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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
24/117

24話

 桜林館へ着くと体育館中央に人垣ができていて、そこだけが賑やかだった。

 誰が中心にいるのだろう……。

 人垣をじっと見ていると、

「はっは~ん……会長、バスケするつもりだね」

 どうやら、背の高い海斗くんには中央に立つ人物が見えたらしい。

 海斗くんは急にいたずらっ子の顔になり駆け出した。

「会長っ、遊ぶんすか?」

「海斗っ、ひっさしぶりー! ちなみに俺、もう会長じゃないからっ!」

 海斗くんが加わった場所から輪の中が見えた。

 人垣の中にいたのは久先輩。

 バスケットボールを指先で器用に回してはにこやかに笑っている。

 久先輩はボールを回したままジャンプして、身長差のある海斗くんとハイタッチを交わす。

 人並みはずれた脚力は未だ健在。

「桜林館と言えばバスケっしょ!」

「いいっすね!」

 イヒヒ、といたずらっこのように笑うふたりを見ていると、後ろから冷ややかな声が降ってきた。

「ほぉ……大掃除中にバスケをやろうとはいい度胸。仮にも、元生徒会長、現生徒会役員が主犯とはな」

 振り返ると、微笑を湛えたツカサが腕を組んで立っていた。

「なんのために人が集まっていると?」

 少し首を傾げにこりと笑う。サラリと動く黒髪に、心臓がトクンと音を立てた。

 慌てて海斗くんたちに視線を戻すと、海斗くんと久先輩は一歩後ずさって佇まいを直し、

「「お、大掃除のためでありますっ」」

 軍隊さながらの返事。

 直立したふたりは、指の先にまでピンッと力が入っていた。

「わかっているならさっさと持ち場に移動。そのボールは預からせてもらいます」

「えっ!? このボール学校のじゃなくて俺の私物っ」

「掃除が終わったら返します」

 まるで生徒と先生が話しているような光景だった。

 ふたりはクルリと身体の向きを変えて走りだし、その場にいた人たちもあっという間に散開する。ただひとり、私だけがその場に残された。

「昼休み、何も言ってなかったから翠は教室掃除かと思ってた」

「あ……うちのクラスは共同スペースへ行く人が決まったの、ついさっきなの」

「段取り悪いな。たいていのクラスは午前中に決まってる」

「そうなの……?」

「たいていは。……立候補したのか?」

「ううん……海斗くんに天気がいいからって誘われたの」

「ここ、天候は関係ないと思うけど」

 もっともな言葉が返され返答に困る。

 そこで、誘われたときに言われたもうひとつの理由を思い出した。

「……普段、あまり桜林館に行くことないからって」

「そう」

「……うん。――……ツカサもここのお掃除?」

「いや、俺は集まった生徒が遊ばないように監視」

「……そう、なのね」

「そう。……もっとも、俺だけが監視しているわけじゃないけど」

「……ほかにも見張りの人がいるの?」

 周りを見回しても「誰が」というのは全くわからない。

「要所要所に美化委員が配置されているし、校内を見回ってる」

「そう、なのね……」

 話していたい気持ちはあるのに話すことがない。話が続かない。何か話そうと思っても、話題が思い浮かばない。焦れば焦るほどに出てこない。

 これ以上一緒にいると居心地が悪くなりそうで、私は自分からその場を離れることにした。

「……私も、注意される前に持ち場へ行かないと。……また、ね」

 踵を返して半月ステージへと向かって歩き出す。

 ぎこちない。不自然だ。これでは不自然すぎる。

 もっと普通に……もっと普通にしないと――。


 やみくもに足を前へ踏み出す。と、半月ステージに爪先が当たった。

 ちょっと……かなり痛かった。

「翠葉、掃き掃除と拭き掃除どっちがいい?」

 海斗くんに声をかけられる。

 ステージ上では海斗くんが中心になって掃除の分担を決めているところだった。

「どっちでもいい」と答えようとすると、

「海斗、拭き掃除は水使うから却下だろ」

 河野くんの一言で、掃き掃除を任命される。

「ありがとう」を言う間もなく、みんな各々の分担に取り掛かった。

 私語を禁止されているわけではないので、手さえ止めなければ話しながらの掃除も許される。

 単なる学期末大掃除なのに、まるでちょっとしたイベントのよう。

 モップがけ競争をしていたり、どちらがきれいに鏡を磨けるか競っていたり。

 冬休みを目前にはしゃぐクラスメイトの笑顔に心が和む。つられて頬が緩むくらいには、心が穏やかだった。

 掃除用具を片付けるとき、ステージ裏にある姿見に自分の姿が映った。

 顔の半分はマスクで隠れていてどんな表情をしているのかは見えない。

 マスクの下の顔は――私は自然に笑えているだろうか。

 ――結局、私はマスクを外して確認することはできなかった。

 自分の表情を目の当たりにするのが怖くて、怖すぎて――。


 家に帰ると、出かける準備万端な家族に迎えられる。すぐに着替える旨を伝え自室に入った。

 いつもなら何着かあるルームウェアに着替えるけれど、マンションから出るのならルームウェアというわけにはいかない。

 クローゼットを開けて少し悩み、色味素材共にあたたかそうなものへ手を伸ばした。

 黒いオフタートルに赤い毛糸でモチーフ編みされている膝丈スカート。これの上にAラインの白いコートを着よう。

 ライトグレーのラビットファーのバッグに必要なものを入れ部屋を出ると、

「翠葉、お茶が入ってる」

 蒼兄に声をかけられた。

「すぐに出るんじゃないの?」

「まさか。さすがに少し休憩は必要だろ?」

 言われて、着たばかりのコートを脱がされた。

「とりあえず、うがいと手洗いしておいで」

 ふわりと笑う蒼兄の笑顔は私の精神安定剤。近くにいると安心する。楽に呼吸ができる。

 ずっと蒼兄だけだった。でも、今は唯兄もいる。唯兄が来てから、蒼兄との距離が少し開いた気がしたけれど、その分はしっかりと唯兄が補ってくれていた。

 蒼兄ひとりで請け負っていたものを、ふたりでバランスよく分担したような……そんな感じ。

 ふたりの間で話し合いがあったのかは知らない。でも、私にはとても心地よいバランスだった。

 ひとりだけに負担がかからない。

 病院に迎えにきてもらったり、具合が悪いときに付き添ってくれたり、悩んでるときに話を聞いてもらったり……。

 負担がひとりだけにかからないから、際限なく甘えてしまいそうになって怖くなることもあるけれど――蒼兄ひとりに負担がかかるよりもずっといい。

 ずっとこのままでいたい。関係が変わることなく、距離が変わることもなく、ずっとこのままで。

 家族ならそれができると思っていた。でも、蒼兄や唯兄が結婚してしまったらこの均衡は崩れる。

 そんな未来がいつかくると思えば少し怖くなる。

 家族も友達も、変化しないものなどひとつもない。

 蒼兄や唯兄が結婚するとき、私は心から祝福することができるのかな――。

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