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相聞~SOUMON~  作者: 天野 みなも
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二章 葵のこと②

※ ※ ※

 今日もいい天気だった。

 あえて注釈をつけるのであれば、「先ほどまでは」いい天気だった。

 ついさっきまでは晴天といわんばかりで、夏の庭の深い緑が、空の青さに映えてとても綺麗だった。

 それが、今は暗くなり、夕方を思えるほどである。

 不気味な静寂が辺りを包み、虫たちはやがて来る何かに怯えるように、息を潜めていた。

 「うわぁ…一雨来そうだね」

 葵の言葉を待っていたとばかりに、ぽつりぽつりと雨粒が屋根をたたき始めた。

 それは瞬時に勢いを増し、外は一瞬にして紗のカーテンを引いたようになった。

 ひんやりとした空気が部屋の中に入ってくるのを感じ、私は心地よさに耳を澄ませた。

 ごおぉんという雷鳴が響き始めた。

 本格的な夕立だ。

 「雷って、何で鳴るんだろう…。」

 不意に葵が言った。

 「は…?いま、何て言ったんだ?」

 「え?あぁ、雷は何で鳴るんだろうなって言ったんだよ。」

 「どうして、そんな風に思ったんだ?」

 「だってさ、雷が光るのっていわゆる放電現象…みたいなものでしょ?」

 「ま、そうだな。」

 私も詳しいことまでは分からないが、発達した積乱雲中の氷の粒がマイナスとなり、一方で積乱雲の上部や地上がプラスを帯びる。

 それが引き合って光を放つ…とかなんとか科学的には説明されるのだそうだ。

 「でもさ、何で何も無いところで音が鳴るんだろう。これって、凄く不思議なことだよねぇ…」

 その言葉を、私は全く違う人物から聞いたことがある。

 その人も葵のように、世界が不思議に満ちていると感じているような人物だった。

 私はその人から聞いた言葉を思い出して説明した。

 「確か…稲妻の通った後は空気が何万度にも達し、急激に膨張するんだそうだ。瞬間的に真空状態になって、この衝撃波が雷鳴になる…とか言うのを聞いたことがあるな。うる覚えだし、知り合いからの又聞きだから、どこまで正しいかは不明だがな。」

 「すっごい!!」

 聞きかじりを話しただけにも関わらず、葵は心底尊敬したような眼差しで私を見つめた。

 「んじゃさ、んじゃさ、なんで雷の後は植物が育つっていうの?」

 「あ……それは……確か、空気中の窒素が雷の影響で化学反応を起こして、硝酸になるとかって話だった……な。」

 かなり怪しい解説ではあったが、葵は満足したようだった。

 自分のなかで、私の拙い解説を砕き、分析し、吸収しようとしているらしく、何度も話を反芻してはうなずき、また首をひねっては納得した表情を浮かべた。

 「そっか……なるほどなぁ。」

 やはり、と私は思った。

 面立ちや雰囲気があの人に似ているが、こんな性格までも、あの人に似ていた。

 胸が少しちくりとする。

 だが、一方で純粋に今を生きている葵が眩しくもあった。

 「雷とプラズマって違うのか…な。やっぱり。」

 ポツリと葵が言った言葉を、私は聞くともなく聞いていた。

 葵は一旦研究モードに入ると、全てのことを関連付け、高速で論理を展開させる傾向があった。

 その呟きにいちいち反応していては、自分の身が持たないというのも、ここ最近で分かった葵の対応策である。

 「ナツコさんってさ、幽霊とか信じる??」

 また突然、葵が言った。

 「幽霊か??なんでだ?」

 「この間、雑誌に幽霊はプラズマの影響だって書いてあったんだよ。」

 そういえば、夏休み特集でそんなのが雑誌に載っていたのを思い出した。

 『都市伝説』やら『心霊スポット』など、面白おかしく記事が書かれていた。

 どうやら葵の脳内では雷→光る→プラズマ→幽霊と変換が行き着いたらしい。

 だが、プラズマの影響で出現するのは、と私は自分の記憶を辿りながら葵に言った。

 「それは幽霊じゃなくて火の玉だろ?」

 「あ、そっか。」

 「なんだ、葵。さてはお前、幽霊が怖いのか?」

 「ち、ちがう!」

 「そっか、葵はこんなに大きいのにお化けが怖いのか!」

 私は葵の弱みを掴んだような気持ちになり、笑いながら言った。

 そんな私の様子をみて、葵は真っ赤になりながら否定した。

 「違うよ!ただ…母さんに会えたらいいなって」

 勢い良く言った後、葵は失言したとばかりにはっとした。

 そしてぼそぼそと弁解を述べた。

 「数年前に……母さんが死んだんだ。」

 「そうか。じゃ、今は父さんと2人で暮らしているのか?」

 だから、寂しくなった父親が、毎日電話をかけてくるのではないか、と私は考えた。

 だが葵は一言冷たく言い放った。

 「あんなの、父親じゃない…」

 「え?」

 余りに冷たい言いように、私は戸惑ってしまった。

 いつも電話の後といい、やはり葵にも何か抱えているものがあるのだろうか。

 だが私は、葵のその冷たい態度の裏には、寂しさが混じっているような気がしていた。

 「お前は、父親が嫌いか?」

 「うん。嫌いだ。」

 それきり葵は何も言わなかった。

 ただ、降りしきる雨の音だけが、静寂の広がる部屋にこだましていた。

 私はただ語る言葉もなく、窓の外を見やった。

 葵が雨に打たれたようにうつむいて、立ち尽くしてしまったから。


※ ※ ※

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