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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
37/117

37話

 パレスへ行ったらツカサと秋斗さんに会うことになる。それからふたりのおじいさん、藤宮グループの会長にも――。

 緊張に比例して呼吸が浅くなる。

 意識してゆっくりと、深い呼吸をしようとするとツカサの声が頭に響く。落ち着こうと思うと、無意識に数を数え始めてしまうから……。

 学期末大掃除以来、ツカサには会っていない。

 メールも電話も、一切の連絡を取っていなかった。

 こんなに長い間会いもせず、連絡も取らないのはどのくらいぶりだろう……。

 考えて気づく。

 長いと思った期間が六日しかないことに。そして、六日以上会わず連絡取らずの時期があったことも思い出した。

 それは夏に幸倉へ帰ってきたとき――。

「翠葉、酔ったか?」

 蒼兄に声をかけられ、急速に流れゆく景色が目に飛び込んできた。

「……え、何?」

「リィ、ここのところずっとぼんやりしてるし話しかけても反応悪すぎ。聴力と返事に要する瞬発力、いったいどこに置いてきちゃったの?」

 後部座席に座っていた唯兄に指摘され、今がパレスへ向っている車内であることを思い出した。

 家を出るとき、高速道路で立ち寄るパーキングの申し合わせだけをして、親チームと子どもチームに分かれて出発したのだ。

「緊張してんの?」

 唯兄に訊かれて頷く。

「大丈夫だよ。俺も結婚式なんて参列したことないし。初心者はリィだけじゃないっ!」

 私はそれに愛想笑いを返す。

 初めて出席する結婚式にも緊張はしているけれど、それよりも、ツカサと秋斗さんに会うこと――ふたりのおじいさんに会うことに緊張していた。

「もしかしたら初日の結婚式じゃなくて、二日目のパーティーに緊張してる?」

 蒼兄に訊かれ、私は曖昧に答えた。

「それもあるかな」

「そうだなぁ……。俺たちが今まで父さんたちに連れて行ってもらったパーティーとは規模が違うだろうし、何よりも出席する人の客層が違うだろうな」

 真面目に考えてくれているだけに少し申し訳ない気もしたけれど、逃げ場のない車内でツカサと秋斗さんの話をする気にはならなかった。


 途中二回の休憩を挟んでパレスに着いた。

 パレスがあったのは山。これは山腹というのだろうか……?

 標高が高くなるにつれ耳がおかしくなるという変化はあったものの、痛みがひどくなるようなことはなかった。

 けれど、確実に気温は下がったと感じている。

 ホテルの駐車場脇にはヘリポートもあり、

「あれってどのくらいの頻度で使われるんだろう……」

 ふとした疑問が口から漏れる。

「ま、非常時を想定して作ってるようなもんだからね。頻度は低いんじゃない? でも、ヘリポートなら藤倉のホテルや白野のパレスにもあるよ? オーナーは多忙な人だし、金はかかるけど陸路移動よりヘリのほうが断然速いしね」

 唯兄の説明どおりなのだろうけれど、私は相槌を打つことができなかった。

 藤宮に関することは、いつだって想像の範疇を超えているのだ。

 車を降りるとベルボーイが荷物を引き受けてくれた。その際にパレスの案内図なるパンフレットをいただいた。

 そのパンフレットを目にした唯兄が、ピューと口笛を吹く。

「なるほど……だからプラネットパレスなんだ」

 敷地は丸い。そしてプラネットと称するように丸い建物が点在し、真上から見たら惑星そのものだった。

 目の前に建つのはステーションと名づけられた、チェックインカウンターがある建物。

 その建物は一見して長方形に見えるけれど、にわかにカーブがかったラインを模っている。

 地面に面している部分も壁面と呼ばれる部分も、直線ではなく曲線なのだ。真上から見ると、バームクーヘンを六分の一に切ったような形。建物の真横から見ると半楕円の形をしていた。

