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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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65 Side Tsukasa 01話

 翠は、俺と秋兄を二日に一度のペースで交互に呼んでいた。

 教えるものはたいていが文系。理系に関しては化学を教えることがあるくらいで、ほかに訊かれた覚えがない。

 そうして二週間が過ぎたころ、翠に呼ばれる頻度が上がった。

 最初は秋兄が仕事で来れないとかそういう理由だと思っていたけど、翠があまりにも挙動不審だったから疑問に思った。

 学校に行けば秋兄は変わらず図書棟にいるわけで、なんで秋兄を呼ばないのかが不思議でならない。

「秋兄、何かした?」

「さぁ、どうかな?」

 どうかなと言いながら、何かしたのが明白な答えぶり。

「あぁ、そうだ。俺、二十九日から仕事で渡米するから」

「は?」

「相馬さんにあっちの人間紹介されたからちょっと行ってくる。でも、翠葉ちゃんには内緒ね。ま、二週間くらいで帰る予定だけど」

 それだけを言うと、また仕事を始めてしまう。

 秋兄が会社を立ち上げたことは知っていたけれど、進捗状況までは知らされていない。

 忙しいのは間違いないとしても、秋兄が翠を疎かにするとは考えがたいわけで……。

 翠には知らせるなということにも引っかかりを覚えた。

 何を企んでる……?

 その一端を知るのは翠の病室でだった。


 俺が病室を訪ねると、翠は決まってお茶の用意から始める。

 翠が簡易キッチンに立っているとき、ベッドの上に放置された携帯が目に入った。

 ディスプレイには秋兄が翠専用に用意した番号が表示されていたわけだけど、ずらりと並ぶ発信履歴はすべてが不通表示だった。

 秋兄の携帯につながらない?

 なんで――。

 自分の携帯からその番号にかけて意味を解した。

 翠のためだけに存在していた携帯は、解約されていた。

 だから俺を呼ぶ回数が増えたのか……。

 秋兄は携帯を解約してどうするつもりなんだか。そこから得られるものなんて何もないように思える。秋兄の意図がわからない。

 ただ、月末に渡米するという情報が頭の片隅で燻っていた。

 携帯を解約し、翠と連絡が取れない状態で渡米するということに何か意味があるのか?

 ……あれほど身を引くような行動はするなと言ったのに。

 怒りが沸々と湧き起こる。それを抑え、いつも通りに翠に接するのは非常に困難だった。

 淡々と教える。訊かれたことに応え間違えたところを指摘し、できる限り平常心を保って――。


 数日かけて自分が出した答え。

 秋兄は翠が動くかどうかに賭けているのかもしれない。

 自分と連絡がつかなくなったことを誰かに言うなり訊くなりすれば、それ相応の対応を考えているのかもしれない。

 あくまでも、どこまでも推測の域を出ない想像。

 翠は携帯を気にしているものの、秋兄のことを訊いてはこない。

 このまま秋兄が渡米したら翠はどう思うのか……。

 秋兄が翠の側からいなくなって、俺たちに変化はあるのか――いや、翠が踏み出さない限りは変化など起こりようがない。

 秋兄なりに決着をつけようとしているのはわかる。けれど、秋兄がひとり勝手に動いて自己完結されるのだけは気に食わない。

 また、置いていかれたような気になる。目の前を走られている気になる。

 背中ばかり見て追う一方なのは、もうごめんだ。

 せっかく同じ土俵に上がれたんだ。最後まで同じ場所で闘わせてくれ。


 秋兄の渡米というリミットは刻々と迫っていた。そんな中、俺も覚悟を決めて御園生家に赴いた。

 マンションに着くと、真っ直ぐ九階のゲストルームへ向かう。

 不発に終わるかもしれない。でも、根回しだけはしておくべき。

 これから自分がとる行動により起こり得ることに対して、すべての責任を負う覚悟で――。

 インターホンを鳴らすと唯さんが出た。

「どうしたの、司っち」

「零樹さんと碧さんいらっしゃいますか?」

「いるよ?」

 どうぞ、と言われリビングに通された。

「いらっしゃい。こんな時間にどうしたの? ここにいること親御さん知ってる?」

 零樹さんに声をかけられ頭を下げる。

 時刻はすでに九時を回っていた。

「夜分遅くにすみません……」

「いや、うちはかまわないけどね?」

「……今の翠にいかなる負担もかけるべきでないことは重々承知しています。わかっていて、精神的に追い詰めることを考えています」

「え……? 何? なんの話?」

 切り出し方が唐突になってしまい、零樹さんは素っ頓狂な声をあげた。

「……うーんと……司くん、ひとまず座ろうか? 唯、コーヒー淹れて? あ、コーヒーで良かったかな?」

「おかまいなく……」

「ま、そんなこと言わずにさ」

 零樹さんに促されてソファに腰を下ろした。

 最近はずっと翠の隣でラグに座っていたから、ソファに座ることにどことなく違和感を覚える。

「さて……あと少しでうちの子退院できる予定なんだけど、司くんは何をしようとしてるのかな? 精神的に追い詰めるってどんなこと?」

 俺は推測も含め、自分が持っている情報を提示した。

 コーヒーを持ってきた唯さんと、御園生さんが顔を見合わせため息をつく。

「司っち……それ、秋斗さんに口止めされてるでしょ?」

「俺たちは口止めされてたから翠葉に言わずにいるんだけど……」

 ふたりともなんとも言えないような顔をしていた。

「連絡取れない状況で秋兄が渡米していいことはありません」

「うーん……。ま、そうだよね……。うちの子、いい子なんだけどそこまで単純な思考回路してないからね。秋斗くんが離れたところですんなり司くんに転ぶとは思えないよね。それは同感」

