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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
52/117

52話

 朝食のとき、レストランフロアを見渡したけれど朗元さんの姿はなかった。

 誰に訊いたら教えてもらえるだろう……。

 少し考えて静さんに声をかけた。

「おはようございます」

「おはよう」

「あの――」

 私が何を訊こうとしているのかすでに見当がついているような面持ち。

「会長かな?」

「はい……」

「翠葉ちゃんはご年配の方の生態を知っているかい?」

「え……? いいえ」

 静さんは珍しく苦笑を見せた。

「会長は毎朝五時には起床して六時前には朝食を済ませるんだ。今は部屋で招待客のリストか業績報告書に目を通しているんじゃないかな?」

「そうなんですね……。ありがとうございます」

 この場にいない理由を知ったからといって、どこにいるのかを知ったからといって、今すぐ会いに行けるわけではない。

「翠葉ちゃんはまず朝食を摂らないとね?」

 にこりと笑いかけられ、「はい」と答えて家族のいるテーブルへと戻った。


 朝食が済むと、スタッフの誘導でビューティーサロンへ向かう。昨日と違うことと言えば、一度に五人が移動したこと。

 私とお母さん、湊先生と真白さん、紅子さんがサロンでスタイリングしてもらい、栞さんと柊子先生はゲストルームで着付けを済ませてからサロンに来るという。なんでも、お母さんと湊先生のスタイリングには時間がかからないから、という理由でそうなったのだとか。

 ブースに入ると昨日と同じ人が担当だった。

 挨拶を済ませ、仰々しい回転椅子に座る。と、横からヘアアレンジ集を差し出された。

「どうなさいますか?」とは訊かれない。

「こちらにお気に召す髪型があると良いのですが……」

 少し控え目に、けれど私が困らないよういくつかに付箋がついている。

「今日のドレスも素敵ですね」

 ブースの壁には優しい藤色のドレスがかけられていた。丈は膝あたりだろうか。

 スクエアネックの縁取りとハイウェストの切り替え部分だけにシャンパンゴールドのビーズ刺繍があしらわれており、ほかにはこれといった飾りは付いていない。

 薄いオーガンジーを何枚も重ねたドレスは、空気を含んだようにスカートの裾が波打っていた。それが示すのは、生地がたっぷりと使われたフレアスカートということ。

 ストールもドレスと同じようにビーズ刺繍が施されていた。

 これらは静さんからの贈り物。私がなかなかホテルを利用しないことを理由に、「こんなときくらいはプレゼントを贈らせてほしい」と言われたのだ。

「首周りのデザインを気にすることもございませんので、今日はアップスタイルに拘ることなくお選びいただけます。こちらのスタイルはいかがでしょう?」

 指先をきれいに揃えた手が示したのは、肩下から髪の毛がクルクルと巻かれており、サイドの髪の毛のみを編みこんだものだった。

「はい。お願いします」

 まずはホットカーラーで髪の毛を巻く作業から。

 スタイリストさんの手先をぼんやりと見ているとノック音が聞こえ、鏡に映るドアにお母さんが映りこむ。

「私と湊先生は支度が済んだからティーラウンジにいるわね?」

「はい」

 隣のブースからも同様の会話が聞こえてくる。湊先生が真白さんに声をかけていたのだ。

 すっかりと熱の取れたカーラーを全部外し終わると、美容師さんは薬指で器用に髪の毛を掬って編でいく。最後にピンで一箇所留めたあと、髪全体にハードスプレーをかけられた。

 ドレスに着替え終わると、用意されたシャンパンゴールドの靴を履く。

 履く前から気づいてはいた。昨日履いた靴よりヒールは低い。けれど、ピンヒールの細さに拍車がかかっている。

 正直苦しい――苦しいけれども用意されたもの以外に履くものはない。

 私は覚悟を決め、姿勢を正し一歩を踏み出した。


 ストールを羽織りブースを出ると、同じタイミングで支度の済んだ真白さんと鉢合わせた。

「あら、かわいい藤の精だこと。湊も翠葉ちゃんくらい着飾ってくれると嬉しいのだけど……。さっき顔を出したあの子ったら、ブローしかしてもらってないのよ?」

 真白さんは残念そうにため息をつくけれど、私は湊先生らしいと思った。

 結婚式だった昨日だけが特別で、ブローしかしていない今日は平常運転。

 真白さんは藤の模様が美しい着物を着ていた。帯留めと髪飾りも藤を模った七宝焼きのよう。銀色の帯が豪奢に見えるけれど、全体のバランスがとても良く、上品な真白さんの雰囲気を引き立てているように思う。

 真白さんとビューティーサロンを出ると、ちらほらと招待客の姿があった。

 サロンに入る前は私たち以外にはパレススタッフしか見かけなかったのに、今は通路に数人、ティーラウンジは着飾った人で賑わっている。

 あたりを見回すと、和装の人もいれば洋装の人もいる。年齢の幅も広く、目に飛び込む煌びやかな装いに火花が散りそうだ。

 私は真白さんに遅れないように、そして転ばないように気をつけて歩く。

 中には真白さんに気づき声をかけてくる人もいる。真白さんは手短に挨拶を済ませ、そのたびに「ごめんなさいね」と私を振り返る。私は「いいえ」と答えながら、場違いな空気をひしひしと感じていた。

