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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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65 Side Akito 01話

 荷物を持って一階へ下り、ロータリーに停車していた蔵元の車に乗り込む。と、蔵元は緩やかに発進させた。

「ホテルへ直行でよろしいですか?」

「あぁ」

「かしこまりました」

 そんな会話をした直後、マンションの敷地を出る直前で急ブレーキがかけられた。

 クンッ、と身体を前に持っていかれ何事かと思う。

「蔵元、どうし――」

「秋斗様……司様がいらっしゃいます」

 車の前方に司が立っていた。非常に不機嫌そうな面持ちで。

「これは手厚いお見送りって感じじゃないよね?」

「そうですね……。ずいぶんとご機嫌斜めのご様子ですが……秋斗様、何やらかしたんですか」

「んー……まぁ、ちょっとね」

 司は有無を言わさず車に乗り込んできた。

「あのさ、見送りならそこまででいいんだけど?」

「別に、見送りに来たわけじゃないし……」

 言ってすぐ、司は蔵元に声をかける。

「車出してもらってかまいませんから」

「ですが、行き先は空港近くのホテル――」

「問題ありません」

 ピシャリと言い放たれ、蔵元は何も言わずに車を発進させた。

「見送りじゃなかったら何の用?」

「……バカがいるから」

「は……?」

「バカがいるから首に縄を付けに来た」

 首に縄とはまたすごいことを言う。けど、とぼけられるところまでとぼけてみようかな。

「で? そのバカはどこに?」

 訊くと、司は心底呆れたような顔で俺を見た。即ち、正面にいるとでも言いたいのだろう。

「俺、二度と秋兄らしくないことはするなって言わなかった?」

「俺は俺らしいことしかしていないと思うけど?」

「どこが? 翠を傷つけることが? 違うだろっ。秋兄の専売特許は甘さだろっ!?」

「……十分甘いつもりなんだけどな」

 俺はルームランプに視点を定め、

「司と過ごす時間が増えれば、彼女は自分の気持ちをきちんと感じることができるはずだ。それは彼女が一歩踏み出すきっかけにはなり得ないのか?」

「……それ以前の問題。翠が一番恐れているのは、俺と秋兄のどちらかが自分から離れていくこと。それを率先してやるなんてどうかしてる。専門知識はないにしても、翠の病状くらいは理解してるだろっ!?」

「だからだ……。今の状況が長引いていいわけがない。そろそろ第一ラウンドを終わらせていい頃だ。何もかもがうまくいって円満解決なんてあり得ない。なら、長引かせないことも手段のひとつじゃないのか? 司はこのままでいてどうするつもりだった? 葛藤を続ける彼女を側で見てるだけか?」

「だからって……」

「見守るだけが、教えるだけが優しさじゃない。気づかせることが必要なときもある。たとえ傷を負うことになったとしても」

「……俺、バカを同時にふたり扱うとか、そんな器用な人間じゃないんだけど……。バカはひとりで間に合ってる。……とりあえず、秋兄には共犯になってもらうから」

「は?」

「秋兄……携帯解約して渡米して、しばらく帰ってこないつもりだろ?」

 鋭い目が俺を捕らえていた。

「そんなわけは……。秋斗様は二週間でお戻りのご予定ですよ」

 運転席から慌てた様子で蔵元が口を挟む。

「蔵元さん、秋兄について何年ですか?」

「五年になります」

「自分、十七年の付き合いですが、この人、アメリカに行ったらしばらく帰ってきませんよ。短くて半年。長ければ一年。もしくは、翠が動くまで……」

「秋斗様、それは本当ですか?」

 図星すぎて何も言えない。

「俺が見逃すとでも思った?」

「……あの子は、俺が何を言おうと受け入れない。それなら物理的距離を取るのも手だと思った。海外に行く理由が仕事なら、彼女だって納得できるはずだ。おまえにとっても悪いようにはならないと思うけど?」

