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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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67 Side Soju 01話

 司が仕掛けるのは今日の夜。

 もし、翠葉が動くなら電話がかかってくるだろう。否――かかってくると信じたい。さすがに今回だけは自分でどうにかしようと思わないでほしい……。

 夕方六時には翠葉以外の家族がゲストルームに揃っていた。

 各々が違うことをしているにもかかわらず、誰もが電話を気にしていたと思う。

 みんながみんな、音という音に過敏になるものだから、動作に伴う音すらもカサカサガサガサ、とどこか不自然なものばかり。

 夕飯時、

「ちょっと、みんな緊張しすぎっ」

 唯がバシバシッと俺と父さんの背中を叩いた。

「そりゃ、緊張するってば……」

 俺が答えると、

「司っちが病院に行くのは七時半頃って言ってたじゃん。それに、司っちのことだから、勉強を教え終わるまで言わないと思う。だからまだ時間はある」

 わかっていても落ち着かないものは落ち着かないわけで……。

 そこへ、唯の携帯が鳴り始めた。全員の神経が注がれるものの、

「勘弁してよ……。俺がダースベーダーの着信音をリィに設定すると思う? これはオーナーか秋斗さん」

 言ってから出る。と、対応の違いで秋斗先輩からであることがうかがえた。

 いくつかのやりとりをして電話を切ると、

「秋斗さんからだった」

 俺と父さんは揃って息を吐き出す始末だ。

「意外と心臓に悪いな、おい……」

 そんなことを父さんが零すものだから、

「そんなに心配なら承諾しなければ良かったじゃん」

「いや……ま、そうなんだけどさ」

 家で一番図体のでかい父さんが、苦笑を貼り付け胸もとに手を添えてビクビクしているのだからなんとも言えない。

「もう、しょうがないなぁ……。甘味処唯芹亭発動しますか……。確か白玉粉と小豆があったはずだから白玉ぜんざい作りますよ。飲み物は? 日本茶? それともコーヒー?」

 三人揃って日本茶を所望し、唯はキッチンへと入っていった。

 それから三十分もすると、深皿に白玉ぜんざいを入れて持ってくる。

「ビバ圧力鍋! 小豆さんだって芯もなくホクホクの出来上がり。甘さ控え目だからあんちゃんでも食えるよ」

 言いながら、みんなの前に皿とスプーンを置く。

 少し前に夕飯を食べたばかりなのに、俺たちは唯が作ったぜんざいをペロリと平らげた。

 あたたかい緑茶を飲みながら、

「甘いもの食べて、緑茶を飲むとなんだか落ち着くわね……」

 母さんの言葉に深く共感。

 甘いものは苦手だけど、唯や翠葉が作ってくれたものなら食べられる。

 すると唯が、

「神経ピリピリしてるときはその場しのぎでも甘いもん食えばいーんです」

 と言い切った。


 九時近くなると緊張のピークを迎える。

 翠葉の就寝時間が十時ということもあり、電話がかかってくるとしたら、今くらいのタイミングだと予想するからだ。

 いてもたってもいられないといった感じで、父さんは次に建てる家のデッサンを始めるし、母さんは朝食の下ごしらえを始める。

 俺は何を始めるということはなかったけど、じっと自分の携帯を見つめていた。

「あーあー……もう見てらんないね」

 言ったのは唯。ただひとり、余裕の面持ちなのがなんとも小憎たらしい。

 自分の携帯に視線を戻したとき、唯の携帯が鳴り出した。

