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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
26/117

26話

 平日の夕方ということもあり、デパート内は閑散としている。

 エスカレーターを降りたところにあるカフェに入ると、自然と窓の外に目がいった。

 駅から掃き出されるように現れる人たちと、駅に向って歩く人たち。二者がスクランブル交差点でぐちゃぐちゃに混ざっていく。

 人とぶつかろうがはじかれようが、立ち止まることなく歩き続ける。たまに人ごみで窒息しそうになってる人もいるけれど、それでも前へ進める足を止めることはない。苦しそうに、または必死な形相でどうにか歩を進める。

「平日と言えど、駅前は混雑してるわね」

 お母さんがメニューを広げながら口にした。それに私は、返事とは言えない言葉を返す。

「……みんな、どこか目的地があって、そこを目指して歩いているみたい……」

 人ごみはもともと苦手だけれど、苦手な理由がふと頭に浮かぶ。

 あの中に入ったら、私はすぐに立ち止まってしまうだろう。私には、人とぶつかってまで目指したいと思える場所がない。

 みんなが真っ直ぐ進めるのは、ふらついても歩みを止めることがないのは、きっと目的地がはっきりとしているからだ。対岸に着くことはもちろん、その先の目的地もちゃんと見えている気がする。

「翠葉、何飲む?」

「ホットルイボスティ-……」

 答えた声は心の状態を示すように不安定で、響きに芯のない小さな呟きだった。

 そのあとも、ずっとスクランブル交差点を見ていた。

 飲み物が運ばれてきて、ようやく正面に座るお母さんの顔を見る。

「お母さん」

「ん?」

「結婚式翌日の予定、訊いてもいい?」

 結婚式の翌日は、ツカサたちのおじいさんの誕生日パーティーだという。それに私たちは出席するのだろうか……。

「あら、話してなかったかしら? 翌日は会長のバースデーパーティーなのよ」

「それは海斗くんに聞いたのだけど……私たちも出席するの?」

「午前中だけね。その日は藤宮一族であったり財界人や政治家たちが入れ代わり立ち代わりでパーティーに来るのよ。本当はパーティーが始まる前にご挨拶してプレゼントをお渡ししたらパレスを出る予定だったんだけど、一緒に仕事をしたことがある人や、今後つながりを持ちたい人たちが午前中にいらっしゃるって静から情報をもらったから、仕事の関係で少し残ることにしたわ」

「会長さんに……ツカサたちのおじいさんに、会う、の?」

「……何か問題でもある?」

「……ううん。そうじゃないけど――」

 会って伝えたいことはある。けれど、負の感情に負けたらどんな言葉が飛び出すかわからない。誕生日には似つかわしくない言葉を発してしまいそうで、お誕生日を心から祝えない気がして、少し戸惑う。

「お父さんとお母さん、学生結婚だって言ったじゃない?」

「え? あ、うん」

「静にもたくさん助けてもらったけど、今の会長にはそれ以上に助けてもらったしお世話になったのよ」

 ゴホゴホッ――お茶が気管に入って咽る。そのくらい驚いた。

「ちょっと、大丈夫?」

「んっ……ゲホッ、ゴホッ……」

 何度か咳払いをして、少し楽になったところで冷たいお水を飲んだ。

 私が落ち着いたことを確認すると、お母さんは続きを話し出す。

「昔は今ほど学生結婚に理解なんてない時代だったから、両親を説得するのにも時間がかかってね」

 懐かしむように話すお母さんの視線は窓の外へと向いていた。

「結婚を許してもらえるよう何度も話したけれど、何を言っても受け入れてもらえなくて、認めてもらえるまで帰らない、なんて啖呵切ってもどこに行けるわけでもなくて……。見るに見かねた静がマンションの一室を貸してくれたの。それから、零が若くして建築事務所をかまえられた背景には、会長のお口添えがあったからと言っても過言じゃないわ。……そうね、今度アルバムでも見ながら昔話しようか?」

