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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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67~70 Side Akito 01話

 ホテルにチェックインした直後に携帯が鳴り出した。

 発信相手を確認してからディスプレイを司に向ける。

「……湊ちゃんからなんだけど、これについて司は何か知ってたりする?」

 司はディスプレイを見るなり、なんの断りもなく電源を落とした。

「出たら面倒なことになると思う。無視して」

「了解……」

 すると司の携帯が鳴りだした。きっと湊ちゃんからなのだろう。司は一目見てすぐに電源を落とした。


 翌朝、朝食は空港のVIPルームで済ませ、コーヒーを飲みながら搭乗時刻を待っていた。

 でも、本当に待っているのは搭乗時刻なのか、彼女なのか……。

「そんな顔しなくても来る……」

 司が呆れたように口にした。

「なんでそう言い切れる?」

「……そのくらいのことをしてきたから」

 なるほど……。彼女のことを信じていて、さらには自分が取った行動にも自信があるというわけか。

 ノートパソコンに表示される彼女のバイタルは規則正しいとは言いがたい。

 けれど、GPSを使って居場所の特定まではしない。

 今、俺たちが見ているドアが開くか開かないか――ただそれだけ。

 六時を回ると、すりガラスのドア向こうに人の気配を感じた。

 ドアはすぐに開かず、数分経ってからようやく開いた。

 そこには、白いコートを着た顔色の優れない彼女が立っていた。

 彼女は小さく口を開き、何か短く呟く。

 口の動きが小さすぎて何を言ったかまでは読むことができなかったけれど、察するに、どうして司がいるのか――そんなところだろう。

 「お嬢様、お入りください」

 蔵元に促されて彼女は足を踏み出し、蔵元はこちらに一礼してラウンジを出て行った。

 それから、翠葉ちゃんはゆっくりと三歩進んで足を止める。

「司の勝ちだな」

 彼女は来た……。もう、俺の負けだよ。

 戸惑いがちに口を開ける彼女に、

「今日、ここへ翠葉ちゃんが来るか来ないか、俺は来ないほうに賭けた。司は来るほうに賭けた」

「か、け……?」

「最初はそんなつもりなかったんだけどね、俺も司に嵌められた人間」

 彼女は意味がわからない、と言うように、不安げに瞳を揺らす。

「別に、賭け自体に意味はないし、賭けの勝敗で何かを取引する予定もない。俺は、翠が来るか来ないかを知りたかっただけだ」

 言うと、司はすぐにラウンジから出ていった。


 緊張している彼女を目の前に、俺はとても穏やかな気持ちでいた。

 昨日、あの時間に湊ちゃんから連絡が入ったということは、きちんと外出許可を得てきたのだろう。だとしたら、ここまで送ってくれたのは蒼樹と唯。もしくは湊ちゃん本人か……。

 思いながら、俺は彼女に問いかける。

「それで……? 翠葉ちゃんは何をしにここへ来たの?」

 もう覚悟はできていた。どんな言葉でも受け止められる。

 彼女はもう一歩二歩と歩みを進めて俺の前に立つ。そして俺も、彼女と向き合うために席を立った。

「あの……」

「うん」

「メール……送っても、返ってきちゃって……。電話もつながらなくて……」

「うん」

「でも、伝えたいことがあって……。秋斗さんに、会いに、来ました」

「うん」

 聞かせて。君の気持ちを。

「私、好きな人がいます」

「うん」

「……ツカサが、好きです」

「うん」

「だから――秋斗さんの気持ちには応えられません……」

 ありがとう……。

「応えてくれたよ。今、答えをくれた」

 ボロボロ、と彼女の目から涙が零れた。

「でもっ……秋斗さんのことも好きでしたっ」

「うん」

「好きって言ってもらえて嬉しかった……。秋斗さんを好きになって、すごくドキドキしました。人を好きになるってこういう気持ちなんだって知りました。本当に……本当に好きだったんです」

「うん」

「でも――記憶が戻ったら……どうして、どうしてツカサを好きになってしまったんでしょう? それがわからなくて……」

 俺、振られたのにね。思わぬ告白をされて得した気分。

 本来なら、こんな行動に出るべきではないだろう。

 わかっていつつも、彼女に腕を伸ばさずにはいられなかった。

 今、このときだけでいいから――君を抱きしめたい。君が抱えている想いごと、抱きしめたい。

「全部知ってるよ。四月から、ずっと見てきたんだ。君が司に恋をして、それが面白くなくて俺が横取りした。でも、君はちゃんと俺を見てくれた。君からの好意はきちんと感じられた。俺が焦りすぎて、君を急かしすぎて、色々うまくいかなくなっちゃったけど――あのとき、確かに俺は翠葉ちゃんから『好き』って気持ちをもらっていたよ」

