三章 懐かしい面影③
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アルバムを持つ手が震える。
これはいったいどういうことなんだろう。
かつての婚約者である誠と私が写っている写真が何故こんなところにあるのだろう。
確か、同じものを私も持っていたが、家を出たときに置いて来てしまっている。
とすると、この写真は誠のものだろうか?
私は状況を飲み込むことが出来ず、しばらく呆然としていた。
そして、我知らずアルバムをめくり始めていた。
見るともなしに見るアルバムの写真には、誠の姿が溢れている。
ここ数日、葵と過ごしていたために色を失いつつあった誠への思いが、急に蘇るような感覚に襲われる。
自分がこの三年間、恋焦がれていた姿があった。
あの頃よりも少し大人びた姿。
凛々しく、前を見つめる姿。
だけど、あの頃と変らない笑顔。
嬉しくて、だけど遠い存在になってしまっていることが悲しくて、私は胸がいっぱいになった。
嗚咽を押し殺すように、左手で口を塞ぐ。
そうでないと、大きな声で泣いてしまいそうだったから。
私のそんなみっともない様子を葵に見せるわけにはいかない。
私は冷静さを取り戻そうと必死だった。
だが、その意思に反するかのように、アルバムをめくる右手のスピードは速まっていく。
まるで失われた三年間を取り戻そうとするかのように…。
「あ……。」
思わず目が留まった。
それは羽織袴を身につけ、ばりっとした雰囲気をかもし出した誠の姿だった。
そしてその隣には、見知らぬ女性が白無垢に身を包んでいた。
「そっか……そうだったんだ。」
彼は、この3年の間に、自分でない誰かと恋をして、そして結婚したことを知った。
色々考えて別れた結果に、私は後悔していなかった。
だけど、事実として彼が違うだれかの物になっていることに、自分以外の人間を愛したことを、素直に喜べなかった。
やはり、彼の一番にはなれなかったのだと、その時私は痛感した。
何故か涙は出なかった。
ただ、気が抜けてしまった、そんな感じだった。
彼と一緒にいた時間は、私にとっては永遠であった。
たぶん人生の中で、あんなにドキドキして、充実して、満たされた時間はないと思うほどに。
だが、彼にとって私は数ある人間関係の一人に過ぎなかったのだった。
もしかしたら、彼もまだ自分のことを特別に思っていてくれているのではないか、などと甘い夢を見ていたのも事実だ。
まさか、こんなにも早く他の女性と結婚しているなんて思わなかった。
「は……道化だな。」
笑っていいのか泣いていいのかも分からず、私は自分の胸元を握り締めた。
そして、私はアルバムを膝に乗せまま、身じろぎも出来ずに座り込んでいた。
どこか頭の芯が冷え固まり、何も感じなくっている、そんな感覚だった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
数秒のようにも、数時間のようにも感じられるような時間だった。
私は意を決してもう一度、誠の婚礼写真に視線を向けた。
そしてふと思った。
妻になった女性の顔がよく見えない。
彼女は少しうつむくように写真に写っている。
白い角隠しを深々とかぶっており、さらにうつむいている所為で、彼女の顔が全くと言っていいほど見れなかったのだ。
私は何故か悔しくなった。
折角だから、あいつの妻になった女性の顔を見てみたい。
そんな思いが頭をもたげ、私はよせばいいのに、相手の顔がはっきり映っている写真を探し始めた。
残念ながら、アルバムのページをめくっても、そこには彼の奥方の写真は見つけられない。
私は躍起になって、アルバムの写真を見始めた。
一冊見終わっても映っていない。
次のアルバムに手を伸ばすがやはり映っていない。
そして三冊目の最も新しいアルバムを見ていて気がついた。
誠が徐々に年を取っていることに。
始めは別人かと思った。
だが、一冊目よりも二冊目が、二冊目よりも三冊目が、年を取っているのは一目瞭然であった。
「嘘……。どうなっているんだ、これは……」
動悸が激しくなり、背筋に気持ちの悪い汗が流れ始める。
混乱のなかで私は写真を見続ける。
そして、私がたどり着いた写真には、葵に良く似た子供が、年をとった誠に抱きかかえられている姿が映っていた。
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