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光のもとでⅠ 最終章 恋のあとさき  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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58 Side Momoka 01話

 携帯と睨めっこを始めてかれこれ一時間が過ぎようとしていた。

「……何かあったのかしら」

 蒼樹さんが午後に電話すると言えば、本当に午後一番にかかってくるのだ。

 けれど、今日は一時半を回ってもまだ携帯は鳴らない。

「忘れられてたりするのかしら……」

 自分からかけることも考えたけれど、蒼樹さんを信じてもう少し待つことにした。

 それにしても、電話がかかってくるとわかっていながらにして携帯の前でスタンバイしている自分が何やらおかしい。

 それからしばらくすると、着信音が鳴った。蒼樹さんだ。

『桃華……連絡、遅くなって悪い』

「いえ、最初から当日に連絡をいただけるっていうお話でしたし」

『…………』

「蒼樹さん……?」

 何か様子がおかしい。声もひどく疲れているように思えるし、二言三言交わしただけだけれどいつもの余裕が感じられない。

 そして、次に発した言葉に驚いた。

『今、病院で……』

「……え?」

『あ、悪い……』

 病院と言われて思い浮かぶのは翠葉のことくらい。

「翠葉に何かありました?」

『……さっき、手術が終わったんだ』

 手術って、何?

 少なくとも、終業式の日にはそこまで体調が悪いようには見えなかった。また風邪でもこじらせたのだろうか――。……否、風邪で手術はないだろう。

 脳裏を掠めるのは胃と心臓――。

「蒼樹さん、病院にいるんですね? 私、今すぐ行きますから」


 病院は年末休業に入っており、一階のフロアはガランとしていた。照明もエレベーターまでの通路にしか点いておらず薄暗い。

 たくさんの椅子が並ぶ片隅に人影を見つけた。後ろ姿だけで蒼樹さんと確信する。

 足早に駆け寄り、逸る気持ちを抑えて声をかけた。

「蒼樹さん」

 憔悴しきった顔がこちらを向いた。

「翠葉、どうしたんですか? 手術って、なんの話ですか? まさか、悩み抱えすぎて胃潰瘍とか……?」

 でも、それにしては蒼樹さんの落胆が激しすぎる。

「……走ったんだ」

「え……?」

「ただでさえ体調が良くなくて、普通に歩くだけでも呼吸が乱れる状態だったところを、走ったんだ……」

「そんな……。じゃ、手術って――」

「心臓……弁膜形成手術をした」

「今はっ!?」

「朝一で手術して、お昼過ぎに終わった。今は麻酔から覚めるのを待っているところ。……ごめん、今日ドライブくらい行けると思ってたんだけど」

「そんなのいいですっ」

 いてもたってもいられなくて蒼樹さんを抱きしめた。

 以前、駐車場で見つけた蒼樹さんとどこかかぶって見えてしまったのだ。

 あのときは抱きしめるなんてことはできなかった。でも、今はその権利が自分にあるように思えて――。

「手術、成功したんですよね?」

 蒼樹さんはコクリと頷いた。

「でも……まだ麻酔から覚めてないから、なんか生きた心地しなくて」

「……大丈夫です。絶対、大丈夫です」

 根拠のない言葉は無責任に聞こえるかもしれない。でも、蒼樹さんの心を少しでもいいから緩めてあげないと壊れてしまう気がした。

「麻酔から覚めるまで、私、一緒にいます」

「でも、桃華予定……」

「大丈夫です。今、蒼樹さんの側に私がついていなかったら誰がついているんですか?」

「でも……」

「つべこべ言わないっ。年下だからって侮らないでください。私、蒼樹さんひとりくらいは支えられるつもりでいるのでっ」

 ピシャリと言い放ち、腕を緩めて彼の額にキスをした。

 そしたら、「ありがとう」と背に手を回して抱きしめられた。


 しばらくして、ふたり横に並んで座ると、蒼樹さんはひとつひとつ最近あったことを話してくれた。

 藤宮司が祖父である会長に試されていたこと。そして、それに翠葉が関わっていたこと。

「だから、翠葉……話してくれなかったのね。自分だけのことじゃないから」

 藤宮司が関わっているから。藤宮が関わっているから……。

 海斗の前で言えることではなかったのだろう。海斗以外の人間だけに言うなんて、翠葉にはできない。「仲間はずれ」を意識して。

「翠葉、胃の調子もずっと良くなくて、パレスに行く前には貧血の状態も進んでいたらしい。体調がよくないところに色んなことが重なりすぎた。――翠葉、会ってたんだ。藤宮の会長に。湊先生の挙式で知って、すごく動揺してた。その翌日、二十五日は会長のバースデーパーティーで、翠葉は会長に呼び出されてレストランにいた」

 蒼樹さんは起きた事象を事細かに教えてくれた。

 何もかも、運が悪かったとしか言いようのない状況。

 不運が重なって今があることに奥歯を噛み締めることしかできなかった。

 相槌を打つことすらできなかった。

 手術は弁膜形成手術に留まらず、胃潰瘍の処置も行われたとのことだった。

「目が覚めても俺たちは会えないんだ。麻酔から覚めたときには記憶が錯乱することもあるらしくて……。それに、麻酔が切れれば手術でできた傷も痛み出すらしい……」

「おば様たちは……?」

「十階フロアに用意された部屋で待機してる」

 待っていたところで会えるわけではない。それでも、生死を分かつ手術をした娘が目覚めるのをすぐ近くで待っていたいと思うのが親心なのだろう。

「私、何もできないけれど、側にいることならできます。だから……弱み、見せてください」

 蒼樹さんは力なく笑った。

「できれば、好きな子の前では男らしくいたいんだけどな」

「毎回じゃ魅力半減ですけど……。時々なら萌え要素です」

 蒼樹さんは驚いたように目を見開いた。

「なんですかっ?」

 照れ隠しに声が大きくなってしまう。

「いや、桃華でも萌えとかそういう言葉使うんだなと思って」

「少しくらい冗談交えてもいいじゃないですか」

 あえて突っ込まれると非常に気恥ずかしい。自分がそういうキャラじゃないことくらい重々承知している。でも、あえて……あえて言いたかったのだ。

 たまには弱みを見せてください、と。

 ほかの人には見せない顔を、私には見せてほしくて――。

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