「ごめんなさい……。秋斗さん、ごめんなさい……」

 嗚咽まじりの彼女の声が、振動として胸に伝わる。

「謝らないで。君は十分悩んだし苦しんだ。もう楽になっていいよ。もう、これ以上は苦しまないでほしい」

「ごめんなさい。ずっと言えなくて、きちんと返事ができなくて、こんなに長い間――ごめんなさい」

「……答えをくれてありがとう。会いに来てくれてありがとう」

 どうしてか、気持ちが満たされる不思議な気分だった。

 彼女を抱きしめる腕に少しだけ力をこめる。彼女が壊れないように、けれど、今だけはそのぬくもりを強く感じられるように。

「私、秋斗さんのことは尊敬しています。好きな人ではないけれど、大切な人です。これからもずっと……」

 何か言い残したように言葉が途切れる。

 その先の言葉、言ってくれてもかまわないのに。

 翠葉ちゃん、君がずるくなっても俺は全然困らないし、むしろ嬉しいくらいだ。

「ねぇ、翠葉ちゃん。君はひとつ決定的な思い違いをしてるんだけど、それ、訂正させてもらっていいかな?」

「何を、ですか……?」

 真っ赤な目で見上げられて、ウサギを腕に閉じ込めている気分。

「俺ね、君にきれいさっぱり振られても諦めるつもりはないんだ」

「……え?」

「司が好きならそれでいい。司を好きな君を愛する。いつか君が司に愛想を尽かすのを手をこまねいて待っていることにする。……あぁ、待ってるだけっていうのは性に合わないな。司に遠慮せず、今までどおりアプローチはするだろうね」

 君が司を好きだと白状したのなら、もう遠慮はしない。する必要がない。

 答えを出した君になら、俺らしく接することができる。

 それがひどく嬉しくて、

「俺は君から離れるつもりも諦めるつもりも毛頭ないんだ」

 彼女は目を見開き、少し口を開けて驚いた顔をしていた。

 そして、今このとき気づいた。

 最初からそう話していれば、彼女はこんなにも悩み苦しむことはなかったのか、と。

 でも、ごめん。今気づいたんだ。俺も恋愛初心者だから……。

「意外? 残念? 困る?」

 彼女は首を左右に振って否定する。

 そんなふうに言っていいのかな? 困ると言わなかったのは君だからね?

「本当? じゃぁ、キスしてもいい?」

 顔を近づけて訊くと、

「それはだめっ」

 彼女はすぐに飛びのき、一歩半離れたところで宙を見たまま倒れた。

「翠葉ちゃんっ!?」

 彼女を抱き起こすも、瞼はピクリとも動かない。

「蔵元っ」

 外に控えているであろう蔵元を呼びつけ、空港の医療スタッフに連絡を入れようとしたとき、バタバタと人の足音が聞こえてきた。

 先陣切って入ってきたのが湊ちゃんで少しほっとした。

「秋斗、翠葉をソファに寝かせて」

 言われたとおりにすると、

「翠葉っ、翠葉聞こえるっ!?」

 意識確認をしながら聴診器を当て、心臓の音を聴き始める。

 そして、バイタルモニターを見ながら、

「脈が跳んだだけ……少しすれば意識は戻ると思う。でも、万全を期してすぐに病院へ搬送するわ。司、ヘリに連絡して」

 ヘリを使うには静さんかじーさんの許可が必要なはずだが、司は直接ヘリの操縦者に連絡しているようだった。

「安心なさい。そこのバカ、バカはバカでも私の弟だから」

 司は電話を一本入れると状況説明を始めた。

「昨日泊まったホテルにヘリを待機させてある。それから、病院には紫さんのチームが待機している」

 ……つまり、こういう事態も想定して手を回してあったということ――?

「……それ、昨日の時点で教えとけよ」

 零すと、鋭い視線が返された。

「俺に断りもなく海外移住を企んでたような人間に言う義理はない」

 何も言い返すことができなかった。

 間もなくしてストレッチャーが到着し、湊ちゃんは翠葉ちゃんに付き添ってヘリポートへ向かった。

 部屋に残されたのは俺と司、蔵元、蒼樹、唯の五人。

「秋斗様、そろそろ……」

 蔵元に搭乗時間を告げられるも、自分の意識はそちらへ向かない。

「予定は余裕を持って組んである。出発を一日遅らせても問題はない」

 すぐに藤倉へ引き返そうと思っていた。すると、

「社会人だろ」

「社会人放棄すんなですよ」

 司と唯、ふたり同時に却下された。

 こういうときだけ、ふたりは意見が合うようだ。

「秋斗先輩、翠葉を心配してくれるのは嬉しいんですけど……やっぱりここは行ったほうがいいと思います。あとで出発を延ばしたと知ったら翠葉が気に病みますから」

 それを言われると強くは言えない。

「病院に戻ったらまた検査だと思います。その結果はメールで送りますから」

「わかった……」

 ブリーフケースを持ち立ち上がる。と、

「秋兄……」

 一際強い視線に捕まった。

「……帰ってくるよね」

 もう帰ってこない理由はないはず、と言わんばかりの目。

 不器用で無愛想。でも、誰よりも俺を理解している司に笑みが漏れる。

「帰ってくる。ちゃんと、二週間後に」

「……ならいい」

 そっぽを向く司の肩を強引に引き寄せたのは唯。

「んじゃ、みんなで秋斗さんのお見送りとまいりましょー!」

 俺は四人に見送られて日本を発った。

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