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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
50/117

50話

 私たちの夕飯が終わる頃、蒼兄が海斗くんと楓先生と一緒に戻ってきた。

「翠葉ちゃん、コート着て外へ行こう」

 楓先生に誘われ、海斗くんはクローゼットを開けて、「翠葉のコートこれー?」と取り出す。

「え? あ、うん。それ……」

「楓先生、これって、もしかしてもしかしなくても、行った先には司っちと秋斗さんがいる系?」

「何系かは知らないけど……でも、確かに司と秋斗も待ってるよ」

 いつもと変わらない穏やかな調子で楓先生が答えた。

 私と唯兄は顔を見合わせてから蒼兄を見上げる。即ち、「ほかにも誰かいるの?」の視線。

「……ザックリ分けて、親チームはレストランの上、バーラウンジに移動した。で、子どもチームが外で食後のお茶やコーヒー飲んでるよ」

 唯兄はすぐにチーム分けができたみたいだけれど、私は少し考える時間が必要だった。

 私たちの両親は親チーム。きっと真白さんや涼先生、海斗くんのご両親も親チーム。あとは……栞さんと静さんのご両親も親チームだとしたら――。

「つまりさ、試験前の会食に集まるメンバーが子どもチーム」

 唯兄の的確な説明に、「なるほど」と思ったのは私だけではなかった。

「なるほど。そういう説明の仕方があったか……」

「ちょっとあんちゃん、しっかりしてよっ……ていうか酒飲んだ?」

「あぁ……お祝いの席では断れなくて。……におう?」

 蒼兄は自分の腕を引き寄せてクンクンする。

「いや、俺は気になんないけど……」

 ふたりの視線が私に向いた。

「え? あ……えと、アルコールの香りはするけれど――」

「大丈夫」と言う前に、蒼兄は一八〇度方向転換しバスルームへと歩きだす。

「蒼兄っ!? 違うっ、大丈夫だからって言おうとしたのっ」

 蒼兄の腕を掴み全体重をかけて引き止めた。

 アルコールの香りよりも、ツカサと秋斗さんのいる場所へ蒼兄抜きで行くことのほうが抵抗ある。

「蒼兄がいないと困るっ」

 動きがピタリと止まった。けれど、見下ろす目には逡巡の色が濃い。しばし見つめ合い、掴んでいた手を外される。

「……戻ってきたら絶対シャワー浴びるから。翠葉はそのデザート最後まで食べること。俺はその間にうがいだけしてくる」

 颯爽と歩きだし、トン、とバスルームのドアが閉まって皆が唖然とする。

「うがいだけはするって……これから彼女に会いに行くわけでもないのにさ」

 唯兄が言うと、楓先生と海斗くんが「ぷっ」と吹き出した。

「唯くん、ナイス突っ込み!」

「あははっ。確かにね! 口すすいでどうするんだろうね?」

 海斗くんと楓先生の笑いに私だけがついていけない。

「リィ、あんちゃんて結構飲める口だったよね?」

「うん……。家では日本酒が主だけど、お母さんと一瓶空けても意外と普通……?」

「あぁ、今日はワインや日本酒、結構あれこれ飲まされてるから、顔に出てないだけで意外と酔ってるのかもね。口臭を気にするならブレスケア的なものを飲むことを勧めるけど」

 楓先生は壁際に立つ御崎さんに視線を投げる。

 御崎さんはポケットから小さなケースを取り出し、蒼兄の入ったバスルームへと向かった。


 海斗くんに、「早く早く」と急かされ部屋を出たものの、私の足取りは重い。

 中庭は右手側にあると言うのに、視線は自然と左を向く。

「そんなに気にしなくても今日まではうちの人間と御園生家しかいないから大丈夫だよ」

 昨夜涼先生に言われたことと同様のことを楓先生に言われた。

 きっと、ルームウェアで部屋を出たことを気にしていると思われているのだ。でも、実際のところは昨日ほど気にしてはいなかった。なぜかと言うと、コートを着てしまえば中に何を着ているのかはわからないから。

