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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
29/117

29話

 ウサギは触れるかもしれないから最後に回し、用務員室から一番離れた小屋の裏にある池に行くことにした。

 緑色をした池の中を赤や白、金色の魚が泳いでいた。色とりどりの中、時折灰色の魚も姿を見せる。

 私が水辺に立つと、エサをもらえると思ったのかチャプチャプと音を立てるほどに寄ってきた。

 びっくりして後ずさり、池の縁から一メートル離れたところから池の中にある小島のような岩を見る。と、岩の上でカメが首を伸ばし、太陽の光を浴びていた。

 置物のようにピクリとも動かない。瞬きもしない。

 まるで天に何かを求めているようにも、何か待っているようにも見える。

 カメが光合成するとは思わないけれど、甲羅が緑で皮膚がモスグリーンに見えるからか、日向ぼっこよりも光合成してるように見えた。

 数分間見ていたけれど、時間だけが過ぎなんの変化も起こらない。

 このまま見続けていたら、何か違う発見があるだろうか。

 少し考えたけれど、何か変化が起こるとは思えず、私は見切りをつけヤギさんの小屋へ移動した。

 ヤギさんは小屋の中央に横たわっていた。毛はアイボリーよりも少し茶色っぽい。

「ヤギさん」

 声をかけると、瞑っていた目をゆっくりと開く。視線が合うとむっくりと立ち上がり、こちらに寄ってきた。ヤギさんの視線は私の一点を見ていた。

「え? 何……?」

 視線をたどると、そこにあるのは私の手。

「あ……もしかして何かもらえると思っちゃったのかな? ごめんね? 何も持っていないの」

 手を振って何も持ってないことを伝えると、もう一度目を合わせてからぷいっと方向転換。先ほどと同じ場所に横たわると、今度は小屋の奥を向いて寝てしまった。

 心の中で思う。ヤギさん、つれない……。

「でも……お昼寝の邪魔をされたのに何ももらえなかったらがっかりしちゃうかも……?」

 考え直し、隣の小屋に視線を移す。

 ニワトリ小屋はとても賑やかだった。

 全部で六羽いて、随時誰かがコッコッコッコッ、と鳴いていた。歩くときだけくちばしを突き出すのかと思えば、止まったままでもこまめに首から上をカクカクと動かす。ロボットみたいな動作であったり滑らかな動きであったりと様々。とても器用に脊椎を使っていた。

 自分にももできないかと試してみたけれど、ニワトリのようにはできなかったし、何回か試したところで首の筋を違えそうになる始末。

 私の動作がよほど怪しく見えたのか、最後は六羽みんなにまくし立てられその場を去る羽目になった。

「……私、動物に好かれてないのかも」

 歓迎されていないことを悟り、今まで動物に触れる機会がどれくらいあったか……と思い出してみる。

 あれは確か、幼稚園に上がった頃のことだと思う。

「牧場でポニーに乗せてもらったけど、そのほかはとくに記憶にないな……」

 動物園にも何度か連れて行ってもらったことがあるけれど、見るだけで触れる機会はなかった。

 近所に犬を飼っている人もいたけれど、自分から近づき撫でたことは一度もない。

 どうしてかというと、自分より大きな犬が多かったから。大きくて怖い、という恐怖感が先に立ち、かわいいとか触りたいとは思わなかったのだ。

 唯一、庭木に飛んでくる鳥には免疫がある。図鑑で調べたり名前をつけたりしていた。ただ、やっぱり触れたことはなかった。

 私が通う幼稚園では動物を飼っていなかったし、小学校では何を飼っていたのか全部を把握してはいない。

 ウサギはいたと思う。ニワトリもいたと思う。でも、アヒルはいただろうか。孔雀はいなかったように思う。

 あれ……? 私、もしかしてポニー以外だとハナちゃんにしか触ったことがない?