 今までパーティーに出たことがないわけではない。お父さんとお母さんが招待された小規模のパーティーには数えられる程度だけれど出席したことがある。

 けれどもこれは――規模が違いすぎる。

 ティーラウンジは目と鼻の先だというのに全く前へ進めない。

 もしかしたら、私がいなければ真白さんは挨拶だけで終わりにする必要はないのではないだろうか。

「真白さん、私――」

 ひとりでティーラウンジへ行く旨を伝えようとすると、手を握られ困ったような笑みを向けられた。

「ごめんなさいね。私、選択を誤ったみたい。あのままサロンで涼さんが来るのを待っていたらこんなことには……」

「いえ、あの……私がご迷惑をおかけしている気がしたので」

 言うと、クスリと笑われた。

「あら……逆よ? とても助かっているの」

「え……?」

「私ひとりでは話を切り上げる口実がなくて困ってしまうわ」

 思い返してみると、真白さんは私を待たせているから、という理由で話を切り上げていた。

「私、こういうパーティーは苦手なの」

 肩を竦め、

「私を助けると思って一緒にいてくれないかしら?」

 とお願いされた。

 サロンへ引き返すことも考えたのだけど、その道も険しいことを知る。私たちは顔を見合わせ苦笑しながら先へ進むことに決めた。

 しかし、数歩歩けば新たに声をかけられ足を止める羽目になる。自分が助けになっているのかは甚だ怪しい。

 そこへ、「真白さん」と涼先生が現れた。

「迎えに来るのが遅くなり申し訳ございません」

 言いながら真白さんの手を取り、

「そちらの藤の精の手も私に預けていただけますか?」

「えぇ、喜んで」

 真白さんが答えると、私の右手はバトンか何かのように涼先生へ渡された。

 涼先生がエスコートを始めると、声をかけてくる人がいても立ち止まることはなくなった。

 真白さんは少し得意げに、

「涼さんがいると向かうところ敵なしなのよ」

 とても嬉しそうに笑う。

「……パーティー開始時刻までにはまだ時間があると思っていましたが……」

 真白さんが零すと涼先生が答えた。

「静くんと湊の結婚を知った親族が早くに押しかけてきましてね、ふもとのウィステリアホテルでそのことを知った招待客も我先にと押しかけて来ているようです。現在、パレス周辺の幹線道路がすっかり渋滞してしまい、近隣の方々にご迷惑をおかけしている状況だとか」

「まぁ……どうにかならないものでしょうか?」

「静くんの指示で、午後、もしくは夕方からの招待状をお持ちの方にはお越しいただいても私有地入り口でお引取り願っている旨が通達されたようです。すでにパレスにいらっしゃった方でも時間になるまでは会場入りすることはできず、会長と静くん、湊とは面会できない手はずを整えたのだとか」

「頼もしいですね」

「いえ、もう少し早くに対処できたのではないかと思っておりますが……」

「あら、花婿さんが相手だからですか? 少々手厳しい気がいたします」

「そうでしょうか?」

「えぇ」

 会話を聞きつつ思う。真白さんと涼先生の会話はいつもこんな感じなのかな、と。

 丁寧に言葉を返すやり取りがとても新鮮に感じる。けれど、よそよそしいわけでも他人行儀なわけでもなく、そこにはきちんと信頼関係があることが感じ取れた。

「そうですね……。強いて言うならば、自分が蚊帳の外だったことに対して多少は憤慨しているかもしれません」

「蚊帳の外、ですか?」

「えぇ。本来、湊と静くんの結婚は外部に漏れる類の情報ではないでしょう? 漏れたのだとしたら、それは情報操作である可能性が高い」

「なぜそんなことを……?」

「……さぁ、どうしてでしょうね」

 言いながら、涼先生の顔がこちらを向く。

 私の左手は自然と胸に移動した。

 涼先生だとわかっているのに飛び跳ねるこの心臓をどうにかしてほしい。

「痛みますか?」

「いえ……」

 色々と違います、と顔を背けたくなる。

 わずかに視線を逸らした仕草が人を探しているように見えたのか、

「御園生さん……いえ、お母様の碧さんには先に会場へ向かっていただきました。ご家族も皆、すでに会場へいらっしゃいます。よろしければこのままエスコートさせていただきたいのですが……」

「……お願い、します」

 ぐぎぎ、と音が鳴りそうなくらい不自然な動作で首を戻す。と、クスリと笑われた。

「そんなにかしこまらないでください。何しろ、あなたは特別招待客なのですから。ほかの誰を気にする必要もありません」

「あの、特別招待客って……なんですか?」

「義父の誕生日である今日、藤色の衣装を身に纏えるのは現会長と次期会長の許しがある人だけです。その数はとても少ない」

 階段の踊り場に出ると、下のフロアを見るように促された。

「たくさん人はいるけれど、藤色のドレスを着ている人、ネクタイを締めている人はいないでしょう?」

 真白さんに尋ねられてコクリと頷く。

「昔から、藤色のドレスを着ている未婚女性は藤の精と呼ばれているのよ」

 さっきから何度となく「藤の精」と呼ばれるのにはそんな意味があったのか、と思いながら、残りの階段を上がり会場への道を進んだ。

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