三章 懐かしい面影②
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葵の祖父の屋敷に着く頃には、空は晴れ渡り、今日も天気となった。
部屋の外では蝉が大合唱を繰り広げ、ただでさえ暑い午後のひと時を、さらに暑いものに感じさせるように演出していた。
夏、真っ盛りだった。
「えーと、結局この解が3だとすると、この式に代入して…」
「おい、葵。それさっきも間違えたろ。ここにこうやって値を入れると、簡単に解けるんだ」
「そっか。そういえばそうだったね。」
「しっかりしてくれ、そんなんじゃ明日の祭りはお預けだぞ。」
「えー!!それはないよぉ。」
夏休みの宿題は順調に終えていた。
葵の試験対策もなんとかできており、秋の試験は余裕だろうと私は思った。
「よし。休憩するか。」
一通り答え合わせをしたところで、私は休憩のGOサインを出した。
すると葵は待ってましたとばかりに立ち上がり、居間を出よう小走りに入り口に向かった。
「んじゃ、ちょっと冷たい飲み物持ってくる!!」
それを見送ると、私は痺れた足を伸ばした。
ついでに両手を上に挙げて、思い切り体も伸ばす。
人に物を教えるのは、存外大変なものだと痛感する。
長時間同じ体制で居たため、固まった体をほぐそうと、私は屋敷内を歩いてみた。
といっても、居間の隣の部屋であったが。
そこは、葵が寝泊りしている部屋のようで、葵の私物がちらほらと置いてあった。
その部屋の隅に、古いアルバムがいくつも重ねられておいてあることに、私は気がついた。
どうやら祖父の遺品を整理して寝坊したというのは、嘘ではないらしい。
「アルバム……か。」
いかにも年代物のそれを、私は壊さないように、汚さないようにと静かに手に取った。
一枚、ページをめくると、セピア色の写真が並んでいる。
次の一枚をめくってみると、アルバムの隙間からひらりと何かが落ちた。
黄色く変色した畳に伏せた形で写真が落ちる。
私はそれを拾おうとして、写真裏に何か文字が書いてあることに気づいた。
古い万年筆で書かれた文字は、既にその色彩を失いつつあったが、私にははっきり読み取ることができた。
『上京前。 遠子と』
私は震える手を、何とか動かしてその写真を手にする。
嫌な、予感がした。
見てはいけないと、頭のどこかで警報が鳴っていた。
だけれども、見なくてはいけないとも心が言っていた。
私はしばらく、写真裏の文字を見つめていたが、意を決して裏返し、写真を見た。
「!!」
そこには予想していた画像が映っていた。
セピア色の写真には年若い男女の姿が映し出されている。
女性は椅子に座り、ぎこちない笑みを浮かべている。
その傍らには男が、やはり緊張した面持ちで女性の座る椅子をそっと握りながら立っていた。
女性の顔にはもちろん見覚えがあった。
なぜならそれは、自分の顔だからだ。
紛れも無く、微笑む女性の顔は自分だったのだ。
そして写真に一緒に写っている男性こそは、葵によく似た、だけど異なる人物。
「誠……」
私がかつて愛し、そして今も尚愛している男が、そこに映っていた。
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