 楓先生の笑顔につられて笑みを浮かべたものの、うまくは笑えなかったみたい。

「気になるのはほかのこと?」

 返事をすることはできなくて、代わりに下手な笑みは取り下げた。

 明日の朝までは家族以外の人に会うことはないと思っていたから、まさかこのタイミングで緊張を再装備することになるとは思っていなかったのだ。

「いつものあんちゃんなら、話が出た時点で断ってきそうなものだけど?」

 私の後ろを歩く唯兄が、その隣を歩く蒼兄に向かって発した言葉。今、私の左には海斗くんが、右には楓先生が並んで歩いていた。

「若槻くん、蒼樹くんは悪くないよ。断ろうと口を開いた蒼樹くんを遮ったのは海斗の大声だし、声をかけるだけかけてみちゃダメかな、ってゴリ押ししたのは俺だから」

「あれ? 意外。そのあたりは秋斗さんかなって思ってたんだけど」

「秋斗や司なら自分たちで迎えにくると思わない?」

「あー、それは確かに……。なんであのふたりじゃないんだろ?」

「それは、俺と楓くんのほうが断られる率が低い気がしたからじゃない?」

 海斗くんが得意満面で答えると、唯兄はあっさりと納得した。

 前列後列で会話をしつつ、楓先生は私に会話の主軸を戻した。

「さて、俺にわかることと言えば、うちの祖父のことか秋斗と司のことくらいだけど……。そのふたつのどっちかな? もしくは両方?」

 顔を覗き込まれて足が止まってしまった。

 楓先生は本当に秋斗さんとよく似ている。声と姿がとくに。さながら、ツカサと涼先生のよう。

 けれど、口調というよりは声の発し方? 話し方が少しだけ違うように思う。

「大丈夫。ここにいるのは楓先生だから」

 いつか果歩さんの病室で言われた台詞を思い出した。

 果歩さんは元気にしているだろうか……。訊きたくてもこの場では訊けない。すると、

「そういえばさ、じーちゃんが翠葉のこと気にしてた」

「え……?」

「ほら、夕飯に来なかったから」

「あ……」

「俺、じーちゃんが陶芸やってるのは知ってたけど、作品を売ってることや作家名までは知らなくてさ。翠葉、陶芸作家の朗元とは知り合いだったけど、俺らのじーちゃんってことは挙式のあとに知ったんだってな?」

 私はコクリと頷いた。

「そら、びっくりするわ。たぶん、俺が翠葉でも驚く。――驚くって言えばさぁ、翠葉は知ってたんだって?」

「え?」

「湊ちゃんと静さんの結婚式」

「あ……」

 伏せておかなくてはいけなかったとはいえ、やっぱり後ろめたさを感じてしまう。

「俺、湊ちゃんのウェディングドレス姿見るまで知らなかったし。ったく、何がパレスのお披露目? 湊ちゃんの誕生会? ……あ、後者は強ち外れてなかったか」

 そろり、と海斗くんを見上げると、ニカッ、と笑顔を向けられた。

「ドッキリとかサプライズってさ、楽しいんだけど衝撃力半端ないよな?」

 その次にはなんて言葉が続くんだろう。構えていると、

「お疲れさん」

 ポン、と手を頭に置かれた。

「祖父は翠葉ちゃんと会いたそうだったけど、明日があるからね。ディナーが終わってすぐに退席した。あと、司と秋斗のことだけど……」

 楓先生の言葉を海斗くんが継ぐ。

「翠葉、あのふたりのことはあんまり悩まなくていいと思うぞ?」

「え……?」

「なんて言ったらいいのかなー? んー……」

 海斗くんは天井を見ながら首を捻る。

「俺も楓くんも司も秋兄も性格は様々なんだけどさ、共通してることがひとつだけある」

「共通、点……?」

「そう。簡単に言うと『諦める』ってことが苦手。たぶんだけど、今まで何かを諦めたことはないと思う。むしろ、欲しいのに手に入らないなんて対象が現れたら間違いなく『固執』する」

 海斗くんが言った言葉の意味はわかる。けれど、それでどうして私が悩まなくていいことになるのかはわからない。

 じっと海斗くんを見ていると、楓先生が補足してくれた。

「翠葉ちゃんが司を選ぼうが秋斗を選ぼうが、もしくはふたり以外を選ぼうが、あのふたりが翠葉ちゃんを諦めることはないかもね、って話かな」

「そういうことっ!」

 軽快に、「そういうこと」と言われても……。

「ほらほら」と海斗くんに引っ張られて中庭に踏み出す。と、後ろから唯兄の笑い声が聞こえてきた。

「なんかさ、大変残念なお知らせっていうか、お告げをされちゃった感じ?」

 唯兄は笑いを無理やり引っ込め「コホン」とひとつ咳払いをすると、

「粘着質なストーカーにお困りの際には藤宮警備にご依頼ください」

 声高らかに言い放った。

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