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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
28/117

28話

 下駄箱前ではサザナミくんに会った。

「みっそのーさんっ!」

「サザナミくん」

「さて、ここで問題です。俺の下の名前は?」

「……千里くん」

「うっしっ! 正解っ」

「っ……なかなか覚えられなくてごめんねっ?」

「まぁねっ。あれだけテストできんのに、人の顔と名前においてだけ恐るべき記憶力の悪さを披露されてどうしようかと思ったけど、結果的に覚えてもらえてりゃオールオッケーっしょ?」

「…………」

「……つか、めっちゃ顔色悪い気がするけど」

 長身の身体をくいっと折って顔を覗き込まれる。

 サザナミくんにもだいぶ慣れた。でも、こういう距離感は慣れないし、顔色を指摘されるともっと困る。

「だ、大丈夫っ……なんともないよっ。これから初等部に動物見に行こうと思っているくらいには元気っ」

「ホントだ……。珍しく大声出してるし。顔色は悪いけど、威勢はいいかな?」

「……あっ、学内循環バスの時間に間に合わなくなっちゃうから、バイバイっ」

「おいっすー……気をつけろよー? 主に足元――」

 言われた矢先に躓いた。とくに何があるわけでもない場所で。

 咄嗟にサザナミくんが腕を掴んでくれたから転ばずに済んだけれど、さすがに決まりが悪い。

「ほら、言わんこっちゃない……」

「ごめんなさい……ありがとうございます……」

「寒い時期に転ぶと痛えから気をつけなよ?」

「うん」

「じゃー、今度こそバイバイ。また来年な!」

 サザナミくんは手をヒラヒラとさせ、部室棟へ向ってだるそうに走り出した。

 彼の背を見送り、私は芝生広場へと向って歩き出す。つまりはサザナミくんが向った方向と同じ。

 高等部門前にも学内バスは停まるけど、少し歩きたくて桜香苑へと向う。

 桜香苑と梅香苑を抜けたところにある梅香館前にも学内バスは停まるから、そこから乗ろうと思った。

 サクサク歩けば高等部門までが徒歩七分、高等部門から初等部門までがバスで十分の計二十分弱コース。

 一方、梅香館までは徒歩十五分、梅香館前から初等部門まではバスで五分の計二十分。

 かかる時間は変わらないけれど、より長く外にいるのは後者になる。

 それでも――冷たい空気で肺を満たしたい気分だった。

 自分が何を考えているのか時々わからなくなる。

 寂しいと思えばぬくもりを求め、あたたかいものに触れると寒さに身を晒したくなる。

 まるで、甘えてはいけないのに甘えたくて、甘えてもいいのに甘えられない人みたい。


 たくさんの落ち葉を踏みしめながら、桜香苑から梅香苑へと進む。

 梅香館へ行くルートは自分以外にも歩いてる人がいた。

 自分ではいつもより早足で歩いているつもりだけど、人のそれとはずいぶんペースが異なるようで、私を追い越していく人はたくさんいた。中には、「よいお年を!」「バイバイ」と声をかけてくれる人もいる。

 紅葉祭のときにたくさんの人を覚えたつもりだったけれど、声をかけてくれたのは知らない人ばかりだった。

 でも、そんなことにもほっとしてしまう。

 クラスメイトや親しい人でないことにほっとしてる自分が、嫌――。


 自分を嫌うのはなんて簡単なのだ ろう。こうできたら……と思うことはあるのに、何ひとつ行動に移せない。そんな自分を好きにはなれないし、嫌っている自分を大切にするのはひどく難しい。

 こんな気持ちで「命」触れて、何かを感じることはできるのかな……。

「命の大切さ」を学ぶために初等部へ向かっているのに、そのためだけに初等部へ向かっているのに、考えていることややっていることはちぐはぐしている。

「気持ち、切り替えなくちゃ……」

 このまま、「なんとなく」の気持ちで進んではいけない。それだけは確かだ。

 通った道は違うけど、こんな気持ちでここを歩くのは初めてではない。前はツカサが一緒だった。

 あのときは、対人関係のトラウマと大好きな友達たちへの後ろめたさでいっぱいだった。そんな私の前をツカサが歩いてた。

 今はひとり。前を見たところでツカサの姿はない。

「ひとり……」

 この言葉はこんなにも空しい響きだっただろうか――。


 梅香館前の停留所でバスが来るのを待っていると、二分ほどで学園を循環しているマイクロバスが着いた。バスからは高等部の制服を着た人が三人降りて、乗車したのは私だけ。次の停留所、初等部でバスを待っている人はひとりもいなかった。