 私たちはお母さんたちのあとを追うより先に、外観を見ることに夢中になっていた。

 ステーションからはガラス張りの渡り廊下が伸びている。それは施設内をつなぐ輪になっており、すてきな名前までついていた。

 クリスタルコリドール、それが渡り廊下の名称。

 外観を見て回りたかったのだけれど、木々に阻まれそれ以上進むことはできなかった。

 さらには、

「これ、無理に通ろうとするとセキュリティが作動するようになってるや」

 唯兄が即座に仕掛けを見つける。

「フロントでチェックしないと中に入れないつくりってことか……」

 蒼兄の言葉に、私たちは諦めてステーションへ向かうことにした。


 ステーションは駐車場に面する壁面すべてが緩い弧を描いたガラス張りとなっており、建物中央部分に入り口がある。

 向って左端にあるカウンターがチェックアウトカウンター。真ん中はチェックインカウンター。右端のカウンターはクロークとなっている。

 床は白っぽい大理石が敷き詰められていて、ガラスではない場所の壁も白を基調としているため、とても明るく開放感溢れる空間だった。

 一部の壁面、柱部分はベージュやグレーの石畳のような装飾がされており、上から水が伝い落ちる。

 水を受ける部分は鏡面磨きを施された石で水路が作られていて、ところどころにグリーンが飾られていた。

 窓際には丸みを帯びたソファとテーブルが等間隔に置かれていてかわいらしい印象を受ける。

 クロークの脇にはビューティーサロン、チェンジングルーム、レストルームのプレート。

 きっと美容院や更衣室、トイレを指すのだろう。

「こっちよ」

 お母さんに呼ばれ、三人揃って両親のもとへ行く。すると、フロント脇の通路を通って建物の外側から内側へと案内された。

 フロントの裏側は中庭を見渡せるティーラウンジだった。南側を向いているわけではないけれど、十分な採光が望め、スポットライトは必要な場所にしか使われていない。

「どう?」

 お父さんに訊かれて、

「ほかも見たいっ」

 飛びついたのは私だけではなかった。蒼兄も目を輝かせている。

 そこに、スーツを着た背の高い人が現れた。

「総支配人の御崎と申します。お出迎えに間に合わず申し訳ございませんでした」

 きりっとした男の人が腰を折る。

「気にしなくていいよ。道が空いてたんだ。あとは一番のりを狙ってたんだけど……俺たち、一番のり?」

 お父さんが訊くと、

「はい。次にご到着されるのは神崎夫妻のご予定です」

「じゃ、パレス内をちょっと案内して回ってもいいかな? 娘と息子に見せたいんだ」

「どうぞごゆっくりご覧ください」

「でも、さすがに俺たちが泊まる客室以外は見れないよね?」

「……と申しますと、カップルタイプのゲストルームをご覧になりたい、ということでしょうか?」

「そう……。ダメ、だよね?」

 ダメもと――でも、どこかおねだりしてるような声音で訊くと、その人はクスクスと笑いだした。

「パレスを手がけられた方のお願いはお断りできません。私も同行させていただくことになりますが、一室でしたらご案内できます」

「ありがとうっ!」

 お父さんのおねだりが聞き届けられ、私たちは「カップルタイプ」と呼ばれるゲストルームを見に行くことになった。

 ゲストルームは三人以上で泊まることのできるファミリータイプと二人用のカップルタイプの二プランらしい。

 基本的な内装はどこも同じだけれど、ファブリックや家具が多少変わるという。

 それらはゲストルーム写真集でも見ることができるらしく、あとで見せてもらうことになった。

 ステーションを出てガラスの回廊を進むと、回廊から枝分かれしている通路にたどり着いた。この廊下こそがゲストルームへつながる廊下らしい。

 細い通路の先には上部が半円を描くドアがある。とてもかわいらしい形だけど、素材が金属ということもあり「近未来」を彷彿とさせる。

 中に入ってびっくりした。

 部屋の形が丸い。床も壁も天井も、何もかもが曲線を描いていた。

「半球体?」

 蒼兄が口にする。

「そう。なんたって惑星ですから。丸くないとね?」

 お父さんがウィンクして見せる。

「家具やファブリック、インテリアに使われているアイテムはすべて碧様が現地で買い付けしてこられた北欧のものです」

 総支配人さんが補足してくれた。

「近未来っぽいのにかわいい感じだね」

 唯兄の感想にお父さんとお母さんが満足そうに顔を見合わせた。

「遊び心満載でしょ?」

 お母さんの言葉で思い出す。


 ――「絶対通らないだろうなー?」

 ――「そうねー? ほかのパレスと比べたら『重厚感』の『じ』の字もないものね」

 ――「でも、あれもこれもって詰め込むのは楽しかったな」

 ――「確かに……。球体の家やオフィスを建てたいなんて人はそうそういないものね? でも、妄想して模型を作るくらいならいつでもできるわよ?」


 コンペに応募した直後、お父さんとお母さんがそんな会話をしていたのだ。

 なるほど、と頷いてしまう。

