもらえばいいだけの話。どちらを先にするかは先着順でツカサからお願いすればすむことだ。

 どうものごとを運ぶかは自然とはじき出されるし、そのとおりにしか私は動けないだろう。

 そのことに困っているわけでも悩んでるわけでもなかった。

「あのね……自分の気持ちに困ってる」

「どういう意味?」

 すぐ合いの手を入れてくれる唯兄に思わず笑みが漏れた。

 こういうとき、蒼兄は何も言わずに目を見て話を聞いてくれる。唯兄は話が前へ進むように合いの手を入れてくれる。どちらも私には必要なもの。

「……自分がずるくて困ってる」

「具体的に言おうよ」

「……ツカサが補習見てくれるって聞いたとき、びっくりしたけど嬉しかったの。でも、素直に喜んじゃいけないことだった」

「どうして?」

「私……どちらも選ばないって決めたでしょう? ツカサとも秋斗さんともずっと一緒にいたいから、どちらも選ばないって決めたのに……」

「うん」

 ふたりを交互に呼ぶことで公平にはなるのだろう。物理的にはそれでいいのだけれど――。

「心がね……半分にならないの」

「……心?」

 私は小さく頷いた。

「秋斗さんに教えてもらうのは困らない。お仕事もあるのに申し訳ないなって思うくらい。それはツカサに対しても同じなんだけど……。でもね、ツカサには嬉しいって思っちゃうの。会えることや話せること、一緒にいられることが嬉しいって思っちゃうの。同じように教えに来てくれるのに、私の心が同じじゃない……。だから、困る」

「はぁ……」

 斜め前に座る唯兄が大きなため息をついた。

「あんちゃん、バトンタッチ。俺、ここまで欲のない子になんて言ったらいいのかわかんない」

「そう? 俺は逆かなって思ったけど?」

「逆って!? これで欲があるって言うならあんちゃんの頭ん中割って見せてほしい」

 言いながら、唯兄は戦線離脱してしまった。

 恐る恐る蒼兄を見ると、どうしてかとても穏やかな表情で私を見ていた。微笑しているようにも見えるけれど、

「どうして……笑っているの?」

「新鮮だから、かな? ……別の言葉を使うなら、変化」

「……変化?」

「うん。……記憶が戻ってから、誰が好きって類の話は避けてきただろ?」

 改めて言われて顔が熱くなる。

「いい傾向だと思うよ」

 いくらいい傾向だと言われても、私は困っているのだ。

「私、困っているのに?」

「……しようと思えば助言はできる。でも、もう少し悩んでみたら?」

 正直、これ以上悩みたくないと思っている自分がいる。でも、蒼兄に「悩んでみたら?」と言われるのは初めてのことだから、少し考えてしまう。

「罪悪感を持ちすぎて胃に負担がかかるのはよくないと思うけど、たぶん……その悩みは近いうちに答えが出るよ」

「……本当に?」

 蒼兄はゆっくりと頷いた。

「そうか……こういうときはそういう対応するわけね」

 ボソボソと唯兄が呟く。

「ねぇ……訊いてもいい?」

 ふたりは「何を?」という顔をした。

「好きな気持ちは会うたびに大きくなってしまうものなの? 小さくはならないの?」

 ツカサに会うたびに気持ちが膨らむ気がして、そういう意味では会うのが怖いと思う。

「それはですね……時間かけて人体実験してください」

「え?」

 唯兄の突飛な回答に何を言われたのかと訊き返す。

「だから、自分で確かめてみなってこと。それは人に訊かなくても自分で知ることができるものだから」

 唯兄の言葉に蒼兄も同意した。

 この日の兄妹会議はいつもと少し違う形で幕を下ろした。

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