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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
45/117

45話

 ぎこちないまま、サロンの前でツカサと別れた。

 サロンのカウンターは通路に面しており、中に入るとブースごとに分かれている。

 通されたブースにはふたりのスタッフが待機していて、ひとりは美容師さんでひとりはアシスタントさん。

 ブース内には今日着るドレスも用意されていた。

 自己紹介を終えると、髪型をどうするか尋ねられる。

「とくには考えてなくて……」

「こちらにお好みの髪型はございますでしょうか?」

 あらかじめ用意されていたヘアアレンジ集には数ヶ所に付箋がつけられており、そのページにはロングヘアのアレンジが記載されていた。

 どれも華やかですてきだと思う。けど、自分に似合うかはわからない。

 カタログを閉じ、

「すみません……。お任せしてもいいですか?」

 美容師さんはにこりと笑う。

「かしこまりました。ドレスがホルターネックですので、首が見えるスタイルがよろしいかと思います」

「はい……」

 鏡には私と美容師さんだけが映っている。

 鏡越しに美容師さんの話を聞いては愛想笑いを返して頷く。

 こうやって人に決めてもらうのはなんて楽なんだろう。自分で選ぶ自由があり、複数の選択肢を提示されたにも関わらず、私は選べない。

 選べないのか選ばないのか。

 たった一文字の差だけどこの差は大きい。

 私に意思はあるのかな――。

 鏡に映る自分が、意志薄弱な人間に見えた。


 思考の魔手は伸びたい放題。あっという間に心の本棚から「ツカサ」という本を取り出し広げてしまう。

 ツカサにどう思われただろう……。さっきの私はどう映っただろう。

 怒ったかな? 呆れたかな? 嫌われた、かな……。

 手が離れたあとはツカサの後ろ姿を見て歩いた。

 それを望んだのは自分なのに、どうしてか寂しかった。

 会話がないと、雪が降っているときみたいに音がなくなる感覚に陥る。

 だから、音がなくならないように話しかけ続けた。

 話しかけるといっても、私に思いつく話題はそれほど多くない。

 湊先生の誕生日が今日であることを知らなかった、とか。ブルースターがきれいでかわいかった、とか。

 そんなことを一方的に話し続けた。

 ツカサは、「あぁ」とか「良かったな」とか。そんな相槌を打ってくれていた。こちらを振り返ることはなく。

 きっと、私が困ると言ったから……。だから振り向かないでくれたのだと思う。

 私が望んだことなのに。寂しいと思うなんて自分勝手にもほどがある。

 矛盾してるうえにわがままなんて救いようがない。

 私はいったいどうしたいのかな。

 顔を見たいの? 見たくないの?

 声を聞きたいの? 聞きたくないの?

 一緒にいたいの? いたくないの?

 秋斗さんもツカサも、どちらも失わないための選択をしたつもりだし、実際何も失っていないのに、うまくいっている気もしない。

 どうしてこんなにも普通に振舞えないのか……。

 もっと普通に、そうは思うのに、どうしてできないのかな。

 ――好き、だから?

 この気持ちがなければ寂しいと思うことも、こんなふうにギクシャクすることもなくなるのだろうか。

 もしそうなら、どうしたらこの想いを諦められるのだろう。

 どうしたらこの想いは跡形もなく消えてくれるのか……。

 急に目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとした。

 どうしよう……胸が苦しくて涙が零れそう。

 咄嗟に目を瞑る。と、


 ――「わしは好きという感情が、意思でどうこうできるものとは思えんでのぉ」。


 朗元さんの言葉を思い出して、頭が真っ白になる。

 自分の意思ではどうすることもできないものがある。それはこの身体で嫌というほどに知っていた。

 でも、この気持ちがそれに属するものとは思いもしなかった――。


「先ほどすてきな髪飾りが届いたんですよ」

 美容師さんに声をかけられたときにはヘアメイクが粗方終わっていた。

 鏡には正面しか映らないけれど、どうやら全体的に編みこまれているみたい。最終段階なのか、美容師さんが編みこんだ髪を左サイドで器用にピンを使って留めていく。

「こちら、湊様からのプレゼントです」

「え……?」

 アシスタントさんが見せてくれたトレイにはブルースターが並んでいた。

「生花の髪飾りです。私どもはドレスに合わせてシルバーと淡い水色のリボンをご用意していたのですが、湊様がお嬢様のドレスをご覧になられて、こちらの生花をヘアアクセサリーにするようにと承りました」

「かわいい……」

「きっとお似合いになられますよ」

 小さな花をカットした先にワイヤーがつけられ、丁寧にフラワーテープが巻かれている。

 顔周りに残してあった髪の毛をコテで巻き、頭全体にハードスプレーをかけたあと、ブルースターが髪に飾られヘアメイクは完成した。

 鏡を持ち後ろを見せてもらうと、サイドふたつとセンターの三パートに分けて髪が編みこまれており、左サイドできれいにまとめられていた。くるくるとまとめられた部分にブルースターの髪飾りが差し込まれている。