「ビンゴ……」

 唯はすぐ通話に応じた。

「あれ? リィ、どうした? そろそろ就寝時間っしょ?」

 なんて、なんでもないふうに話せるんだから役者になれると思う。でも、少し悔しいから狸で十分。

「うん、いいよ。――了解。じゃ、チャット立ち上げて待ってて。俺、あんちゃん呼んでくるから」

 唯に電話があったにもかかわらず、俺にも用があるらしい。

 それにしても納得がいかない。なんで電話をかける相手が唯かな……。

 今まで自分のポジションだった場所に唯が抜擢された気がして、ちょっと面白くない。

 唯には感謝してるし、翠葉も救われてる。でも、なんだかやっぱり面白くない。

「あんちゃん、正直すぎ……。顔に書いてあるよ、面白くないって」

「……実に面白くない」

「くくっ。俺、ちゃんと兄貴できてっかな?」

「できてるんじゃない? 一番に電話をもらえるくらいには」

 棘だらけの答えを返し、唯の部屋へ向かった。


 イヤホンマイクをセットして準備が整うと、唯が翠葉を呼び出す。通信はすぐにつながった。

「で? 話って何?」

 翠葉はまるで息継ぎでもするように空気を吸いこみ、一気に話しだした。

 俺たちは話に沿った返答を続ける。

 なんだか、通るルートが決まっている人生ゲームをしている気分。その都度サイコロに表示される目を数えてマスを進む。

 途中、翠葉の様子がおかしくなり、

「リィ?」

「翠葉?」

 声をかけると、

『な、んでも、ない……。ちょっとお水飲んでくる。待ってて』

 翠葉は席を外した。

「……現時点で体調悪そうじゃない? これってセーフ? アウト?」

 唯に訊かれて口を噤む。

 どうしてあげたらいいのかわからない。

 体調のことを考えれば止めるのが正しい。でも、それじゃ翠葉の心は救われない。

 身体あっての心だけれど、心あっての身体だとも思う。

 どうしたら――。

 再度モニターに翠葉が映りこむ。けれど、

「顔色悪いけど……」

 やっぱり命には代えられないからあえて口にした。

『お水飲んだら治まった。それに、顔色だって悪くもなるよ。もうずっと秋斗さんと連絡がつかないんだもの』

 ザックリごまかされたと思った。口を挟もうかと思ったけど、翠葉は追随を許さない。

 俺が口を開くと同時に話し始めた。

『ふたりにお願いがあるの。私、どうしても秋斗さんと話がしたい』

 これはいよいよもって空港に行きたいと言いだすんじゃ……。

 司の用意したシナリオをたどり始める会話に、心臓がバクバクといい始める。

「……具体的に、リィは俺たちに何をしてほしいの?」

『秋斗さんのいるところへ連れて行ってほしい。電話に出ないのが秋斗さんの意思なら、私が秋斗さんに会いに行く。会って、捕まえて、話を聞いてもらう』

 きた――。

 唯と俺は顔を見合わせる。そして、唯が先にモニターに向き直った。

「……リィはまだ入院中でしょ」

『だから、力を貸してほしいの』

 司が予想したとおりだった。

 翠葉が行動しようとしているのを成長と受け止めるべきなのか、もっと身体を大事にしろと叱るべきなのか……。

 だめだな……誰よりも長く翠葉と一緒にいたのに、唯や司に負けてる。

 七歳も年下の司は、起こり得るすべてのことをリストアップしてうちにやって来たというのに……。

『私が急にここからいなくなったら先生や警護の人たちに心配と迷惑をかけることになる。だから、ここから出るならきちんと話をしていかなくちゃいけない。何も言わずに出たりしない。手順は踏むよ。外出許可を申請する。でも、それには保護者の承諾も必要になる』

