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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
40/117

40話

 二時間のディナーを終えゲストルームに戻ってくると、それぞれ着替えを済ませ、楽な格好でひとつのテーブルに集う。

「はぁ……」

 声を出してため息ついたのは唯兄。声は出さずにため息をついたのは私。

「唯も翠葉もお疲れ様」

 お母さんがコトリ、と音を立ててカップをテーブルに置く。

「なーんであんちゃんと俺の席反対じゃなかったかねっ!?」

「面識ある人を近づけた結果だろ?」

 さらりと答えた蒼兄に噛みつく勢いの唯兄。

「いやいやいやいやっ、面識あっても社長と一社員ですからっ。上司と部下っ、頂点と底辺っ」

 ガウガウ吼える唯兄をニコニコと見守るのは、少しお酒が入って機嫌がよくなっているお父さん。優しくいなしたのはお母さん。

「唯も翠葉も、食事を楽しみなさいって途中で伝えたのに」

「そんなこと言われたところで純粋に食事だけを楽しめる神経は持ち合わせてませんっ」

 唯兄の意見に深く頷くと、

「あら、残念」

 お母さんは全く残念ではなさそうにコロコロと笑った。

 カモミールティーを一口含み、今一番の疑問をここをつくったふたりにぶつける。

「お父さん、お母さん。……今日のテーブルはどこが末席だったのかな。そもそも末席ってあったのかな」

 私の質問に、「おっ!」とお父さんが目を輝かせた。

「蒼樹と唯は今日のテーブル見てどう思った?」

 私が訊いた質問を少し変えて上ふたりの兄に尋ねる。

「俺、パースっ。だって、マナーとかそういうの詳しくないもん」

「別にマナーの勉強させようっていうんじゃないよ。だから唯もちょっと考えてみて」

 早々に戦線離脱しようとした唯兄に声をかけ、家族の輪に戻したのはお父さん。

 まるで、首根っこ掴まれてひょいっと持ち上げられた猫のよう。

「考えるって言っても――」

 唯兄は口をとがらせブツブツと口にする。

「座敷かなんかで上座下座があるならともかく、レストランだからそれはないんでしょ?」

「そう。ないんだ」

 お父さんは嬉しそうに答える。

 次に口を開いたのは蒼兄。

「通常、レストランなら壁際に女性、通路側に男性。より美しい景色が見える側に女性をってレディーファーストの概念もあるけれど、今日のテーブルセッティングだと――」

「それもなかったな」

 やっぱりお父さんがご機嫌で答える。

 思い返してみても、横に長いテーブルはホールの真ん中に位置しており、唯一壁と言える場所に面していたのは人が座っていないテーブルの側面のみ。

 出入り口は二方向にあったため、どちらが末席とも判断しがたい。

 考えても考えても答えは出てこない。

「あ……」

 蒼兄がはっとしたような顔でお母さんに耳打ちする。

「はい、蒼樹正解」

 お母さんと蒼兄は嬉しそうに笑った。

「蒼樹、何かヒントあげたら?」

 お母さんの言葉に、首を少し傾げて考えているふうの蒼兄。

「そうだなぁ……。父さんが言うように、確かに末席はなかった。でも、人を招くための席はあったんだ」

「うへぇ……まるでなぞなぞじゃんか」

 ラグに転がる唯兄を見て、

「こういうの、唯は得意だと思ったのに」

 お母さんが言う。

「え? 何? 屁理屈OKなの?」

「えぇ、ダメなんて誰が言ったの?」

 唯兄は急に飛び上がり、お母さんよりも近くにいたお父さんに答えを確認する。もちろん、私に聞こえないように耳元で。

「ほーい! 唯も正解。ほら、翠葉頑張れー」

 無邪気に応援されても困る。

 何せ、これはもともと私が自分では答えが出せなくてお父さんたちに訊いた質問なのだから。

「ほら、今度は唯からヒント出してあげなさい」

 唯兄は水を得た魚状態にまで復活していて、にこりと笑ってこう言った。

「今回招いたのは誰でしょう? 招かれたのは誰でしょう?」

 パレスへ来たのは湊先生と静さんの結婚式に招かれたから。

 でも、今日の晩餐会にそれが通用するのかは怪しい限りだ。

 もし仮に通用したとしても、湊先生がいた場所はひどく中途半端な位置だし、招待した人が湊先生ならば、湊先生以外の全員が招待客となる。

 ご両家が招待する側と考えるならば、テーブルの半分できれいに分かれるけれど、円形の空間に置かれたテーブルの上座下座をどうやって決めたのか、という謎は解けない。

 うんうん唸っていると、

「じゃぁ、少し言い方変えてみよっか? 何に招かれて、どこにいたの?」

 唯兄、「誰」が「何」に変わっただけ……。

 何度考えようとも、やっぱりここへ招いてくれたのは湊先生と静さんという答え以外はしっくりこない気がする。

 それに少し補足するなら、私たちは両親が静さんの友人であることから、新郎側に招かれたことになるそうだけれど……。

「どこにいたの?」に対する答えは「レストラン」以外にないと思う。しかも、テーブルの真ん中と言っても過言ではない席。

「……あ、れ……?」

 今、ふと感じた違和感はなんだろう。

「リィ、もうちょいっ!」

 お父さんはその違和感が大事だと言う。

「翠葉。ここはプラネットなのよ?」

 プラネット――。

 言われて即座に施設案内図を頭に思い浮かべた。

 プラネット、と強調されるからには施設全体から見直したほうがいいのだろう。