 バスを見送ると初等部門に向き直り、細く長く息を吐き出す。息を吸う前には体内にあるものを出しきることが大切だと教わったから。

 吐き出すものが何もなくなり、一瞬だけ呼吸が止まる。枯渇した身体に新しい酸素を供給すると、肺は冷たい空気で満たされた。

 肺が膨らむと同時に胸や背に痛みが走る。きっと、吸い込むときに肋骨や筋肉が大きく動いたからだろう。痛みはすぐに止み、体内に淀んでいた二酸化炭素はきれいさっぱり排出された。

 前方を見据え、ベルのついた可愛い門をくぐる。ベルは風が吹くと揺れ、大きさにしては高めの音を響かせた。

 初等部は何もかもが小さく見える。高等部と比べると門柱も小さい。校門から校舎までの距離も短く、校庭もずいぶんと狭く見えた。それと、校庭をぐるりと囲むカラフルな遊具を久しぶりに目にした。

 中学生のとき、幼稚園の園庭を見たときに感じたものと同じ。何もかもが小さく見えて奇妙な気分。

 今、自分の通っていた小学校を見てもこんなふうに見えるのだろうか。自分ではそんなに大きくなったつもりはないし、身長だってそんなに伸びた実感はないのだけれど……。

 錯覚のような感覚に囚われたまま、あちこち見ながら歩く。

 初等部敷地内に人影はない。きっと、初等部も今日が終業式だったのだろう。

 昇降口手前に学内模型図があり、現在地を確認するとすぐに飼育小屋の位置を確認した。

 飼育小屋は右に曲がって数十メートル行ったところ。

 道なりに歩いていくと、「飼育小屋はこちら」と案内が出ていた。その数メートル先、校舎と屋外プールの間に飼育小屋らしきものが建ち並び、それらの手前に用務員室と思しき建物がある。

 建物の入り口脇には、「用務員室」と人の手で書かれた木のプレートが立てかけてあった。

 プレートの横にあるインターホンを押すと、人の良さそうなおじさんが受け付けの窓を開けてくれる。

「おや、見ない顔ですね?」

「高等部の御園生翠葉と申します」

 学生証を見せ名乗ると、

「初等部用務員の原島です」

 目尻の下がった五十代後半くらいの用務員さんはにこりと笑った。

「あの……動物を見せていただいてもいいですか?」

「いいですよ。飼育小屋にはウサギとヤギ、孔雀、ニワトリ、アヒル。ヤギ小屋の裏には池があります。そこには鯉とフナ。この時間だとカメが甲羅干しのために日向ぼっこしているでしょう」

 飼育小屋マップのパンフレットを指差しながら説明してくれる。けれど、そこにハムスターの文字はなかった。

「……あの、ハムスターは?」

「ハムスターなら用務員室の一室にいますよ。御園生さんはハムスターを見にきたんですか?」

「あ、いえ。……全部、です」

「そうですか。それでは、先に外の子たちを見てきてはどうでしょうか。今は太陽に雲がかかってませんからね」

 少しでもあたたかい時間に屋外を回るように、とのんびりとした口調で勧めてくれた。

「ついさっきもスケッチをしたいって女の子が来まして、ウサギ小屋の鍵はその子が持っていきました。そのほかの動物は触れるにはあまり適していないので、小屋の外から見るのがいいでしょう。もし、どうしても……というのでしたら私も一緒に行きますが、どうしますか?」

「……危ないんですか?」

「そうですねぇ……。動物に詳しくない人がひとりで近づくことはお勧めしませんね。御園生さんは飼育経験がありますか?」

「いえ、ありません。……あの、そういう動物の飼育はどうしているんですか?」

「……御園生さんは外部生ですか?」

「はい。高等部からの……」

「そうでしたか」

 柔和な笑みを返される。

「動物の飼育はすべて児童がやってますよ」

「でも……」

「中にはペットとして飼っている方もいらっしゃいますが、基本的には孔雀やアヒル、ニワトリはあまり撫でられることを好む動物ではありません。機嫌が悪いと攻撃的につついてくることもあります。ですから、小屋の掃除をするときは清掃組と誘導組に分かれ、誘導組には必ず教師がつきます。つまり、小屋から動物を移動させた状態で掃除をするわけです」

 用務員さんは詳しく教えてくれた。お世話当番が各学年バランスよく構成されていること。低学年の子には必ず高学年の児童がマンツーマンで飼育や清掃の仕方を教えること。

「中学年になる頃には動物に慣れてきて、ニワトリやアヒルを素手で持てる子も増えます。動物側も毎日同じ時間に人が掃除やエサを持ってきてくれるとわかれば慣れるものです。たまにアヒルやニワトリが脱走して追いかける羽目になりますけど」

 そのときのことを思い出したのか、用務員さんは目を細めクスクスと笑った。

「まずはゆっくりと回ってきてください。最後にハムスターが見られるように用意をしておきます」

 私は用務員さんにお礼を言い、渡されたパンフレットに目を通してから飼育広場へと向かった。

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