 翠葉の言葉に衝撃を受けた。

 翠葉ですら、周りのことをきちんと考えて連絡を入れてきていた。

 これは……助力側に立つべきか――。

「色々考えてから電話してきたわけか。……ということは、翠葉が俺たちに求めるものは、最終的な保護者である両親の説得ってところかな?」

 何度も見てきた上目遣いで、

『そう……だめ、かな?』

 だめと言えない。

 父さん、母さん、俺、ちょっと無理……。仕事放棄チックで申し訳ないけど、覚悟決めた人間に立ち向かえるほどの何かを持ちあわせてない感じで――。

「リィ、上出来。いいよ、俺はリィの味方。碧さんと零樹さんの説得引き受ける。あんちゃんは?」

 わかってるだろ……と思いつつ、

「俺も。ただし、空港までは俺と唯が連れて行く。ひとりで行こうとはするなよ?」

 ここだけ死守できればいいことにしたい……。けど、本当に大丈夫なんだろうか、という不安は拭えない。そこに、

『……本当は自分の足で行きたかったの。電車を乗り継いで、バスに乗って。そうやって自分の足で行きたかったの』

 唯が即座に却下した。すると、

『うん、佐野くんにも反対された』

 唯の肩がビクッと動き、動揺したのが俺だけじゃないことを知る。

『あのね、どうしようって思ったとき、佐野くんを思い出して佐野くんに相談したの。そのときも、自分で行こうと思ってたんだけど、それはだめって言われて……。じゃぁ、どうしたらいいの? って訊いたら唯兄と蒼兄に協力してもらいなさいって』

 佐野くん、ナイスアシスト……。

 しっかし――そっか……。相談役はもう俺だけのポジションじゃないんだな。

 寂しさは感じる。でも、翠葉の世界や人間関係が確実に広がっていっている証でもあって――。

 複雑だけど、きっとこれが本来あるべき姿……。

「軽くショック……」

 隣の唯がカックリとうな垂れた。

「唯……それは軽くって域を超えてる形状……」

 指摘しつつ、

「でも、気持ちはわかるよ。俺だって、翠葉が俺じゃなくて唯に相談もちかけたときはショックだったし。俺よりも先に唯に連絡したこととか相当ショックだったし」

 畳み掛けるようにいじめてみると、

「ああああ……そうか、こういう気持ちだったんだ?」

 唯は優越感を感じた直後に奈落の底に落とされた人間になっていた。

 ざまぁみろ……と意地悪な自分が心で呟く。と、

『あの……話、もとに戻してもいいかな?』

 思いがけない翠葉の申し出。今までだったら事の成り行きを見守ってるだけだった気がする。

 これも成長、なのかな……。

「確か、明日の六時五十分発だったよな」

『うん』

「秋斗先輩の性格なら、一時間前には空港に入ってるな……。ホテルで捕まえるのが一番確実だけど――」

 どこで捕まえるべきなのか……。

「あんちゃん、大丈夫。秋斗さん、搭乗までは空港のVIPルームで過ごすことになってるから。そこに行けば問題ない」

「そこって簡単に入れるのか?」

「俺がいればなんとかなるんじゃん? っていうか、そこはなんとかしますとも。まずはさ、心配症の両親の説得じゃない?」

 じゃぁ空港のことは唯に丸投げで……。残りは両親か。

 ま、そこも司がクリアしてくれてるわけだけど……。

「そうだな……でも、父さんたちの説得も翠葉がしてごらん。俺たちもフォローはするけど、まずは自分で話してごらん」

 翠葉は不安そうに「うん」と頷いた。

 成長期の娘を見守る親の心境ってこんな感じかな。

 俺、翠葉がお嫁に行くとなったら父さんよりも小舅ぶりを発揮できそうだ……。

「じゃ、碧さんと零樹さん連れてくる」

 唯が席を外し、俺と翠葉だけがモニター越しに面していた。

「翠葉……がんばってるな」

 正直な感想だった。

 俺のがんばりなんて、翠葉に比べたらほんのちっぽけなものなんじゃないかと思えるくらいには。

『今まで、見当違いながんばり方してきたから……。気づくの遅かったけど……でも、やっと気づけたの』

「俺は、翠葉ならいつかちゃんと気づけるって信じてた」

『え……?』

「……俺の、自慢の妹だから」

 なんてね……。

 翠葉は、「ありがとう」と言って涙を拭ったけど……。

 ごめん、翠葉。俺、少し見栄を張った。翠葉が少しずつ俺から離れていくことを寂しく思ってる。でも、動き始めたものはそのまま進み続けるんだろうな。

 想いを積んで、スピードを上げる滑車のように――。

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