 レストランが位置する場所は惑星の真ん中。

「……真ん中?」

 太陽は確かに惑星の中にある。そして、太陽のさらなる真ん中は「核」だ。

 回りにあるのは……「惑星」――。

 ……否。「惑星」よりもっと近くにあったものは、

「藤、宮……?」

「はい。さっきの俺のヒントに答えてみて?」

 唯兄に言われ、

「藤宮、に招かれて――真ん中、にいた」

 言葉遊びのようなパズルがきれいに埋まった。

「ここはどこまでも丸い空間で惑星なんですな。その惑星の象徴とも言える場所、太陽の中では周りを囲まれたものが核になる。つまり、藤宮に囲まれちゃった俺たちが招かれた客だったわけですよ。円には始まりも終わりもなくて、ゆえに末席も存在しない。それが今日のテーブルセッティングの答え」

 お父さんが嬉しそうに話すのは、作意性を持ってつくったものだから? それとも――。

「お父さん、この席次を考えたのは誰……?」

「静と湊先生」

 やっぱり――。

「翠葉、そこで騙されちゃダメよ?」

 お母さんに先走る考えを制される。

「栞ちゃんに結婚式を気づかれないよう、かつ、両家が近くなるように。それでいて、面識ある人間同士を隣接させ、子供と大人を寸断させず、家族を切り離さない配置……。そんなわがままな席次はあれ以外にあり得ないの」

 それが示すものは何……?

「こうであったら嬉しいと思って作ったものをプレゼントして、その意中をしっかり汲んでくれる親友で嬉しいっ! それだけっ!」

 お父さんはパタンとベッドへ横になり、そのままむにゃむにゃ言いながら眠ってしまった。

 家族一大きな身体をお布団の中に入れるのは、残り四人総出の大作業。

 ベッドの上でお父さんを転がし、カバーを剥がした部分に再度転がし直す。

 蒼兄が手を止め、首を大きく捻った。

「母さん、俺……いや、翠葉は誰に騙されそうになった?」

「なんのことかしら?」

 クスクスと笑いながら、お母さんはお父さんに毛布をかける。

「だって、意中に嵌めるも何も――」

「あっ……そうじゃん。ここを作ったのが零樹さんなら、最初からオーナーはトラップから逃げられない設定でしょ?」

「そうね。……翠葉は誰に騙されそうになったと思ったの?」

 お母さんに訊かれ、咄嗟に口を衝いたのは静さんの名前。

「こんなもの作って……結果、あんな席次しか作れないような状況に追いやって。そこで気づいた人間たちが何をできると思う?」

「え……?」

「翠葉は零に騙されそうになったのよ」

 その言葉に唖然とする。

「翠葉も零みたいになればいいと思うわ。ポジティブ精神、極めたらすごいわよ? なんせ、自分のペース乱さず、思惑通りに嵌めた人間のことを『意中を汲んでくれる親友』なんて表現するんだから」

 そこまで言うと、お母さんは私と視線を合わせ笑みを深めて言った。

「見習いなさい」と。

 唯兄はベッドから少し離れ、両手を腰に当ててお父さんを見下ろす。

「人は見かけによらないっていうけど……。う~ん……。どう見てもいい人にしか見えない」

 ついには腰を曲げ、食い入るように見ては唸る。

「いや……いい人にしか見えない人間がこういうことやるから性質悪いんだろ」

 蒼兄がこめかみを押さえ、呆れたふうに口にした。

 そんなふたりを見てお母さんは楽しそうに笑っている。

 なんだか、私だけが圏外な感じ。

 圏外というか、取り残されちゃったような……そんな気分。

 テーブルに戻ってカップに口をつけると、ぬるくなったお茶が優しく口の中に広がった。

 よく知った香り、カモミールに癒されていると、お母さんが部屋のライトを一段階暗くした。

 すぐそこで寝ているお父さんを気遣ってのことだと思うけど、そうすることで外のイルミネーションがよりきれいに見える環境になった。

「で? 三人ともこのあとはどうするの?」

 お母さんに訊かれ、

「はいっ!」

 元気よく唯兄が挙手した。

「リィを連れて中庭ーっ!」

 決まっていることのように言うとドアチャイムが鳴った。

 ルームサービスは頼んでいない。……ということは、来客?

 四人顔を見合わせ、代表して蒼兄が出ると、

「おくつろぎのところ申し訳ございません」

 その声にドキリとした。

 蒼兄が半身をずらし、ドアの向こうに見えた人は涼先生。

 ツカサの声だと思った私はふっと肩の力が抜けた。ところが、

「御園生さん、診察をさせていただけますか?」

 言われて思いだす。

 先日、パレスで診察をすると、血液検査の結果を話すと言われていたことを。

「今、パレスに着いたばかりなもので、遅くなってしまい申し訳ございません。地下に医務室があるのでそこで診察しようと思います。ご両親には診察のあと、ティーラウンジでお話をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「よろしくお願いします」

 蒼兄とお母さんが頭を下げ、私は唯兄にポンチョを羽織わされた。

「ツリーは診察が終わってから見に行こう」

 それに異論はないけれど、ルームウェアにポンチョという格好でゲストルームを出ていいものか……。

「服装なら気にしなくても大丈夫です。今宵、パレスには身内しかいませんから」

 それは涼先生たち「藤宮」の身内であって、私の身内ではないのだけれど……と思いつつ、私は涼先生に背中を押されるままに部屋を出た。

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