 家が球体では家具を選ぶのに苦労するだろう。オーダーメイドでは高くつくし、かといって建築時に備え付け家具を作るにしても手間も費用もかかる。

 どう考えても普段お父さんたちが請け負う一般の戸建てには向かないのだ。

 思わず笑いがこみ上げてきてクスクスと声を立てて笑うと、お父さんに天井を見るように言われた。

「半円がガラス張りだから天気のいい夜は星が見えるぞー?」

「お天気が雨でもきっときれいね?」

「そうなんだっ! 夜にならないとわからないんだけど、外にライトアップやイルミネーションの設備もあるから夜は夜で幻想的だぞ!」

 お父さんが嬉しそうに話すから、私も幸せな気分になる。

「お父さん、このお仕事、とっても楽しかったのね」

 お父さんは満面の笑みで頷いた。


 お母さんとお父さんの説明を聞きながら、ゲストルームを心行くまで堪能すると、ランチを食べるために場所を移動することになった。

 部屋を出ようとしたそのとき、急に腹部が痛み、猛烈な眩暈に襲われた。

 すぐに訪れると思った衝撃は非常に柔らかなものだった。

「大丈夫ですか?」

 かけられた声は蒼兄のものでも唯兄のものでもない。

 視界が回復すると、総支配人さんの顔が目の前にあった。

「あ、わ……すみませんっ」

 びっくりして立ち上がろうとすると、唯兄におでこをトンと押されて制される。

「眩暈起こしたばかりなのにすぐ立たない」

 怒られてしまったけれど、初対面の人に身を預けているのはひどく心もとなくも申し訳なくもある。気まずさに顔を歪めると、

「お嬢様、お久しぶりです」

 総支配人さんに声をかけられ、何を言われているのか、と頭が真っ白になる。

「以前、白野のパレスでお会いしました御崎です」

「……あっ」

 森へ行くのに手を貸してくれた人。

「思い出していただけて光栄です」

 御崎さんはにこりと柔らかく笑む。

 そして、ゆっくりと体勢を変え、私を立たせてくれた。

「お顔の色が優れないようですが、休まれますか?」

「いえ、大丈夫です」

「さようですか……?」

 御崎さんに支えられたまま広い回廊へ出ると、家族四人にも心配される。

「無理せずに休んだら?」

 お母さんに言われたけれど、それは断った。

「きっとお腹が空いたんだと思うの」

 空腹時にお腹が痛くなるのは感覚で覚えた。けれど、たったその一言にみんなが絶句し顔を見合わせる。

「あんちゃん聞いた?」

「聞いた……。翠葉がお腹空いたって言った。……ねぇ、父さん。聞き間違い?」

「いや、年齢的に俺の耳よりも蒼樹の耳のほうが確かだろ?」

「みんな聞こえたってことは私の空耳じゃないのね……」

「……私がお腹空いたって言ったらそんなにおかしい?」

 居心地の悪さに尋ねると、四人は同じタイミングで首を縦に振った。

 そんな私たちを見ていた御崎さんが、

「それではレストランへ参りましょう」


 御崎さんは回廊の内側にある建物へ案内してくれた。

 その建物も半球体の建物で、二階建ての一階部分がレストランになっていた。

 レストランといってもブライトネスパレスやウィステリアホテルのような重厚感はなく、カフェや喫茶店といった雰囲気。

 二階部分はバーラウンジになっていることから、一階とはだいぶ雰囲気が異なるのだとか……。

 試験管を模した一輪挿しにはピンクのスプレーバラがいけられており、ところどころに私の撮った写真が飾られていた。

 写真の隅に「Photo by Re:merald」という印字を見つけ、ドキリとする。

 実名じゃなくて良かった……。

 もしも「御園生翠葉」と印字されていたら、恥ずかしさのあまり、回れ右をして帰りたくなったに違いない。

 壁面の広い部分には大きく引き伸ばされた写真が飾られていた。

 改めてパンフレットに視線を落とし、お父さんに問う。

「ソールハビタットって……どういう意味?」

「静に訊いてごらん」

 お父さんは目尻を下げ嬉しそうに言う。

「静さんに……?」

「そう。プラネットを提案したのは父さんだけど、施設に名前をつけたのは静と湊先生らしい」

 会話に蒼兄も加わり、

「惑星の中心って、身近なもので考えるなら太陽だけど……それなら、ソールじゃなくてソーレのはずだし……」

「因みに父さんは単語の綴りを知らずに、靴底の住居と魂の家って不正解を口にしたぞー。次に出てきたのが今の蒼樹の答え」

「じゃ、これも不正解なんだ?」

「まぁね。静曰く、『そこまであからさまじゃない』ってヒントだった」

 蒼兄と私が頭を悩ませていると、答えを知っているお父さんとお母さんはクスクスと笑う。

 そこに唯兄が、

「これで調べれば一発だと――」

 タブレットを手にした途端、「調べるの禁止ー」とお父さんに取り上げられた。

 タイミングよく料理が運ばれてきて、話は一時中断。

 私たちは美味しい料理に舌鼓を打った。

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