 お母さんは屈託なく笑った。

 会長はツカサたちのおじいさん。そして、両親の恩人――。

「……会長さんはどんな人?」

「そうねぇ……翠葉は会ったことないんだっけ?」

「うん」

 何度かツカサや秋斗さんとの会話には出てきたけれど、実際に会ったことはない。

「んー……どんな人、ね。さすが、藤宮の会長なだけあって頭の切れる方よ」

 頭が切れて、人の感情を量りにかけるような人なのだろう。

「それから、とても情の深い人だと思うわ」

 それは違うと思う。人を――孫を試すようなことができてしまう人だ。孫が傷ついてもなんとも思わないに違いない。

「翠葉……?」

 顔を覗き込まれてはっとする。

「すごく怖い顔してる」

 言われてすぐ、両手で顔を覆った。

 会ったことも話したこともないのに、すでに悪い印象しかない。孫を試すような、気持ちを量りにかけるような……そんな印象しかない。

「翠葉はまだ会ったことがないんでしょう? 百聞は一見にしかず、よ。会って話してみればいい。人伝であったり、何かフィルターを通して見るよりもそのほうが確実」

 真っ暗な視界の中、お母さんの声だけがはっきりと耳に届く。

「会う日が良くない……。先生の結婚式におじいさんのお誕生日。どちらもおめでたい席なのに、私、文句言っちゃいそう」

 自分の息が手の平にかかる。声はくぐもり聞きづらかったと思う。それでもお母さんは、

「文句を言われて気分を害す方じゃないわ」

 いつもと口調を変えることなく答える。

 手で顔の筋肉を解してから手を離すと、

「翠葉はまだ人に聞いた話でしか会長を知らないでしょう?」

 コクリと頷く。

「じゃぁ、お会いしたときに感じたものを第一印象にしなさい」

「でも……もう、ここに……先入観があるの」

 胸を指差して答えると、

「大丈夫。先入観をも覆してくれるような方だから」

 そう言ったお母さんは自信たっぷりに微笑んだ。


 お茶を飲み終えお父さんたちのところへ行くと、唯兄は礼服とスーツの二着を試着していた。蒼兄はシャツとネクタイと靴、小物一式揃えることになったみたい。

 一見したところ、お父さんのわがままを聞いてそうなったのかと思った。

「翠葉聞いてよ。どこまでも翠葉命の蒼樹はな――」

 話そうとするお父さんを蒼兄が羽交い絞めにして止める。けれど、お父さんの言葉を唯兄が継いでしまったのであまり意味はなかった。

「俺がリィのドレスに合うもの選ぼう、って言ったら、すかさず『俺も……』だって」

 蒼兄の腕から半分逃れたお父さんが、

「まったくかわいいお兄ちゃんたちだよねー? ぐぇ……」

 嬉しそうににこにこと笑っては、さらに首を絞められる。

 絶賛首絞め中の蒼兄と目が合うと、

「だって、唯だけ……はずるいだろっ?」

 めったに聞くことのない言い訳にびっくりした。

 さっきから、うちの家族はことあるごとに「ずるい合戦」をしている気がしてならない。

 そんなことがおかしく思えて、声を立てて笑った。お腹が痛くなるくらい、腹筋にききそうなくらい笑った。

 お店の姿見に自分の笑った顔が映っていた。それから、家族の笑顔も。

 あぁ……私、笑ってる。笑えてる――。


「セミオーダーなのにスーツの仕上がりが六日後って早いよね? こういうのって一ヶ月くらいかかるものなんじゃないの?」

 帰りの車の中で唯兄が引き換え券を見ながら言う。

「なんか父さんが静さんに無理言ったらしいよ」

 蒼兄が唯兄に情報提供。

「オーナーに無理言うって……それ人間業じゃないでしょ」

「今回は特別ー」

 お父さんの中途半端な回答に唯兄が首を傾げる。

「唯たちはもっと早く買い物に来れたわけだけど、父さんが帰ってくるまで待っててもらったんだ」

「どうして?」

 私が訊くと、

「だって家族みんなで買い物なんてそうそうないだろ?」

 お父さんは嬉しそうに答える。

「でも、父さんを待ってもらうとどうやっても十二月に入っちゃうんだよ。だから、紅葉祭で帰ってきたときに、どうにかならんかなー、って静に話してたんだ。そしたら最速の仕立て期間を提供してくれたんだな。やっぱ持つべきものは友でしょ!」

 自慢げに話すお父さんはこれ以上ないくらいご機嫌だった。

「それ、若干脅迫入ってませんか?」

 唯兄の突っ込みに、

「えー? どの辺が? 父さんは気がかりなことを親友にちょーっと聞いてもらっただけだよー?」

 悪びれることなく答える。

「こうもさらっとオーナーを脅迫する人初めて見――いや、碧さんもそうだったか……」

「唯、それは違ーう。このくらい厚かましくないと静とは付き合っていけない、の間違いです。それに、十二月になって言うより前もって話しておいて作業スタッフ確保しといてもらうほうが最低限の迷惑で済むだろー?」