「翠もわかってないけど、秋兄もわかってない……。あいつはそんなに都合よく動ける人間でも単純な人間でもない。携帯がつながらないまま秋兄が帰ってこなかったら、それこそ心の中の秋兄の割合が増える。気がかりな存在として。そんな状況で翠が俺を見るわけがない。なんでそんなこともわからないんだっ」

「その、バカは相手にできない的な目、やめてくれない?」

 思わず苦笑を返す。

「俺は俺なりに考えてるつもりだよ」

「だから、浅はかだって言ってる」

「……ま、それはさておき、さっきの共犯ってなんの話? おまえまで何かしたとは言わないよな?」

「……秋兄がいけないんだ」

「……何をした?」

 司が彼女に向かって発してきた言葉の数々を知って眩暈を覚えた。

「おまえ、俺よりも彼女の状態はよくわかってるだろ?」

「だからっ、秋兄がいけないって言ってるだろっ!?」

「なんでおまえまでこっち側にくるんだよ……」

 頭を抱えたいレベル。でも、頭を抱えたところで現況が変わるわけでもなく……。

「俺はさ、俺がいなくなっても司が翠葉ちゃんの側にいるなら大丈夫だと踏んでの行動だったわけで……」

「だからそれ、無意味だって言ってるだろ……。そうやって中途半端に突き放して中途半端に甘やかすの、翠のためにならないから。……やるんだったら徹底して突き放せよっ。帰国しないつもりなら、もっと徹底して追い詰めろっ。それもできないで覚悟を決めたつもりになっているなっ。……ひとりよがりの自己完結なんて迷惑なだけだ」

 車内には走行音のみが響く。

 誰も何も話さない気まずい空気。

 司が言ったことはある意味正しい。俺は、携帯を解約するという手には出たけれど、彼女を徹底して突き放すことはできなかった。司がしてきたような真似は到底できない。

 そういう部分、きっと俺は司に負けている。司はそうは思っていないみたいだけど。

 携帯を解約したとき、俺はどこかで高を括ってたんだ。彼女は動かないと。

 携帯が通じずメールも届かない。そういう状況に陥っても彼女は動かないと決めてかかっていた。

 動いてほしい、コンタクトを取ろうとしてほしいという願望はあったけど、そうはならないと諦めていた。

 だから、今日までに連絡がなくてもとくだん心が揺れることはなかった。

 それを司は――。

「……あとの祭りだな。どうやったって、俺とおまえは共犯者だ。何も司がそこまでする必要なかったのに」

「前にも言った。譲られるのは嫌だと」

「聞いた聞いた。でも、翠葉ちゃんが誰を想ってるのかなんて明白だろ? それで競うって言われてもね……勝敗ついてるし」

「勝敗は翠が決めることで、周りが察して決めることじゃない」

「……司はあくまで選んでほしいんだな。それが俺や翠葉ちゃんにとって酷なことでも」

「否定はしない」

 白黒はっきりさせないとだめなところは若さゆえか、それとも性格か……。俺はグレーゾーンでもかまわないとも思ったけど。

 この際、彼女の気持ちを救えるならそれで良かったんだ。でも、司はそれで良しとはしないらしい。

「司の考える勝算はどのくらい?」

「……十」

「くっ……じゃ、俺は来ないほうに賭けるよ」

 司に負けたと思った。なんていうか、惨敗……。

 彼女が司を好きだからじゃない。気持ちの面で負けた。

 俺は、彼女が動くなんて思いもしなかった。望みはしたけれど、信じてはあげられなかった。

「時」が解決してくれる――時間が彼女を優しく誘導してくれる、と自分ではないほかのもの頼みだった。

「負けた……」

 本音を漏らすと、

「まだ翠が動くとは決まってない。そういう言葉は結果が出てから言え」

 容赦の欠片もない言葉を返され、またしても車内は無言に満ちた。

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