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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
39/117

39話

 各々ワンピースやダークスーツに着替え、ランチタイムを過ごした建物へと向う。

 回廊がガラスでできていることから中庭も外庭も見ることができ、それぞれ趣向の違うイルミネーションを眺めながら歩く。

 ゆえに、なかなか前には進まない。

 外気との差ができればガラスは曇ってしまうはずだけれど、回廊のガラスはいたってクリアだ。

「お父さん……どうしてガラスが曇らないの?」

 訊くと、気温がマイナスになっても曇ることのない、特別な耐熱ガラスを使っているとのことだった。

 ほかにも、回廊を動く歩道にしようとしていた案や、作る直前まで考えていた案を教えてくれる。

「回廊が動く歩道だなんて楽しいのに……なんでやめちゃったの?」

 唯兄が残念そうに訊くと、

「いやー……素材や見かけの問題? ほら、あれってあくまでもベルトコンベアだからさ、こんなふかふかの絨毯じゃないわけよ。もし色をつけたとしてもやっぱりゴムに変わりはなくってさぁ……。まぁ、想像してみてよ。動く歩道に立つ花婿と花嫁を」

 言われて皆が無言になった。

 近未来的、というキーワードに動く歩道はありでも、新郎新婦が歩くには少々華やかさに欠ける。いや、欠けるなんてものではないだろう。いっそ清々しいまでにそぐわない。

 薄手の絨毯を貼り付けたベルトコンベアなら作れたかもしれない。けれど、やはり厳かな雰囲気からは程遠い気がするし、歩道が動くということは、自分の意思で止まることはできないのだ。

 それでは、せっかくの風景をゆっくり眺めることもできない。

「あとさぁ……右回り左回り――どちらか一方向だけだとプラネットを一周しないと目的地点にたどり着けないんだよ。だからといって両方作るとなると回廊の幅を広くする必要があるし、内側と外側が決定的に区切られることになる。せっかくガラス張りにして開放感を演出してるのに、その意味がまるでなくなっちゃうんだ」

