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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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61~62 Side Akito 01話

 朝六時、じーさんから電話があった。今日退院するから迎えに来い、と。

 今日、退院することは知っていた。けど、いつものように清良女史が付き添い、警護の人間が迎えに行くものだと思っていた俺は、返答までに少しの時間を要した。

「なんで俺?」

『正月に一度しか見舞いに来んかったのは秋斗だけじゃからの』

「……わかった。何時に行けばいい?」

『三時半が良いかの』

「じゃ、そのくらいに行く」

 そんな話をして切り、支度を済ませて出勤した。

 学校に着き、生徒たちが桜林館へ入っていくのを見て、今日が始業式であることを知る。

 今日という日を、彼女は何を思いながら過ごしているのだろう……。

 また、気持ちが急いてはいないかと心配になる。


 昼になると湊ちゃんがやってきた。

「はい、お弁当」

 ずい、と手作り弁当らしき包みを差し出され、

「どうしたの?」

「ここで食べようと思って」

「や、違うって。コレ、どうしたの? 真白さんが作ったの?」

「私だってお弁当くらい作れるわよっ」

「珍しい……」

「……いらないんだったら食べなくて結構」

 取り上げられそうになったお弁当を寸でのところで死守する。

 ……あれかな? 静さんに愛妻弁当持たせてたりするのかな?