 意外な事実にびっくりした。

 ハナちゃんはとても小さくて、守ってあげたくなるほどに華奢な体つきで、だから抵抗なく触ることができたしかわいいと思えたのだ。

 孔雀の小屋の前にくると、孔雀はすぐ私に気づきバサッと尾を広げてくれた。

 孔雀独特の羽の模様が玉虫色に輝き、光の当たり具合によっては色が微妙に変わる。

「きれいっ……」

 声に出したあと、パンフレットにある孔雀の説明に目を通す。

 孔雀は尾が短いのがメスで尾が長いのはオスらしい。つまり、この小屋にいる孔雀はオスなのだ。そして、孔雀の羽は空を飛ぶための羽ではないことも書かれていた。

 羽は春の繁殖を過ぎると夏頃に抜け、冬になると新しい羽が生え揃うそう。

 まだ尾を広げたままの孔雀さんを見て、生え揃ったばかりの羽を自慢したいのかな、と思う。

 クスリと笑いながら次の説明を読んで驚いた。

「尾を広げるのは……」

 威嚇ではなく求愛の行為です――。

 びっくりして孔雀に視線を戻す。けれど、まだ尾は広げられたままだった。

「私、孔雀さんに求愛されてる……?」

 くるっとした目と視線が合う。

 私が右に動くとじーっと視線で追われ、戻ると金網の境界線近くまで寄ってくる。

 金網は細かく、指が一本通るくらいの網目。けれど、さすがに指を入れる気は起こらなかった。

 ヤギさんみたいに素っ気無くされるよりは嬉しいかな……?

「孔雀さん、ありがとう。バイバイ」

 別れを告げて隣のアヒル小屋へ移る。こちらは皆が皆お昼寝タイムだった。小屋の中に小さな池があるものの、一羽も池には入っていない。

 声をかけてみたけれど、一羽が億劫そうにこちらを見ただけで、ほかにはなんの反応も得られなかった。

 最後にウサギ小屋。

 小屋の中にはウサギのほかに女の子がいた。てっきり初等部の子がスケッチしているのかと思ったら、着ていた制服は高等部のもの。

 六角錐のウサギ小屋の中にいたのは香乃子ちゃんだった。

 私に気づいた香乃子ちゃんがスケッチブックから顔を上げる。目が合い、

「……ウサギのスケッチ?」

 香乃子ちゃんはコクリと頷いた。

「翠葉ちゃんは……?」

「私は……動物を見にきたの」

 それ以上詳しく話せなかった。

「入ってくる?」

 訊かれて少し悩む。

 私はただ見に来たのではない。命に触れるために来たのだ。でも――。

「外で少し見てからにしようかな……」

「怖くないよ? たまに引っかかれたりするけど……」

「……引っかかれるんだ?」

「猫と同じ。嫌な抱かれ方されたり、かまわれたくないときは嫌がる。そのくらい……」

 香乃子ちゃんは近くにいたウサギを撫でながら話す。

 ウサギは香乃子ちゃんに慣れているのか、もともと温厚な動物なのか、香乃子ちゃんが座っている椅子近くに集まっていた。

「……でも、やっぱり少し見てからにする」

「……そう?」

「うん」

 私は金網の近くにしゃがんでウサギたちを見ていた。

「この白い子がスノウ。灰色の子はグレイス。黒い子はクロ。ブチのはブッチー。茶色の子はチャロ。で、今私が描いてるこの子がピョン。……小学生のつける名前ってすごく安易だよね」

「そうだね。でも、可愛い名前だと思う。……あ、私のことは気にせずスケッチしてね?」

「……うん。そうする」

 どうしてかな、違和感があるのは……。言葉を交わしているのに、いつもと違う何かを感じていた。

 頭の片隅で考えながらウサギを観察する。

 跳ぶときは本当にぴょんぴょんと跳ねた。小屋の隅では穴を掘っている子もいる。何もしていない子は忙しなく鼻をひくひくさせていた。それと同じくらいヒゲや耳もよく動かす。あれほど大きな耳なのだから、耳がいいに違いない。

 白ウサギの目は赤かった。確か、色素欠乏症の子をアルビノといった気がする。小さい頃に見た動物図鑑を思い出していると、白ウサギがすぐ側まで跳んできた。

「スノウは人懐っこいよ」

 小屋の中から香乃子ちゃんが教えてくれる。

「手、出しても大丈夫だよ」

 太鼓判押されても躊躇してしまう。

「かわいいでしょう?」

「……うん」

 香乃子ちゃんは立ち上がり小屋から出てきた。そして、私の手を引いて小屋に戻ると、

「スノウ、おいで」

 白ウサギを呼ぶ。

 大きさはハナちゃんと変わらないくらい。毛の色も同じ白で目が赤いだけ……。

 香乃子ちゃんがお手本を見せるようにウサギを撫でて見せてくれた。

 毛の流れに沿って耳を揃え撫でると、スノウはとても気持ち良さそうな顔をする。

 香乃子ちゃんに場所を譲られスノウにそっと触れる。スノウはあたたかかった。外にいるのに、とてもあたたかかった。

「あたたかい……」

「……生きてるからね」

「うん……」

 命に触れた衝撃と共に、さっきから感じている違和感は感度を増す。会話をすればするほど強く感じる。クラスメイトだから、とかそういう理由ではない気がした。いつもと違うのはなんだろう。……と、そのとき――。