 お父さんも残念そうに話しながら歩いた。

「いっそのこと回廊を二階建てにしちゃうとかは?」

「それも考えたんだけどさぁ、そうすると一階の天井が空じゃなくなっちゃうじゃん?」

「何当たり前のこと言ってるんですか……」

 ふたりの会話は噛み合っているようで噛み合っていない。

 そんな会話を聞きながらゆっくり歩いてレストランに到着。

 入り口に足を踏み入れると、日中とは全く違う雰囲気に息を呑む。

「びっくりした?」

 嬉しそうに訊いてくるのはお母さん。

「同じ場所でありながら、どれだけ違う顔を見せられるか――それが今回の私の仕事」

 自信に満ちた物言いに、なぜか自分まで誇らしい気持ちになる。

 ランチのときはカフェの雰囲気だったのに、今はレストラン。どこからどう見てもドレスコード必須のレストラン。

 でも、「レストラン」というよりも「晩餐会」という言葉のほうがしっくりくる。

 それはフロアの真ん中に大きな長方形のテーブルが陣取っているからほかならない。

 昼間、小島のように間隔を開けて置かれていたテーブルはどこにも見当たらなかった。

 テーブルには真っ白なクロスがかけられており、シックな藤色のセンタークロスが彩を添える。

 白い陶器のフラワーベースには深みある真紅のスプレーバラ。小ぶりではあるものの、蕾がほどよく開いた美しいバラのみが使われている。

 パッと見ただけでも豪華に見えるフラワーアレンジメントに、キラキラと光って見えるのは金粉ではないだろうか。

 花に気を取られながら近づくと、椅子も替えられていることに気づく。

 昼はメープル素材の木枠にベージュのリネンが張られた椅子だったけれど、今は焦げ茶の木枠に布はボルドーとブラックのツイード。

 色調がガラリと変わり、格調高くなったように見える。

「あと……あと何通りあるの?」

 シャンパンゴールドのワンピースを着たお母さんは肩越しに振り返る。

「企業秘密」

 言いながら器用に片目を瞑り、「ふふ」と笑った。

 突発的に思う。

 今のお母さんの表情を、私が見たこのアングルでお父さんに見せてあげたい、と――。


 先導するウェイターについて歩く。

 長いテーブルの一番端に案内されるのだろう。そう思っていた。

 けれど、ウェイターが示した席は端ではなく中ほどにある。

 テーブルにはウェルカムカードが置かれており、それぞれに名前が書かれていた。

 左に唯兄、右に蒼兄。私の正面にお母さん座り、お父さんは唯兄の前に座った。

 唯兄とお父さんの隣には空席が二つずつの計四席。蒼兄の右側には三つ、お母さんの隣は四席空いている。

 テーブルセッティングがされているということは、誰かのために用意された席であるということ。

 その席に誰が座るのかは少し考えればわかることだった。

 このパレスは多くの人が泊まれるつくりではないし、明日の式に出席するのはごく身内と聞いている。

 だとしたら――。

 想像を文字に変換しようとしたとき、私たちが入ってきた入り口とは反対側から数人の話し声が聞こえてきた。

 手に嫌な汗を握る。

 緊張を和らげようと、目の前にあったワイングラス型のキャンドルホルダーを見つめる。

 ゆらゆら揺れているものを見たら、程よく力が抜けそうで――。

 でも、グラスの中に灯る炎は小さくて、人の動きをいちいち感じ取って揺らぐから、余計に動揺が大きくなる。

「こんばんは」

 かけられた声にはじかれるように顔を上げる。まるで、振り代を振り切ってしまった錘のように。

 そこにはドレスアップした栞さんと昇さんが立っていた。

 ふたりの姿にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。さらなる気配を感じ反射的に身体が動く。

 ごまかしようもなく、音のする方を見てしまった。

 赤い絨毯を進んできたのは秋斗さんと海斗くん。ツカサと湊先生の後ろに真白さんと柊子先生、それから知らない女性がひとり、男性ふたり。

 スーツを着たツカサと目が合った次の瞬間、自分のすぐ側まできた秋斗さんに声をかけられた。

 たかだかそれだけのことに、パニックを起こしそう。

 席がすべて埋まり、総勢十八人の晩餐会が始まる。

 どうして「御園生」であるうちがテーブルの中央に位置しているのかがわからない。

 通常、末席なるものが存在するはずだけれど、この席次において末席が存在するのかすら疑問だ。

 ふと考えたのは結婚する「ご両家」だけれど、現時点では結婚式自体が伏せられているのだから、そこに重点が置かれることはないだろう。

 本当は末席なんてどうでもよくて、ただ自分が端の席に座りたかっただけ。こんなテーブルの中央になど座りたくなかった。

 私が座っている側は、左から秋斗さん、海斗くん、唯兄、私、蒼兄、昇さん、湊先生、静さんのお父さんの九人。

 その対面に、秋斗さんと海斗くんのご両親である斎さんと紅子さん。お父さんにお母さん、栞さん、ツカサ、真白さん、柊子先生。

 心臓がドクドクと駆け足を始め、頭の中でうるさいくらいに響く。

 その音を消したいがために、大声を発したくなるってなんだろう。存在感はゼロになりたい境地だというのに。

 緊張を感じれば感じるほど呼吸が浅くなる。

 落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃっ――。

 テーブルに視線を落とし、自分が感じる一切の音をシャットアウトする。

 最後まで鳴っていたのは自分の心臓。すごく厄介で手強い相手。

 無音になったところに許可したのは呼吸音。肺までの道のりと、肺からの道のりを行き来する酸素と二酸化炭素。

 十二分にそれを感じられるようになってから、左側のボリューム規制を少し甘くする。と――。

 私の左側では唯兄が秋斗さんや海斗くんたちと言葉を交わし、秋斗さんがお父さんと斎さんの間に入って挨拶をしていた。

 逆に、右側では蒼兄とお母さんが栞さんや昇さん、湊先生や真白さんと挨拶を交え談笑している。

 聴覚から得た情報を視覚情報と一致させるためにゆっくりと顔を上げた。

 そのタイミングでテーブルに置かれたものがある。

 華奢なミニワイングラスに、淡いピンクの液体が注がれていた。

 ウェイターに、

「こちらはノンアルコールの食前酒となっております」

 私は耳を疑った。

 今、食前酒って言った?

 このホテルにおいて、スタッフがお客様を待たせるような接客をするはずがない。

 ということは――みんなが席についてからまださほど時間は経っていないということ……?

「翠葉、どうした?」

 蒼兄に訊かれ、

「今、何時?」

 思わず蒼兄の手首に飛びつく。

 時計は意外な事実を教えてくれた。

 自分たちがレストランを訪れてからまだ五分も経っていないということを。

「……どうした?」

「……ううん。なんでも、ないの」

 時計を見たまま答える。

 秋斗さんたちが席についてから五分以上は経っていると思っていたのに、実際は一、二分のことだったらしい。

「手に、すごい力が入ってるけど……」

 トーンを落とした声で訊かれ、

「少し……掴まっていてもいい?」

「いいけど……眩暈?」

「違う。命、綱……?」

「綱? って訊かれても……」

「ごめん。自分でもよくわかっていないの。ただ、時間がおかしかったから」

 きっと受け答えもおかしい。何よりおかしいのは時間ではなくて私の感覚だとも思う。

「リィ」

 背後から声をかけられた。

 私が完全に蒼兄の方を向いてしまっているから背後に聞こえただけで、本当は左側に座っている唯兄にかけられた声。

 蒼兄の手を掴んだままそちらを向くと、

「リラックス」

 ポン、と背中を軽く叩かれた。

 けれども、唯兄の顔は私以上に引きつっていた。

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