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相聞~SOUMON~  作者: 天野 みなも
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二章 葵のこと④

※ ※ ※ ※


 「なぁ、葵。花火って綺麗だよな。」

 何はともあれ、私たちは庭に出て早速花火をすることにした。

 葵が買ってきた花火は子供用の花火セットで、数も多くないし、手持ち花火がほとんどという代物であったが、2人でやるには丁度いい量だった。

 カラフルな花火の持ち手には、ゾウやらパンダやらが書いてあって、それだけでほほえましいと思った。

 葵は数種類ある花火の中で、持ち手がパンダになっている花火を選んだ。

 十五にして最初に選ぶ花火がそれだったので、私は思わず噴き出してしまった。

 「な、なに?」

 「いや、なんでもないよ。ただ…可愛いなと思って。」

 私の視線が花火の持ち手にあるのに気づいて葵は真っ赤になった。

 「か、可愛いって言うな!一応…男だし。」

 「そっか、そういやそうだな。忘れていた。」

 「どーせ、ナツコさんからしたら僕はお子様ですよ。」

 「それは、私がババァってことか?」

 「そーじゃないけど。」

 「からかって悪かったよ。はい、ローソクもつけたから、早速始めるぞ」

 私は一番シンプルな花火を選ぶと早速火をつけた。

 しゅっという音と共に、鮮やかな光と色が私の手から溢れ始める。

 「あ、ずるい!」

 葵も負けじと花火に火をつけた。

 葵の花火はロケットのように勢い良く火をふく。

 始めは緑、次は赤、そして最後は黄色というように次々に色を変えた。

 「やっぱり花火は綺麗だな。葵は花火が好きか?」

 「嫌いだ。」

 「何故だ?」

 「あいつを思い出すから。」

 「あいつ?」

 「父親だよ。」

 色を変える花火を見つめたまま、葵はポツリポツリと話し始めた。

 「……昔の話だけど、夏になると花火をやろうというのはあいつだったんだ。たまにふらっと家に帰ってきて、花火をするんだ。だけど、花火の間中、話すことは研究のことや花火の色を出す化学反応のことばかり。……結局、あいつの頭の中には、家族なんてことよりも、研究のことだけだったんだな。」

 「お前の父親は研究者だったのか?」

 「ん?研究者っていうか、大学の教授だよ。三百六十五日研究室に入り浸っている。母さんが病気になっ ても、危篤になっても、死んでしまっても…」

 ふと気づくと、手持ち花火は全て無くなってしまっており、私は最後にとっておいた閃光花火に火をつけた。

 じゅっという音と共に、花火の先は丸くなり、やがて私の足元で小さな花を咲かせ始めた。

 「だけど、母さんは花火が好きだった。……特に閃光花火がね」

 「そうか。私も閃光花火、好きだぞ。」

 「そうだね。花火は嫌いだけど……僕も閃光花火が好きだよ。」

 「静かで、儚くて、でも鮮やかで。」

 「……うん。母さんも言っていた。」

 私たちは二人で頭を突きつけるように、閃光花火をした。

 私と葵の間には、生まれては消え、消えては生まれる花火が、まるで人の命のように輝いていた。

 それを二人で見つめながら最後に私は言った。

 「なぁ、葵。お前の父さんは、何で花火をやろうと言ったのだろうな。」

 「え?」

 葵が声をあげた所為で手元が揺れ、最後の閃光花火はぽたりと地面に落ちてしまった。

 辺りはまた暗い闇に包まれた。

 私はゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。

 昼の鮮やかな青と打って変わって、黒い空だった。

 だが、先ほどまで厚く立ち込めていた雲はいつしか晴れ、透き通った青にも、白にも似た星が、空に散らばっている。

 葵が何か、私に言おうとしたそのときだった。

 「葵!!」

 玄関の扉が乱暴に開けられる音共に、呼ぶ声が聞こえた。

 「と、父さん……。」

 葵が慌てて玄関へ向かった。

 「迎えに来た。電話では…埒が明かない。帰るぞ。」

 「ただいま」でも「ひさしぶり」でもなく、葵の父は無言で家に上がろうと靴を脱ぐ。

 そんな父親の腕を掴むと、そのまま葵は食らいつかんばかりに叫んだ。

 それは傷口から血が溢れるような、そんな切ない叫びだった。

 「ふ、ふざけるな!!今更父親気取りかよ!今まで…今までほったらかしにしていたくせに!」

 「すまない。」

 「母さんが、どんなに苦労したか、知っているのかよ!!」

 「……知ってる。だから、すまないと思う…」

 「ふ、は。はははは!!知っているだって!?馬鹿なこというな!父さんに……父さんに何が分かるっていうんだよ!!」

 「葵。お前はまだ子供だ。大人の事情は分からんだろう。」

 「大人の事情?病気の母さんを放っておいたのも、親族からいじめられているのを知ってて止めなかったのも、全部大人の事情なのかよ!」

 父親は何も言わなかった。

 否、いえなかったのかも知れない。

 それでも父親は葵に会いにきた。

 「お前が、母さんを大切に思っているのは分かる。だが、そろそろ一緒に暮らしてもいいだろう。私たちは家族だ。」

 「……僕に家族は居ない。一緒に住む気もない。帰ってくれ。」

 私の位置からは葵の父の顔は良く見えなかった。

 だが、どことなく冷たい印象があるのも事実だった。

 「来月からの学校の手続きはしておいた。来週、叔母さんの家に迎えに行く。」

 それだけを言って、葵の父親は立ち去った。

 「勝手なこと言うな!!僕、絶対に父さんとは暮らさない!」

 葵は玄関先まで走り、父親の背中に向かって叫んだ。

 だが、父親は何も言わなかった。

 そして振り返ることも無かった。

 「追わなくてもいいのか?行ってしまうぞ。」

 「……いいんだ。あの人は……いつもそうだ。言いたいことを言ってくれない。いつも自分ひとりで決めちゃってさ。僕も、母さんも凄く苦労したんだ。……だから」

 葵はそこで言葉を切った。

 いや、切らざるをえなかったのだ。

 搾り出すように葵は先を続けた。

 「だから……、僕が許しちゃいけないんだ。だって、僕が父さんと暮らしたら、死んだ母さんの苦労が、無駄になっちゃうじゃないか。」

 私は先ほどのやり取りをみて、気づいたことがあった。

 それは父も葵も両者を見ていないことであった。

 二人の視線が絡むことなく、意見をぶつけるだけの会話であった。

 父は後ろめたさのためかうつむき、葵も現実を見ることを恐れるかの様に顔を背けていた。

 だから私は尋ねてみたのだ。

 「なぁ、葵。お前はどうしたいんだ?」

 「え?」

 意外なことを聞いたかのように、葵は伏せていた顔を上げて私を見つめた。

 「今までの話を聞くと、お前はお前の母親の気持ちに従おうとしているように聞こえるんだ。だけど、お前はどうしたいんだ。やっぱり今まで通りの暮らしがしたいのか?」

 私の問いを無視するかの様に、葵は私の横を素通りし、庭先に向かおうとした。

 その腕を私は掴んでいった。

 「葵。夏休みはずっとは続かないよ。」

 「ナツコさんには、関係ない!!」

 だが、葵は私の手を払いのけ、庭先に下りた。

 何事も無かったように、黙々と花火の後片付けをする葵の背中は、私をも拒絶していた。


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