 零樹さんはとてものんびりとした調子で話す。隣にいる碧さんは口を挟まずに俺たちの話を聞いていた。

「あと一息だと思うんだけどなぁ……。でも、司っちは秋斗さんがいなくなることが後押しになるとは限らないって言ってるんだよね?」

「自分はそう思っています」

「そうだなぁ……。君たちが側にいるから選べないわけじゃないもんね。現状、翠葉に選ぶ覚悟がないから選べないだけであって」

「自分の予想ですが、このまま秋兄が渡米したら、翠の中に色濃く影を落とすだけだと思います」

「これまた同感」

 零樹さんと話をしていると、どうもテンポが掴めなくて困る。零樹さん独特の緩やかなテンポを強要されている感じで……。

「でも、秋斗さんが海外行ってるのなんて二週間じゃん?」

 たぶん、それは違う……。

 口を開こうとしたら、別のところから発言があった。口を開いたのは今まで黙っていた碧さん。

「秋斗くん、二週間では帰ってこないんじゃないかしら」

「自分はそう考えています。短くて半年。長ければ一年は帰ってこないと思います」

「だから司くんはここに来たのね」

「はい……」

「私、秋斗くんとは数えるくらいしか話をしたことがないけれど、決して生半可な気持ちで行動する子ではないと思うわ。あとは司くんの直感を信じたほうがいい気がする」

「え……マジ? それは俺たちどうしたらいいのかな……。ま、最悪仕事は国内じゃなくてもできるか……」

「翠には当分帰ってこないと話すつもりです。……極限まで追い詰める一方法として」

「ひど……。でも、仕方ないか。リィ、崖っぷちに立たないと行動に移せない子みたいだし。何か悩みごとがあるときもそう。もう、余裕も何もなくなってどうにもできなくなってからじゃないとSOS出さないんだよね」

 唯さんの言葉に御園生さんが二回続けて頷いた。

「秋兄の仕事用の回線を教えるつもりですが、翠がかけるかはわかりません。また、かけたところで秋兄が応じるかも定かじゃない。でも、もし連絡がつかなければ翠は動く……そう信じています。ただ、体調を加味した場合、翠の身体に負担がかかることは避けられないので……」

「だから先に断りに来たんだ?」

 零樹さんに言われ、再度頭を下げた。

 外出申請は医師が許可しない限りは受理されない。そして、患者が未成年の場合には保護者の同意が必要となる。まず、翠がぶち当たる壁はここのはず……。

「司くん、教えてくれてありがとうね」

 その言葉に驚いて顔を上げる。と、穏やかな表情で零樹さんが俺を見ていた。隣に座る碧さんも似たような表情だ。なんで……。

「もし、何も知らずに翠葉から外出許可を求められていたら却下するところだった。でも、そういう事情があるなら条件つきで許可しようと思う」

「条件……ですか?」

「もちろん。送迎は蒼樹たちにさせるし、秋斗くんと話したら真っ直ぐ帰ってくること。途中で具合が悪くなったら強制送還。そのくらいは釘刺しておかないと。うちの子、がんばり屋さんもとい、無理したがり屋さんだからさ」

 内容にそぐわない平和すぎる返答に眩暈がしそうだ。

 この人はどうしてこんなにもにこやかに落ち着いて話すのだろう……。碧さんも取り立てて不安そうな表情は見せない。

 俺は、最後に責任を果たすべく口を開く。

「明日、翠に仕掛けます」

 秋兄の意図を推測し自分の考えをまとめ、覚悟を決めるまでに時間がかかった。だから、ギリギリのタイミングになってしまったわけだけど、結果としては一番効果的なタイミングで告げることができそうだ。

「明日、明後日の両日、翠が発作を起こしても対応できる医療スタッフを待機させます。救急搬送がスムーズに行えるよう、ヘリも待機させます。だから、どうか……許してください」

 頭を下げ、零樹さんと碧さんの返事を待った。

「碧さん、嬉しいね?」

「そうね……。ここまでバックアップ体制を整えてくれるのなら、翠葉の動きたいように……多少の無理も目を瞑れる気がするわ」

 ふたりに「ありがとう」と言われ、頭を上げた。

 そこには優しく微笑を浮かべる夫婦がいた。

 思わず自分の立場を見失いそうになる。少なくとも、礼を言われる立場にはないはずで――。

「司っち、心中は察する。でもね、この家っていうかこの家族、みんなこういう思考回路してんの。藤宮一族とは違う規格外が存在すると学びたまえ」

 どこか誇らしげに言われ、「規格外」という言葉に納得した。

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