「お気に召しましたか?」

「はい、とても……。ありがとうございます」

「お顔はいかがなさいますか? フェイスパウダーを少しはたいて、こちらのグロスなどいかがでしょう?」

「……お任せしてもいいですか?」

 うかがうように美容師さんを見ると、控えめな笑みを添えて「かしこまりました」と言われた。

 さっきと同じやりとり――。

「……あのっ」

「なんでしょう?」

「あの……血色よく見えるようにしてもらえたら嬉しいなって……」

「かしこまりました。ピンクのチークをのせましょう」

 人任せに変わりはない。けれど、ひとつでも自分の意思とわかるものが目に見える場所に欲しかった。

 メイクが終わるとクロスを外されブースの隅にあるフィッティングスペースへ案内される。

「リボンはこちらで結ばせていただきますので、お支度がお済みになりましたらお声かけください」

「はい」

 着ていたワンピースを脱ぎ、ハンガーにかかっているドレスを身に纏う。

「水色にして良かった……」

 どう考えても、今の私にピンクほど似合わない色はないと思うから。

 カーテンを開きリボンを結んでもらうとボレロを羽織ってブースを出た。


 先に支度が終わったお母さんは、サロンの向かいにあるカフェラウンジで待っていた。

 細長いカフェラウンジの中ほどで、ひとりティーカップを傾けている。

 お母さんが着ていたのは胸元のドレープが美しい、光沢あるサーモンピンクの膝丈ドレス。

 昨日はシャンパンゴールドで今日はサーモンピンク。

 普段はモノトーンの洋服ばかりだから少し新鮮。

 私に気づくと、丁寧に巻かれた髪の毛が顎のあたりで軽やかに揺れた。

 近くまで行きブルースターの髪飾りを見せると、

「あら、かわいい。どうしたの?」

「湊先生からのプレゼントなの。私はプレゼントのひとつも用意していないのに――」

 お母さんはクスリと笑う。

「幸せだとね、誰かに幸せを分けたくなるものなのよ。きっと、湊先生もそうだったんじゃないかしら? あとでお礼言いなさいね」

「はい」

「お茶、飲む?」

「ううん、少し休みたい」

「体調悪い……?」

「そういうわけじゃないけど……今日は午後もあるから」

「そうね。でも、身体がつらいと思ったらすぐに言うのよ? 検査結果もあまり良くなかったんだから無理は禁物」

「わかってる……。湊先生の大切な日を台無しにはしたくないもの」

「それもあるけど、そういうことじゃなくて……」

「うん、それもわかってる」

「本当に?」

「本当に」


 ゲストルームに戻ると唯兄が髪の毛をスタイリングしているところだった。

 それを蒼兄とお父さんがポカンとした顔で見ている。

 唯兄はワックスらしきものを指に取ると手の平に伸ばし、髪全体に馴染ませては毛先をつまんで捻ってを繰り返す。と、ふわっとしていた髪の毛に束感が出て、毛先のくるんとした感じがより強調された。

 ウェットな感じがちょっと新鮮。

「あんちゃんは? いじんないの?」

 蒼兄は苦笑しながら手にした細長いスプレー缶のようなものを振っている。

「多少は整えるけど、唯ほどには作りこまないよ。ハードムースで後ろに流す程度」

「まぁね。そんだけサラサラの髪質ならいじらんでもいいでしょうよ」

「何、唯のそれって自毛?」

 お父さんが訊くと、

「そっ。パーマとかかけてないし、カラーもやってないよ。もともとの髪がこんなんなの。もっとも、あんま信じてもらえないけどねっ」

 一束つまんで離すと、髪はごく自然にもとの場所へクルンと戻った。

「ふわふわしているのも好きだけど、スタイリング剤で癖をいかすのも格好いいね」

 背後から声をかけると、パァッと明るい顔がこちらを向く。

「リィっ、おかえり! わーわーわー! かわいくしてもらったね?」

 私の周りをくるくる回って褒めてくれる。

「サラサラストレートもいいけど、まとめ髪もいいっ! あっ、これ生花だね? お化粧もした? したよね? 血色よく見えるしさくらんぼみたいなグロスも似合ってる! ドレスの色も水色で良かったかもね」

 たまに思う。唯兄は純日本人だろうか、と。

 目にしたものを片っ端から褒め称えるそれが日本人ぽくない気がする。でも、唯兄はいたってナチュラルなのだ。

 褒められて嬉しいと思うより困ってしまった私は、お父さんと蒼兄の前を横切り、窓辺に置いてあるひとり掛けソファーに靴を脱いで上がりこむ。

 こういうとき、しわのつきにくい生地はとてもいい子だなと思う。

 足を抱えて背もたれに身体を預けると、

「具合悪いのか?」

 蒼兄がソファの前に膝をつき、私のことを見上げていた。

「ううん。でも、今日は一日が長いでしょう? だから、本格的始動までは省エネ運転」

 視線を合わせ笑みを添えて答えると、「そっか」とほっとした表情になる。

 柔らかくなった表情に、改めて蒼兄の笑顔が好きだな、と思った。

 たぶん、蒼兄の笑顔はハーブか何か、沈静効果のある植物からできているに違いない。

 ほどよく力の抜けた私は、蹲ったまま目を閉じた。

 何も感じないように、何も考えないように――。

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