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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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66~67 Side Akira 02話

『佐野くん……私、ツカサを好きでいてもいいのかな?』

 直球を投げれば直球が返ってくる。ちょっと小気味よくて癖になりそう。

「いいと思う。それに、御園生はどちらかを選んだらどちらかを失うって思いこんでるみたいだけど、俺や七倉を見てよ」

『え……?』

「俺、立花から離れたか? 海斗から離れたか? 七倉は俺を無視するか?」

『……離れてない。無視、してない……』

「そうだろ? 中にはキッパリ離れちゃうやつもいるけど、それはそいつが弱いだけ。好きな気持ちも好きな人との関係も、一切合財切り捨てなくちゃ自分を保てないくらいに弱いだけだ。俺は秋斗先生がそんなに弱い人だとは思わない。だから、御園生はふたりに応えてあげなよ」

『でも……もうふたりとも私から離れるって決めちゃった。――もう遅いかもしれない。もう、今までみたいに接してもらえないかも。話してもらえないかも……』

 御園生がどれだけふたりのことを大切に思っているのかが伝わってくる。

 自分がどれほど苦しくても選べないくらい大切なんだ。

 好きの種類は違えど、ふたりは御園生にとって「大切な人」として一括りにされている。

 だけど、ふたりはそれ以上を求めているんだなって思うと、ほんの少し御園生よりの気持ちを感じて切なくなる。

「御園生、こっち見て」

 俺を見て……。御園生の気持ちと向き合うから。

 目にいっぱい涙を溜めては零す御園生が、しっかりとモニターを見た。

「御園生、もといた場所に戻ろうとしないで前に進みなよ。時計は左には回らないじゃん……。それと同じで、人は前にしか進めないようになってるんだ」

『前に進んだら、今までの関係は取り戻せるの……?』

 御園生が必死にふたりをつなぎとめようとしているのがうかがえる。

 これは御園生のお父さんの受け売りなんだけど――。

「取り戻すんじゃない。新しく構築するんだ。……前に零樹さんが雑誌のインタビューに答えてたことだけど、壊れたら直すんだって。最善を尽くして建てたものでも、不慮の事故や自然災害で壊れてしまうことがある。そしたらまた作り直せばいい、って」

 何かのきっかけで読んだ雑誌に書いてあった。書いてあることにぐっと心を掴まれて、その記事を切り取ってスクラップブックに貼り付けた。

『つくり、なおす……?』

「そう……。零樹さんは家のどこかが壊れても、全壊しても、もう一度この人に作ってほしいって思ってもらえる家作りを心がけてるんだって。これってさ、建築だけじゃなくて人間関係にも同じことが言えると思わない? もっと言うなら、零樹さんは建築を通して人間関係を築いてるんだと思うけど……。どうでもいい相手ならこのまま離れるのもありだ。でも、違うんだろ?」

 御園生は小さい子が頷くみたいにコクリと首を縦に振った。

「秋斗先生も藤宮先輩も、御園生にとって大切な人たちなら、やり直すんじゃなくて次の関係を築けばいい。御園生が一歩を踏み出すのは新しい関係を築くためだ」

『築く……?』

 頭いいくせに、「築くってなんですか?」みたいな返事。

「そう。再構築じゃ同じ轍踏みそうだろ? だから、同じものを作るんじゃなくて、一歩踏み出して新しく築く。俺はそのための後押しならいくらでもするよ」

『それは……どうしたらいいの? ……私の好きな人を伝えればいいの?』

 うーわっ……。

 正直少し驚いた。

 御園生、ここまで頭回ってないんだ……。

 でも、今はなんでもいっか……。何を訊かれても、俺に答えられることは答えていこう。

「つまるところはそうなるかな? そしたら、秋斗先生は間違いなく一区切りつくと思う」

 今なら御園生を洗脳できるかもしれない、とかバカげた思いが心を掠めるくらいに、御園生は俺の言うことを鵜呑みにしていたと思う。

 御園生の視線がモニターから外れた。視線を落としたのかと思ったけど、何かを見ているようだった。

『佐野くん……このまま、このままで秋斗さんに電話してもいい? ひとりだとどうしてもボタンが押せないの』

 もしかしたら、携帯か番号が書かれたメモを見ているのかもしれない。

 もう、なんでもいいよ。最後まで付き合うから。

 俺は漏れる笑みを隠さず、「いいよ」と答えた。

「でも、なんか新鮮」

『え?』

「こういうの、普通は女同士だったり男同士ですることじゃん?」

『……そうなの?』

「うん、たいていはね。でも……そっか。やっぱ俺の考え間違ってなかった」

『どういう、こと?』

「御園生って、男女関係なく友達作ってるでしょ?」

『え? ……友達に男女って関係するの?』

「くっ……俺バカだー。こういうやつって知ってたのにな。知ってたから話してもらえるって自信があって、でも話してもらえなかったから悔しくって……。終業式の日、きついこと言ってごめん。あれ、本心だけど八つ当たりでもあったと思う」