「翠葉ちゃん……」

「うん?」

 隣に座る香乃子ちゃんは困惑した表情をしていた。

「翠葉ちゃんは……」

 言いかけては口を閉じ、再度開いてはまた閉じる。

「……な、に?」

 違和感の正体がわかった。私ではなく香乃子ちゃんだ。香乃子ちゃんがいつもと違うのだ。

 視線が合ったのは最初だけ。その後会話は続くものの、視線が交わることはなかった。

「翠葉ちゃん……どうして藤宮先輩を避けてるの?」

 思い切って口にしました。そんな感じで訊かれる。

 その言葉は私の心臓を鷲掴みにした。

「紅葉祭のとき――泣いちゃうくらい好きって思ってたのは、藤宮先輩のことだよねっ?」

「っ……」

 「好き」と口にしなくても見てればわかる、と蒼兄たちに言われた。香乃子ちゃんも見ていて気づいた人のひとりなのだろう。

「なのに、どうして……? 藤宮先輩も翠葉ちゃんのこと好きなのに――」

 今にも泣きそうな顔で言葉を続ける。

「まさかとは思うけど、あそこまで意思表示されてて気づいてないとかはないよね?」

 私はどんな顔でどんな言葉を返したらいいのかわからない。

「……どうして? なんで藤宮先輩避けるの?」

「っ……避けてな――」

「避けてるよっ」

 香乃子ちゃんが勢いよく立ち上がる。驚いたスノウは私たちのもとから一目散に逃げた。

「避けて、ないよ?」

 話しかけられれば話すし、用があれば話しかける。すれ違うときには挨拶だってする。避けてはいない――。

 恐る恐る香乃子ちゃんを見ると、

「避けてるっ。会話してても避けてる。一緒にいても避けてるっ」

 叫ぶような声だった。こんな香乃子ちゃんは初めて見た。

 普段は問い詰めるような話し方はしない。明るく元気に、少し大きめの声で話すことはあっても怒鳴ったり、叫んだりはしない。

 今、こうさせているのは、私……?

「――顔合わせて話しているから避けていることにならないとか、一緒にお弁当食べているから避けてることにはならないとか。……そいうことじゃない。翠葉ちゃん、毎日毎日、藤宮先輩の気持ちをスルーしてるでしょっ!? そういうの……」

 香乃子ちゃんの唇が小刻みに震えていた。

「そういうの……物理的に避けられるよりももっとつらいって、翠葉ちゃんは知ってると思ってた」

「っ……」

「友達にそういうことされてもつらいけど、好きな人が相手だったらもっとつらいよっ? なんでっ!? 翠葉ちゃん、藤宮先輩のこと好きだよねっ? なのに、どうしてっ!? 好きな人が自分を好きになってくれるのなんて奇跡だよっ? そういう恋ができたら大切にしようって言ったじゃん……。翠葉ちゃんずるいよっ。両思いなのにずるいっ。私はどんなに好きでも両思いにはなれないのに……」

 胸が苦しかった。香乃子ちゃんの気持ちが痛いほどに伝わってきて、苦しかった。

「ねぇ、知ってる? 藤宮先輩のことを本当に好きな女の子だっているんだよ? その人たちは翠葉ちゃんのことをどう思うだろうね……。私、今の翠葉ちゃんは大嫌いっ」

 目に涙を浮かべた香乃子ちゃんは小屋を飛び出した。

 私は何も言葉を返せなかった。言い訳のひとつも言えなかった。言えるわけがなかった。

 図星をつかれたことが痛くて、でも、状況説明をすることもできなくて――。嫌いと言われても仕方がなかった。

「友達って……こうやって失っていくのかな――」

 佐野くんや桃華さんもいつかは――。

 もう、どうしたらいいのかわからない。自分がどう動いたらいいのか、どうしたら誰も傷つかずにすむのか――わからないよ。

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