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相聞~SOUMON~  作者: 天野 みなも
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二章 葵のこと①

 葵とは、午前中、神社の奥の公園で待ち合わせをし、午後は葵の祖父の家で勉強を見るというのがここ数日の日課となっていた。

 この数日、行動を共にしていて、葵について分かったことがある。

 一つ目は、葵はちょっと変った少年だということ。

 見知らぬ私にナンパするように声をかけて来たということもあるし、その私と話がしたいというわけの分からない提案をすることもそうだ。

 たまに誰もいないのに、道を避けるそぶりをしたり、空中に向かって文句を言っているときもある。

 私ははじめそんな葵を見て、本気で何かの病気なのではないかと疑ってしまった。

 だが、葵と話すうちに彼にとって、世界の全てが鮮やかで新鮮に写っているのだということが分かった。

 自分がとうの昔に忘れてしまった感覚を、葵はまだ失わずにいるのだ。

 例えば、この間など、何故木には燃えやすい木と、燃えにくい木があるのか、と考えたらしい。

 実験とばかりに、庭中のありとあらゆる木を切り取ると、庭で燃やしていたのだった。

 もうもうと煙が上がったと思うと、炎が勢いよく燃え上がってしまい、さらには庭先に干していた洗濯物に燃え移ってしまった。

 「や、やばい!!」

 「葵、水を持って来い!!」

 葵に指示すると、葵は勢いよく台所に走っていった。

 その間、私は縁側においていた古い座布団で火をたたき消そうとした。

 だが、思うように火は消えず、勢いを増すばかりである。

 そうこうしているうちに、ようやく葵が戻ってきて、バケツいっぱいの水をぶっ掛けた…私に。

 「あーおぉーいぃー!!」

 「あぁ!!ご、ごめん!」

 思わず恨めしい声をあげる私を気遣う様子もなく、再び水を取りに葵は台所に行ってしまった。

 私は仕方なく、水を含んだシャツを脱ぐと、それで火を包み込み、火の勢いを弱めることにした。

 ようやくたっぷりの水を火にくれてやることができ、消火に成功した頃には、二人ともぐったりと脱力してしまった。

 子供が火遊びするなんて、何事かというようなお小言を私が言ったとき、葵は笑いながら言った。

 「だって、分からないことがあるってのは、気持ち悪いじゃないか。」

 と。

 彼にとって、自然にある全てが不思議なことで、確かめてみたいと思う対象なのだと、その時私は分かったのだった。

 二つ目は葵の家族構成だった。

 葵の祖父の家は、昔ながらの日本家屋というやつで、部屋の中は暗く、ひんやりとしていた。

 いくつもの部屋があり、居間から続く部屋は、ふすまを外せば何十畳もの広間になる、という造りだ。

 この家を所有していた葵の祖父は、先日亡くなってしまったのだという。

 その遺品の整理を兼ねて、一人でこの地に来たというのが葵の弁であった。

 だが、それが全てではないことをこの数日で私は悟っていた。

 それはある日、葵の勉強を見ていた時だった。

 じりりりりと言う音が部屋に鳴り響く。

 どうやら電話だ。

 葵は玄関にある電話を取りに席を立った。

 しばらくすると、葵の怒った声が、私の耳に飛び込んできた。

 「あんたが母さんを殺したようなもんじゃないか!僕は、ここで暮らす。…は?一人じゃ無理だって?そんなこと無い。今までだってひとりだった!!あんたがいなくても生きてきたんだ!!」

 がしゃっりという音を立てて、電話を切る葵の姿を、私は居間からそっと見つめた。

 受話器を置いたまま、宙を見つめる葵の顔は、苦渋にも切なさにも似た表情であった。

 実験中に発火して慌てて消火活動に勤しんでいた人物と、同一人物とはとても思えない。

 葵は小さく溜息をついてこちらをくるりと振り向いた。

 「あ…な、ナツコさん……。どうしたの??」

 「いや、その……大丈夫か?」

 目が合ったときには、もとの葵の顔になっていたが、余りのギャップに私はどんな態度を取ってよいか分からず、曖昧に尋ねてしまった。

 「うん、ちょっと嫌な電話だったけど。気にしないで。…それより、勉強しなくちゃいけないだろ??」

 努めて平静を装うとする葵を見て、それ以上の詮索は出来ないと私は思った。

 その日は、それっきり電話の件については触れなかったが、次の日も、その次の日も、毎日のように電話はかかってきた。

 その電話の相手は、葵の父親であること、そして父親は葵との同居を求めていることなどは、伝え漏れる会話の内容から察することができた。

 だが葵は私には何も言わない。

 どうして父親と暮らさないのか、母親はどうしているのか、一切の現実から目を背けるように、葵は私には何も言わなかった。

 だが、苦しいのを押し殺して、平気なフリをしていることが伝わってきた。

 私には何も言わない。

 私には何も出来ない。

 だから、そんな複雑な思いを抱える葵に、私も気づかないフリをしていたのだった。


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