 心の中でずっと引っかかっていたものがきれいサッパリ溶けた。謝ることもできて自分の心が軽くなる。心の中にズン、と錘が居座っていたけど、それがなくなった感じ。

 御園生は、

『……どうして、謝るの?』

 きょとんとした顔で尋ねられた。

『私をずっと見てきてくれたから言ってもらえる言葉なんだってわかったら……嬉しかった。だから、今相談するなら佐野くんだって思ったんだよ?』

 その言葉がすごく嬉しい。

 簾条、ごめん。俺、おまえのこと出し抜いた感満載……。

「……やっぱ御園生変わってるよ」

『そう、かな?』

「うん。しかも絶対にマゾだと思う」

『えっ!? それはないっ。私、痛いの嫌いだものっ』

 あ、話が逸れた。こういう勘違いも御園生らしいかな。

「そういう意味じゃないんだけど……でも、御園生はいつだって自分に厳しく接する人間ばかりを慕うだろ?」

『……そう?』

 あら、本人は自覚なしですか。でも――。

「うん。これには自信ある。もし、自分を甘やかす人を好きになるなら、先輩じゃなくて秋斗先生だったと思わん?」

『……佐野くん、私……秋斗さんのこと好きだったよね』

「それ、どんな質問?」

『あ……ごめん』

「いや、いいんだけど……」

 そっか……そこで躓いてたんだ、と今になって気づく。

「ま、言わんとすることはわからなくはない。順番を言うなら、藤宮先輩秋斗先生藤宮先輩、じゃない? 俺、四月の球技大会の時点では御園生の好きな人は先輩だと思ってた。でも、秋斗先生のことで赤面してる御園生は確かに恋してるように見えたよ。だから、自分の気持ちを疑わなくていいと思う」

 自分の気持ちに自信が持てなかったんだ。さらには御園生のことだから、心変わりすることにも戸惑っているのだろう。でも、今これをつついたらもっと悩ませる気がするからそこはスルー。

『ありがとう……。私、自分の気持ちに自信が持てなくて、自分の心が掴めなくて……』

「……いいんじゃん? 時間かけてでもわかろうとしてるだけ」

 自分の心を見て見ぬ振りして何事もないように過ごしてる人間だっている。それと比べたら、ひたむきに自分と向き合ってる御園生は微笑ましい。たまに、ちょっと見てられないほど痛々しいけど……。

 考えるっていうことや向き合うっていうことを目の前でとことん見せつけられると、いつかどこかで、自分が逃げてしまいそうなときの枷になるかもしれない。――いや、「枷」よりも「動力」かな。逃げないための、立ち向かうための保険的動力。

『でも、人に訊きすぎなのかな、って思った。人を頼りすぎなのかな、って』

「御園生の場合は両極端かな? 基本、言わないじゃん。で、話してくれるときにはもういっぱいいっぱいの状態」

『…………』

 黙るな黙るな……。

 俺は笑いを噛み殺す。

「でも、それでもいいんじゃん? 自分の悪いところに気づける人間は直すこともできる。気づけないよりもずっといい。走るフォームみたいなものだよ。悪いフォームで結果が出ないって伸び悩んで、自分を客観的に見れるか、見て気づいてくれる人が近くにいるか――そんな感じ? 教えてくれることを当たり前だと思わなければいいんじゃない? 教えてくれる人がいるのは自分が築いてきた人間関係の結果なんだからさ」

 何もたとえ話に陸上を持ち出さなくてもいいかなって思ったけど、咄嗟に出てくるたとえはそれしかなかった。

 御園生は洋服の袖で涙を拭い、少し笑った。

『佐野くんは優しいね。すごく救われた気分。それに、佐野くんのたとえ話はわかりやすい』

「それは良かった。……ただ、欲を言うなら俺たちと親交を深める努力はして? 俺らも待ったり迎えに行ったりするから。その都度、俺たちの間にある時間でものごと進めようよ。たまには立ち止まって後ろを振り返ってもいいから。だから、一緒に前へ進もう。一緒に卒業してその先もずっと友達でいようよ」

『ん……。佐野くん、本当にありがとう』

「よし、じゃ電話してみ。俺はここにいるから」

 こういう会話、俺は御園生だからできるんだと思う。

 立花や簾条、海斗じゃ無理かも……。

 なんだろう……。先入観も何もなく、ただ口にした言葉をそのまま受け止めてくれる相手だからこそ、口に出せる言葉やできる話ってあると思う。

 気恥ずかしさはあるけれど、話せば話すほどに恥ずかしさは薄らいでいく。

 御園生が全部を受け止めてくれるから。

 茶化すことなく、真っ直ぐに言葉を返してくれるから。一言も漏らさず、それに対する御園生の考えを示してくれるから――。

 話しているうちに、変な安心感を与えられる。

 俺、御園生のそういうところが好きだ。

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