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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
本編
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02話

 先生に鍼を打ってもらうと心臓の動きに変化があった。不規則なリズムはしだいに規則正しいものへと変わっていく。身体がす、と楽になる気がした。

 けれど、「油断はするな」と先生は言う。

 身体が不安定であることに変わりはなく、一時的に良くなったとしても、それを維持できるかは別問題だ、と。

「今日のところはおとなしくしとくんだな」

 そう言われて治療が終わった。

「夕方になったら姫さんが来るって言ってた。それまでは心電図つけたまま寝とけ」

「はい」

「家族にも夕方迎えに来てもらえるよう連絡しておく」

「ありがとうございます」

「ところで……腹、減ったか? 減ったよな?」

「え……?」

「もうとっくに昼を過ぎてんだよ」

 その言葉に「昼食」というものを思い出す。

「正直に言うと、あまり……」

「でも、それが通るとは思っちゃいねぇよな?」

 ニヤリ、と悪そうな笑みを向けられ苦笑を返す。

 どうやら、先生は私が起きるのを待っていてくれたらしく、自身もまだ昼食を摂っていなかったのだ。

 このあと、先生チョイスの定食が病室に運ばれ、先生と一緒にお昼を食べた。

 完食することはできなかったけれど、きちんと朝昼晩に少しでも何かを食べることが大事なのだと言う。

 私は薬を飲んで午後も横になる。

 午前中にしっかりと寝たこともあり、あまり眠いという感覚はなかった。

 それでも身体は休養を欲する程度には疲れていたのだろう。横になれば、自然と眠りに落ちる。

 深い眠りではなかったけれど、身体を休められた感じは十分に得られた。


 夕方五時を回ると湊先生やってきた。

「とりあえず、問題になりそうな波形は出てなかったわね」

 言いながら心電図を外していく。

「でも、できる限り規則正しい生活を心がけなさい」

 私はコクリと頷いた。

 ここ最近、寝不足というのはあまりなくて、たいてい日付が変わる前にお布団に入っていた。

 昨日が異例だっただけなのだ。でも、言い訳はしない。身体に起きている症状が事実ですべてだから。


 私は胸につかえていたものを湊先生に話す。

「先生、命ってなんだろう……。心ってなんだろう……。どちらも自分の中にあるもので、どちらも大切なものだけど、どちらかを優先しなくちゃいけないとき、人はどっちを選ぶのかな……」

 訊くと、先生は数秒口を噤む。そして、

「あんたはどうしてそうものごとを難しく考えたがるのかしら?」

 困ったような呆れたような顔だった。

「命も気持ちも大切でしょ? どっちを取るかなんて普通考えないわ」

 普通は考えないの……?

 でも、私は頻繁に選択しなくちゃいけない状況にいる気がするの。

 その都度「心」を優先しては何か失敗しているようで、ツカサや相馬先生に怒られたり窘められたりする。

 別にふたりを怒らせたくないから答えが欲しいわけじゃない。

 ただ、どうして答えが違ってしまうのか、何が正しい答えなのか――それが知りたいだけ。

「翠葉、明日は午前授業だけど……。そのあと時間は取れる?」

「え……?」

「どちらにせよ受けなくちゃいけない授業なんだけど、保健体育……というよりは、性教育の授業を受けてみない?」

「性教育」――それは、お母さんが「洗礼」と言っていた授業のことだろうか。

 私は少し身構える。「性教育」という言葉や外部生が受ける「洗礼」というものに対して。

 湊先生は院内PHSを取り出しどこかへかける。

「あ、湊です。今、お時間よろしいですか? ……失礼な。このくらいの対応はできます」

 会話の雰囲気からすると、湊先生よりも目上の人にかけている感じ。

「御園生翠葉の補講の件です。先輩の都合がよろしければ、明日の午後にお時間いただけないかと思いまして……。はい――はい、わかりました。じゃ、明日行かせます」

 簡単に話を済ませ、通話を切った。

「明日、特教棟の三階、一番突き当たりの教室に行きなさい。玉紀先生がいらっしゃるから」

 きっとその人がみんなに「なっちゃん先生」と慕われている先生なのだろう。

「お昼ご飯を食べたあとに行けばいいんですか?」

「一緒に食べるって言ってたわ」

「……はぁ」

 私は補講授業を受けに行くわけだけど、補講授業を受ける前に食べるのだろうか。

 不思議に思いつつ、帰るために制服に着替えた。


 病院に迎えに来てくれたのはお母さんと唯兄。

 私が病院にいる間、ふたりもしっかりと睡眠をとったらしい。

 蒼兄は午後から大学へ行ったとのことだった。

 車に乗り込み、私は気になっていたことを口にする。

「昨日の人、どうしたかな……。今日、学校に来てたかな。それとも欠席だったかな……」

 そんなことを唯兄やお母さんが知ってるわけがない。わかっていても口にしたのは、本当は訊きたくて訊けないことがあったから。

 怖くて訊けないのは、「停学」や「退学」という処分が彼女に下ったかどうか、ということだった。

 私はあの人を叩いた。暴力をふるった。けれど、これといった処分を受けていない。それなら相手はどうなのか……。

 不安に思っていると、唯兄が教えてくれた。

「司っちから聞いてない? 俺のすばらしい働きによって、あの子は法に触れることはできない状態にしてあった、って。……リィのオリジナル携帯は最初から保護されていたし、データが流用されないようにトラップも仕掛けてあった。彼女が罪に問われることにはならない状況が用意してあったんだよ。池に落とされた携帯も替え玉。強いて言うなら携帯の無断使用。使用窃盗罪が適用されるけど、リィが訴えない限り問題になることはない。今のところ、学校長から厳重注意ってお叱りを受けた程度のはず」

「そう……私の暴力は?」

「互いにしたことで全て相殺されたことになってる。どちらにも処分下らず、だよ。不満?」

「……ううん。とくには……。ただ、相手にだけ処分がなければそれでいい」

「リィは優しいね?」

 私は何も答えなかった。

 ……唯兄、違うんだよ。優しいとかそういうことじゃないの。

 私の中には今でも彼女への憎悪が渦巻いている。携帯がダミーだったとしても、やっぱり池に落とされたことはとても衝撃的で、許しようのないことだったから。

 もし、今回のことで自分が処分を受けることになっても、相手が処分を受けることになっても、私は別に構わなかった。

 求めていたのは同等の処分を受けることであり、私だけが擁護されたのだとしたら、それだけは受け入れられないと思っただけのこと。

 あの人は同じ学年なのだろうか……。

 私はそんなことすら知らない。

 できれば、学校で会いたくない。会ってしまったら、自分の感情を抑えきれるかわからないから。

 自分がこんなにも根に持つタイプだとは思いもしなかった。


 家に帰ってからは今日の授業で進んだ分を予習復習し、夜は早めに休んだ。

 昨日から色んなことがありすぎて、頭の中は整理がつかないまま。だから、勉強に逃げた。

 頭の中を整理するのにはもう少し時間がかかりそうだったから。

 まずは明日の午後にある性教育のことだけを考えよう。

 湊先生の口ぶりだと、「命」や「気持ち」の大切さは「性教育」に関係があるようだった。

 私にはどんな共通点があるのかすら見当もつかない。想像の域を超える。

 けれど、何かしら答えが得られるのかもしれないと思うと、少しだけ怖くて、少しだけ待ち遠しくて、時計の針が進むのがもどかしく思えた。

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