「で? まさかとは思うけど、ランチしにきただけ、じゃないよね?」

「朗報よ、朗報。翠葉の面会謝絶が解けたわ」

 ぼんやりと思う。じーさんはそれを知っていて俺を呼んだのかな、と。

 スツールに掛けた湊ちゃんはにんまりと笑い、

「うちの愚弟はそれなりに行動してるみたいだけど、あんたは?」

「あれ? わが従弟殿は何をするつもり?」

「翠葉の補習のセンセ」

「……それはそれは出し抜かれた感満載で」

「知ってて見過ごすあんたでもないでしょ?」

「まぁね。悪い、ちょっと電話二本入れさせて」

「かまわないわ」

 俺は高校長と学園長に連絡を入れ、司のあとを追うようにして補習の指導権を獲得した。

 デスクチェアに掛けたまま、なんとなしに天井を見る。

「そろそろ仕掛けるかなぁ……」

「何を?」

「まぁ、色々と」

「ちょっと、情報提供者に何も言わないつもり?」

「じゃぁヒント。いい加減、第一ラウンドは終わらせる」

「……なるほど」

「方法は訊かないの?」

「秋斗だもの。あまり褒めたやり方はしないんでしょ?」

「ひどい言われよう。でも……そうかもね。俺らしいやり方だとは思うけど、俺だけじゃ答えは出せないから」

「答えを出す人間は翠葉だものね」

「そう。一筋縄じゃいかないお姫様に苦戦してます」

 そんなやり取りをしながらお昼を食べた。


 君はきっと困るよね。司と俺が並べば並ぶほどに、困るよね。

 でも、困ってるだけじゃなくて一歩踏み出してほしい。

 そのためならどんなことでもするよ。

 君が楽になれるなら、欲しいものに手を伸ばすためなら、どんなことだってする。


 約束の時間に病院を訪れるとロビーで司と出くわした。

「司もじーさんに呼ばれたの?」

「違う。翠に会いに来た」

「ふーん。がんばってますね?」

「それなりに。秋兄はじーさんの迎え?」

「そう、早朝に電話で起こされて呼びつけられたかわいそうな孫代表」

「俺も顔だけは出す」

「喜ぶんじゃない?」

「どうだか……」

 エレベーターに乗ると、狭い空間に生暖かい空気が滞留していた。

 空気の動く余地が限られている辺りが、今の俺たちの状況と少しかぶる。

「翠葉ちゃんの補習、俺も講師に立候補したから」

「……そう。別にいいんじゃない? 翠は困るんだろうけれど」

「ま、それが目的でもあるしね」

 言い終わると同時に十階に着いたことを知らせる音が鳴り響く。

 エレベーターを出てセキュリティをパスすると、詰め所にいた人間が頭を下げた。

「お疲れ様」

 一言だけかけて通り過ぎる。

 ナースセンターには相馬さんがいたが、プリントを見て難しそうな顔でブツブツと呟いているから声をかけるのはやめた。

 翠葉ちゃんの病室を通り過ぎ、じーさんの部屋をノックするも返事はなし。

 寝ているのかと思い、そっとドアを開けたらベッドはもぬけの空だった。

「……まさか、翠葉ちゃんのとこにいたりするのかな」

「いないんだからそうなんじゃない?」

 ふたり揃って手前の病室へ移動。

 ノックをしたけどすぐに返事はなかった。しばらくして、

「誰ぞ」

 じーさんの声が返される。

 やっぱりだ……。

「秋斗です」

 答えたものの、中で何か会話をしている。

 話をしているのは聞こえるが、言葉を聞き取ることまではできない。

 もう一度ノックをしようとしたそのとき、

「入って良いぞ」

 またしてもじーさんの声だった。

 ドアを開け、開口一番に文句を言う。

「じーさん……迎えに来いって呼んでおきながら、来たらいないとかやめてよ」

「じゃが、わしが呼んだことで早々にお嬢さんに会えたじゃろ?」

「それはそうだけど……」

 彼女はベッドの上で身体を起こし、布団をきつく握りしめていた。

 それはつまり、緊張してるってことかな。

 俺と司が揃っているからだろうか。

 補習の件は今日はまだ言わないでおこう。いつ言おうが彼女を困らせることに変わりはないけど、今でなくてもいいはずだ。

「具合はどう?」

「今日から――今日から家族以外の面会も許可が下りました」

 戸惑いながらの返事。けれど、声は意外としっかりしていた。

「それは具合がいいのか悪いのかを答えていることにはならない」

 司は容赦なく指摘する。

 本当に不器用っていうか、こういうふうにしか言えないんだろうな。そして、そんな司を彼女は受け入れている。それがちょっと……すごく羨ましい。

 そんなことを思いながらふたりのやり取りを聞いていた。

 ようやく及第点をもらえた彼女は、新年の挨拶を切り出す。

 即ち、この会話はこれで終わりにしたいってところだろう。

「明けましておめでとう。今年もよろしくね」

 当たり障りのない言葉を返したのは俺。

「この状況で新年の挨拶もないと思うけど?」

 司は挨拶を返すことはせず、まったくもってかわいくない、素直じゃない言葉を口にした。

「そもそも、俺は新年の挨拶をしにきたわけでもじーさんを迎えに来たわけでもない」

「ほ?」

「「え?」」

 司以外の三人が驚きを示す一文字を口にした。

「じゃ、おまえ何しに来たの?」

 俺が訊くと、「説教」と答える。

「はて……説教、とな。司は人を説教できるほど立派な人間だったかの?」

 じーさんに返答を求められ、

「さぁ、どうかな」

 首を傾げてみせる。なんというか、突っ込みどころはいたるところにあるわけだけど……。

「では、お嬢さんに訊くとするかの」

 彼女に向き直ると、じーさんは俺と同じように首を傾げた。

「司に説教を食らうようなことをしたのかの?」

 彼女の手は、うっ血するほどに力がこめられていた。

 手術前、司に言われた言葉でも思い出しているのだろう。

「ふむ。とりあえず、その説教とやらを聞かせてもらうとするかの?」

 えっ、ここに居座るつもり……? それは司が嫌がるんじゃないかな?

 案の定、司はじーさんを突っぱねた。

「じーさんには関係ない」

「関係なくとも興味がある」

「その無駄な好奇心、すごく迷惑なんだけど……」

 俺が司でも嫌だと思う……。

 だから、俺はじーさんを連れて退散することにした。

「じーさん、帰ろう」

「秋斗は気にならんのか?」

「まさか。……気にはなる。でも、司だからね。何に腹を立てているのかは察しがつくし、今の翠葉ちゃんの状態を理解してないわけもないと思う。それに、家で真白さんが待ってるんでしょ? 俺は真白さんを待たせた結果、涼さんに報復されることのほうが怖い」

 これは本音。真白さんを待たせたなどと涼さんに知れた日にはどんな報復が待っていることか……。

「明日、また来るね」

 彼女に近づき声をかけると、とても驚いた顔で見上げられた。

「迷惑?」

 にこりと笑顔を作ってみてたけど、肩を竦め軽く身を引かれてしまう。

 そのすぐあと、「違います」と言ってはくれたけど、言葉が本来持つ意味ほどの効果はない否定句だった。

「……安心して。明日は授業で使うパソコンをセッティングしに来るだけだから」

 でも、ごめんね。君を困らせるために来る予定。明日は目一杯困ってね。

 俺はそのまま彼女の病室をあとにした。


 車に乗ると、じーさんに意外だと言われる。

「何が?」

「あっさりと引きよって」

「あぁ……今日はね」

「含みを持たせず話さんか」

 このじじー、自分のことは棚に上げて……。まぁ、いいけどさ。

「司が彼女の補習講師を買って出た。だから、自分もそれに便乗した。明日はそれを伝えるから、明日こそ困らせると思うって話」

「ふむ……。じゃが、あのお嬢さんはどちらも選べまい」

「だろうね。だから、いつまでその状況に耐えられるか……。いわば耐久合戦というか、持久戦というか……そんな感じかな?」

「時間は長くかけるでないぞ」

「そのつもり。また胃を悪くしたらかわいそうだし、何より涼さんが怖い。だから、期間限定だよ」

「勝率は?」

「もちろん勝つつもり」

 翠葉ちゃん、俺は君に勝つよ。

 君が負けを認めて白旗を揚げるまで追い詰める。

 そうすることで君が一歩を踏み出せるのなら、俺は負けるつもりはない――。

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