「それは言えてるわね。このくらいできる言える、そうじゃなきゃ静と対等に付き合っていけないわ」

 お父さんに賛同したのはお母さん。

 蒼兄と唯兄はふたり揃って「あぁ」と声を揃え苦笑を浮かべる。

「相手が秋斗先輩と思えば……」

「そういう付き合い方になるのも頷けるかも?」

 ふたり納得したように答えた。

 私にはまだわからない境地。

 脅迫とか厚かましいとか……。本来はあまりいい言葉ではないはずだけど、お父さんや唯兄たちが使うとそんなに悪い言葉には思えない。逆に、仲の良さがうかがえるくらい。

 きっと、よく知った仲だからできること。言えること。

 旧知の仲とはこういうことを言うのかもしれない。 

 ……私には、まだそういった仲の人はいない。

 大好きな友達や大切な友達はたくさんいる。でも、出逢ったのは今年の四月だから付き合いが長いとは言えないし、冗談のように脅迫したり厚かましいことを言える人はいない。そこまで自分が踏み込むことはできない。

 起こった出来事や悩みひとつ話すことにすら気後れしている私は、いったいいつになったらそんな人付き合いができるようになるのかな――。


 この日、家族揃って外に出たから外食になるのかと思っていたけれど、そうはならなかった。 

 マンションのキッチンにはすでに水炊きの用意がしてあり、

「胃の調子、まだよくないんでしょう?」

 お母さんに訊かれる。

 私は食器棚のお皿を取りながら、

「……全快、とは言えないかな。でも、全然食べられないわけではないし……」

 大丈夫とは言えない。隠し立てできるような状態でも相手でもない。

 本当は、少しも快方へなど向っていないことは自分が一番よくわかっていた。だから、悪くなっているわけではないと思ってもらえればいい。そう思って返事をしていた。

「消化のいいものしか入れてないから、負担にならない程度に食べなさい」

「うん」

「リィ、結婚式の前に涼先生に診てもらったほうがいいんじゃないの?」

 手伝いに来た唯兄に再度診察を勧められる。

「……胃カメラのあと、数日間すごく調子が悪くなるの。だから……できれば結婚式から帰ってきてからがいいなと思って」

「それは胃カメラを受けないための口実じゃない?」

 唯兄にじっと見られると、少し心臓に悪い。嘘発見器がどこかにあって、センサーに引っかかったらどうしようかと思ってしまう。

「……言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、本当、だよ?」

「じゃぁ、パレスから戻ったら病院……って年末かぁぁぁ」

 唯兄が冷蔵庫に向ってうな垂れた。

 唯兄が言うとおり、パレスから戻ったら年末。年末年始の休みに入る前は病院が混む。緊急でない限り、その時期に胃カメラの検査予約は取れないだろう。今さえ凌げれば来年までは胃カメラを飲まずにいられる。

 少しずるくも、私はそんな計算をしていた。

「明日は?」

 キッチンの外から蒼兄に訊かれ、

「明日は終業式が終わったら一度帰ってくる。で、ご飯食べたら病院」

 そこまで言って少し考える。

「……もしかしたら終業式が終わったあとに初等部に寄ってくるかも」

「「初等部?」」

 蒼兄と唯兄が声を揃えた。

「うん。動物を見に。ハムスターとかウサギとかニワトリ。なんか色々いるみたい。用務員さんにお願いしたら触らせてもらえるんだって」

 唯兄は不思議そうな顔をしたけれど、お母さんと蒼兄は納得したような顔だった。ふたりとも藤宮の性教育を知っているからだと思う。

「何? 藤宮の飼育動物ってなんかすごいのいるの? まさか虎がいるとかコアラがいるとか?」

「唯……さすがに虎とコアラはないだろ……。建物や設備はそれなりだけど、とくに珍しい動物を飼ってたりするわけじゃないよ。孔雀とかカメとか?」

 蒼兄の返答に、

「じゃぁ、なんでわざわざ見に行くの?」

「……命に触れに、かな?」

 そう答えるのが一番正しい気がした。

 そして、唯兄もそれで納得してくれた。

「唯兄も一緒に行く?」

「んー……行きたいのは山々なんだけど、ちょっと仕事詰んでるんだよね……。だから、行けたら連絡する」

「うん、わかった」

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